第8章 ゲドー
第8章、スタートします。
◇
聖歴八百十年九月十一日。
この日、ブリジスタの首都スターツでは大きな騒動が起きた。
大量の魔物たちがどこからともなく現れて、町中で激しく暴れ回ったのである。
その猛威たるや暴風雨の如く、あるいは地震や津波の如し。
自然災害と変わらぬ規模で、化け物たちは町と人々に爪を立てる。
日の入りごろから暴れ始め、全てが終わったのが日付を越えたころ。
翌日調査したところによれば、千人近い死者行方不明者が出ていた。なんらかの被害を受けた住民の総数は、三千人以上にものぼった。
最初期に対応に当たった警備隊の隊員たちの中にも少なくない数の殉職者がでており、それらは主に住人たちの避難誘導や安全確保のための職務に就いていた者たちであった。
少なくとも隊員たちは、突発的に現れた化け物たちと正面切って対峙出来るほどの戦闘能力は有していなかっただろうし、そもそもそこまでの戦闘能力を求められる立場でもなかっただろう。
それでも、家々が燃え、崩れ、吹き飛ぶなか、恐怖に逃げ惑う住民たちをまとめ、誘導し、避難させ、なおも襲い掛かろうとする化け物相手に身を挺し、囮となり、立ち向かった。
勝てる見込みなどないのに。
それが仕事であるからと。
しかし、それらは決して悪あがきなどではない。
隊員たちは化け物に打ち倒され、引き裂かれ、命尽きるその瞬間まで信じていた。
どころか、命果てたその後でさえも、変わらずに信じていた。
この国を護る者たちが来てくれると。
必ずやこの化け物たちを斃してくれると。
ただ信じて、そして散っていった。
果たしてそれは、――無駄ではなかった。
化け物たちが暴れ始めてしばらくすると、とある集団が町中に現れた。化け物どもにも尚、劣らぬほどの人員でもって。
彼らは皆一様に凛々しく、逞しく、そして精強であった。
輝くほど磨きこまれた鎧を着込み、月明かりでさえ切り裂けそうな剣を持ち。
一糸乱れぬ統率された動きは、有象無象の化け物どもに一分の隙さえ晒すことはない。
瞬く間に取り囲み、反撃の暇も与えず切り捨てる。
一体。また一体と。
化け物どもに怒りの鉄槌を叩き込む、集団の者たちの苛烈さよ。
化け物どもの登場と騒乱を自然災害と比するのならば。
こちらはさながら天罰。天そのものの怒りである。
それを見て、住人たちは僅かでも落ち着きを取り戻し。
警備隊の隊員たちは胸を撫で下ろす。
続いてやってきた陸軍の兵士たちが警備隊員たちに代わって住人の避難誘導や救出活動を行っている横で。
その集団は、ただひたすらに敵を叩きまくった。
途中で参戦してきた冒険者たちとも入り乱れて戦い続けたその集団の名は、騎士団。
そう、彼らこそが、この国で最も誉れ高き護国の戦闘集団。
ブリジスタ騎士団、なのである。
「まだだ! 手を緩めるな!」
月夜と炎と街路灯に照らされた町中の一角で、男が声を張り上げる。
彼の声は周囲の部下たちに余すことなく染み込んでいき、それを受けた部下たちも追撃の手を緩めない。
彼らが取り囲むのは数体のオーガ。そのどれもがすでに傷だらけだ。路肩に寄せられて、更に十体近いオーガの死骸が彼らの足元に横たわっている。
第六騎士団所属の騎士たちによって構成された団体行動用の一班。
先程の声の男を班長として行動していた彼らは、その途中でオーガの団体と遭遇。
遭遇当初は十数体ほどで一塊となって暴れていたオーガたちを、彼らは集団戦闘によって次々と各個撃破し、ほんの数分ほどでここまで削ったのだ。
満身創痍のオーガたちに比べ騎士団員たちの負傷はあってないようなものであり、彼らの顔付きからは疲労の色も窺えない。
それなりに強かろうとも、相互間の連携というものをほとんど行おうとしないオーガたちが、血を吐くような訓練によって磨き上げられた強固な連携を誇る騎士団員たちに敵う道理もなく。
要するに彼ら団員たちにとってこの戦闘は、狩りと変わらないのだ。獲物を一つずつ仕留めていく狩猟と。
オーガなにするものぞ。
はっきり言って、その程度の認識である。
手間をかける必要もない。
さっさと残りを仕留めて、次を探しに行かなくてはならないくらいだ。
今回、この町に現れた化け物の数は、過去に類を見ないほどである。
現時点で正確な数は分からないが、少なくとも、ブリジスタの歴史上最大規模のものであることは想像に難くない。
ならばこそ、チンタラやってられないのだが……。
「むっ、コイツは……!」
班長の男がまず気付く。向かい合うオーガたちの背後、路地の先から聞こえてくる駆動音に。
ガチャンガチャンと軋む多脚を動かして現れたのは、ドゥームと呼ばれる魔導機械だ。
金属製の硬いボディには刃が通らず、数門の小型砲塔は砲弾の射出と自動装弾を繰り返し擬似的な連射を可能とする。
騎士剣と盾を装備した彼ら団員たちにとっては、オーガよりも数段戦いにくい相手といえた。倒せないことはないが、こちらも相応の被害は受けることになる。
残ったオーガに素早くトドメを刺し、団員たちは先程よりも散開して対峙する。纏まっていてはいい的だ。
速攻で囲んで一斉に叩き、相手に砲撃の暇を与えないことが結局はこちらの被害を最小限に抑えることに繋がる。
本部敷地内の修練場でたびたび行われる、爆発物投擲訓練という名の地獄を経験している彼らはそれを嫌というほど知っており、だからこそその動きに迷いはなかった。
囲まれたドゥームは頭部に当たる部分の赤いランプをチカチカと点滅させた後、砲塔を動かして一人の団員に狙いを定める。
狙われた団員は素早く盾を構え直し、残りの団員が砲撃と同時に飛び掛かれるように騎士剣を握り直す。
そして、砲撃が行われる、その直前。
「“サンダァァァーー!」
上空から、何かが急接近してきた。
風切り音を鳴らして飛来したそれの溌剌とした声が辺りに響き、班長は内心で「相変わらずな人だな」と苦笑した。
「ボルトォ”ッ!!」
「!」
雷光が、叩き付けられる。
本物の落雷と比べてもなんら遜色のない一撃は、たった一発でドゥームの内部機構をボロボロにし、回路という回路を焼き付くした。
装甲の隙間から黒い煙を吹き出し、ガクガクと痙攣したような動きを見せると、雷撃によって破損した赤いランプが静かに消灯する。
見事なまでの威力であった。
何をする間もなく破壊されたドゥームが、思わず可哀想に思えるほどに。
「大丈夫ーーっ!?」
続けて降ってくるのはそんな声。
桜色の翼を大きく広げ、上空を旋回する女性からの心配の声だ。
代表して、班長の男が声を張る。
騎士剣を突き上げて、頼れる我らが上司に向かって。
「ありがとうございます! 問題ありません!」
「りょうかーい!!」
「団長も、お気を付けて!」
「分かったー!!」
桃色の長髪をたなびかせる翼人族、第六騎士団団長ファニーフィール・フル・フェルマーフォームは、部下たちの無事を確認すると旋回を止めて別の場所に向かう。
「空中要塞」或いは「積乱雲」と呼ばれる彼女は、その名に恥じぬ実力を発揮しながら首都の空を飛び回り、一般団員たちの手に余りそうな強敵を、手当たり次第に倒していく。
それは、団長たる彼女にとって当然の行動であり、そうしているのは、彼女だけではない。
「しゃあ、おんしゃあ! ぶちまわすぞ!!」
例えば、第五騎士団団長ならば――。