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第3章 4

 ◇




 窓から飛び降りた修一は、ほとんど音を立てることなく軽やかに地面に着地した。

 猫のような軽業であるが元の世界では行儀が悪いと色んな人から怒られていたため、飛び降りるのは久しぶりであった。


「さて、とりあえず起こしてやろうか」


 そう言って、倒れている者に近付く。


 ――酔って寝てるならともかく、病気のようなら宿のおばちゃんを起こして病院とかに案内してもらおうか。


 そう考えながら、膝をついて倒れている者の肩を叩く。


「おーい、大丈夫か?

 こんなところで寝てたら風邪ひくぞ。

 気分が悪いなら病院にでも行くか?」


 しかし、声を掛けても返事がない。

 病気で意識を失っているなら、よろしくない。

 そこで、呼吸や顔色を見るために体を仰向けになるように転がし、顔を隠しているフードを取った。


「んんん? こいつは?」


 修一が怪訝そうな声を上げる。

 多少汚れていて顔色が悪いが、規則正しく呼吸をしており、一見するとただ眠っているだけに見える。

 こんな道の上で理由もなく寝られても困るのだが、修一が怪訝そうな声を上げたのはそれが理由ではない。


「もしかしてコイツって、エルフ(・ ・ ・)ってやつなのか?」


 道の上で寝ている者の耳は長く尖っていた。

 ノーラから聞いてそういう種族がいるのは分かっていたが、実際に見ることができるとは思っていなかった。

 北大陸には亜人があまり住んでいない。大都市なんかになれば姿を見かけることもあるが、少なくともこの辺りではほとんど住んでいないのだ。

 そのため、目の前で倒れている人間がエルフだとは思わず、困惑してしまった。


 それに、と倒れているエルフの顔を見る。

 薄汚れてはいるが、細く輝くような金髪と中世的な整った顔立ちは、なかなかの美しさである。

 そして性別はいまいちはっきりしないが、少なくとも見た目はかなり若い。

 修一は額の傷を掻きながら唸る。


「うーん、どうしようかねぇ。

 見た感じなんか訳ありっぽいけど、ここで寝かせておくわけにはいかないしなぁ」


 こんな時間に、こんな所で倒れているのだ。

 まともな事情があるとは思えなかった。

 さらにいえば、そのエルフの格好も問題であった。


「というかこいつ、灰色のマント着てるってことは、ひょっとして昼間アイツらが捜してた奴なのか?」


 膝近くまである長いマントで顔と体を隠し、この町で幅を利かせているギャングに追われている。

 厄介事の臭いしかしない。

 カズール組にはケンカを売らないとノーラに言った手前、どこか別の場所に運んで見て見ぬふりをするべきかと考えたが、それはそれで気分が悪い。

 と、そこに。


「おい、そこのお前! そいつから離れろ!」



 厄介事の方から近付いてきた。




 ◇




 後ろから声を掛けられた修一はゆっくりと立ち上がる。

 振り返って声の主を確認し、小さく舌打ちをした。

 そこにいたのは、ランタンを掲げてこちらを照らす小柄な男と、ガタイの良い大柄な男の二人。

 どちらも似たような黒っぽい服を着ており、二人がカズール組の者だと一目で分かる。


 二人の内、小柄な男の方が一歩近付いてくる。どうやら先ほどの声の主もこの男らしい。


「もう一度言うぞ、そいつから離れろ。そいつは――」

「お前らが捜してた奴なのか?」


 修一は男の言葉を遮るように言葉を返す。

 そこには、隠す気のない不機嫌さが滲んでいた。


「そうだ。そいつは俺らがずっと探してた奴だ。

 それが分かってるならさっさとどっかに行っちまえ」


 小柄な男の方も、修一の態度に苛立ちながらそんな事を言う。


「ふーん……。ところで、どうしてこいつを探してたんだ? このエルフが、アンタらに何かしたのか?」

「何故そんなことをお前に言わなくちゃならねえんだ。お前には関係のないことだよ。口を出すんじゃねえ」


 修一は一層不機嫌そうに顔を顰めた。


「関係ない、ねぇ。……もうちょっと言葉を選べよ。そんな事を言われたら、人に言えないような事情があるんじゃないかと邪推しちまうじゃないか」

「だったら、どうだって言うんだ? まさかとは思うが、この町で俺たちに逆らうとどうなるか知らんわけではあるまい?」


 その言葉とともに、今まで一言も発しなかった大柄な男がズイと前に出てきた。

 筋骨隆々としたその体を誇示するように修一の前に立ち、睨み付けてくる。

 その分かりやすい脅しを受けて、修一は問う。


「なあ、アンタらは今、俺にケンカを(・ ・ ・ ・)売ってる(・ ・ ・ ・)のか?」

「ああ?」

「俺を脅すってことは、ケンカを売ってるってことなのかと聞いてるんだ」

「何を言ってやがる?

 ……もういい、口で言って分からないなら、体で教えてやれ」


 その言葉に頷いた大柄な男が、修一の襟を掴む。


 それに対し修一は、この場にいないノーラに言い訳をするようにして呟いた。


「――ノーラ、これは、正当防衛ってやつだからな」


 そこから修一は、襟を掴む男の手を上から包むように素早く掴み返し、男の手首を百八十度内側に回転させるとともに関節を固定して、相手の腕に体重をかけて体を沈めた。


 一瞬で関節を極められ腕の自由を奪われた男が驚愕し、修一は極めた腕をそのままに痛みから逃れるように下がってきた相手の顎に容赦なく蹴りを叩き込む。


「ぐうっ!!」


 頭が跳ね上がると同時に腕を解放し、更に身を沈めて相手の踵を後ろから引っ掻けるように蹴り抜き重心を崩させる。


 仰向けに倒れた男が体を起こそうとするより早く立ち上がり、思いっ切り足を振り上げて顔を踏みつけた。その後何度か同じように踏みつけを繰り返し、男が完全に意識を失ったところで小柄な男に向き直る。


「んなっ……!?」


 小柄な男は、目の前で行われた流れるような一連の攻撃に言葉を失っていたが、慌ててランタンから手を放すと、懐からナイフを取り出し両手で構える。

 地面に落ちたランタンが大きな音とともに割れ、辺りを照らすのは月の明かりと鯨亭の出入口の上に取り付けられた小さな魔導ランプだけになった。


 小柄な男は、まさかこんな簡単に仲間がやられるとは思ってもいなかったのか、ナイフを持つ手が震えている。

 そして修一は、相対する男の情けない姿を内心で笑いながら、無造作とも思える足取りで近づいていく。

 薄暗さからその表情を読み取ることは出来なかったが、小柄な男はこちらを向いた瞬間の修一の表情をはっきりと見ていた。


 ――冗談じゃねえぞ、あれは、あれは。


「う、うああああ!!」


 小柄な男は、恐怖に突き動かされるように手に持ったナイフを突き出した。


「やかましい」


 修一は、男が突き出したナイフを体を捻りながら躱すと、ナイフを持つ手に手刀を叩き込み返す刀で目元にも手刀を繰り出す。


「ぐあっ!」


 ナイフを取り落とし視界を奪われた男は、後ろに回り込んだ修一に腕を捻り上げられそのまま近くの建物の壁にグイと押し付けられた。


「なあ、アンタら、こんなに弱いのに、よくもまあ俺にケンカを売れたもんだな」

「テ、テメエ、こ、こんなことしてタダで済むと思ってんの、ああああ゛あ゛っ!!」


 修一が更に腕を捻り上げながら、呆れたような声を出した。


「やかましいつってんだろ。……はぁ、今日の所はこれくらいで勘弁してやるから、そっちのデカいの連れて帰れ。ただし、次に俺の前に現れやがったら――」


 修一が底冷えするような殺気を放つ。


「ど、どうするつもりだ」


 怯える男に、修一はボソリと呟いた。


「――それ以上俺に言わせる気か?」

「!! ……わ、分かった」


 そして、腕を放して男を突き飛ばすと、さっさと帰れとばかりにヒラヒラと手を振る修一。

 小柄な男は気を失っている男の頬を何度も叩いて起こすと、そのまま二人して逃げるように立ち去っていった。


 しばらくして、男たちが遠くに行ったことが分かると、修一は小さくため息をついた。


「はあ、ちょっと短絡的すぎたかな? 一応手を出してきたのはアイツらが先だけど、アイツらそんな事は関係なしだろうな。……それに、ノーラにもちゃんと説明しとかないと怒られるよなあ」


 一応は、自分の行いを反省しているようだ。

 そして、先ほどのやり取りの最中にも全く目を覚まさなかったエルフに目をやる。

 こうなってしまったからには仕方がない、事情を聞くためにもひとまず目を覚ますのを待たねばならないだろう。


「とりあえず、この……男? いや、女?……んん? …………まあどっちでもいいか、このエルフをなんとかしないとな」


 修一は、誰ともなしにそう呟くと、眠り続けるエルフを担ぎ上げて宿の中に戻っていった。




 ◇




「…………んん、…………うー」




「…………うあ?」




「……あれ?」


 声の主はゆっくり目を開けると、むくりと体を起こす。

 まだ少し寝ぼけていたようだが、次第に覚醒した様子で周りを見渡す。


「ここ、どこ?」


 自分にとって見知らぬ部屋だった。

 広くはないが、自分が寝ていたベッドや部屋の様子を見る限り定期的に掃除がなされ、清潔に保たれているようだ。

 いつのまにこの部屋で寝ていたのか分からないが、窓から差し込む日差しを見るに、すでに昼近くになっているのではないいだろうか。


「えっと、確か、僕は、」


 そこまで言葉を発した後、慌てたような表情になる。


「そうだ! 僕はアイツらに追われてて、アイツらったら全然諦めてくれなくて、それで、それで、」


 そこで、ぐ~~~~、と腹が鳴る。

 悲しげな表情で自分のお腹を押さえる。


「お腹が空き過ぎて倒れちゃったんだ……」


 と、その時。

 コンコンという音が部屋の中に響く。

 ハッと顔を上げれば、部屋の出入口のドアが開き見知らぬ女性が顔を出した。


「あ、本当に起きてますね。それにしても、どうしてシューイチさんは下にいるのに部屋の様子が分かるんでしょう?」

「……え、えっと」

「ああ、ごめんなさい。私はノーラといいます。

 ここは私が借りている宿の一室です。

 朝起きたら貴方が宿の前に倒れていたため、ここまで運びました」

「僕を、助けてくれたの?」

「ええ、そういう事になりますね、可愛いエルフさん」

「!!」


 そう言われて初めて、自分が今まで来ていたマントを着ていないことに気付く。

 エルフは自分の耳を隠すために慌てた様子でシーツを頭まで被り、そんなエルフの今更すぎる行動に、思わずノーラは微笑んだ。


「おーい、飯貰ってきたぞって、ありゃ? まだ寝てたか?」


 そこに、修一が一階から上がってきた。

 手にはお盆を持ち、その上にはサンドイッチが何個かと果実水の入った水差しが乗っていた。


「いえ、ちょっと恥ずかしくなったみたいで隠れてしまいました」

「ふーん? まあいいや、おーい、布団被ってないで出てこいよ。折角飯を持ってきたんだから」


 修一の呼び掛けにしばらくの間返事がなかったが、ぐ~~、という音とともにエルフが少しだけシーツから顔を出すと。


「……ご飯?」


 と小さな声で聞いてきた。


「おう、飯だ。腹減ってんだろ? お前をこの部屋に運ぶまでの間も何回か鳴ってたから、どうせ腹減って行き倒れてたんだろうと思ったよ」


 そう言われて恥ずかしそうに顔を赤く染めながらもシーツから抜け出し、そのままベッドの上に座り込む。

 修一は部屋の中に入り、エルフの目の前までお盆を持って行ったところで思い出したかのように訊ねる。


「そういや、忘れてた。

 俺の名前は修一。そっちにいるのがノーラだ。

 そんで、――お前の名前は何ていうんだ?」


 問われたエルフは、しかし目の前にある食事の方に目を奪われていた。

 海よりも深い青色の瞳がキラキラと輝き、口からよだれを垂らしながら、そろっとサンドイッチに手を伸ばす。手にする直前、修一がヒョイとお盆を持ち上げたため取り損なった。


「あ」

「名前は?」


 再びの問いに、エルフは口元の涎を拭いながら答える。


「……メイビー。メイビー・シュトラウスキー、です」

「そうか。それじゃあメイビー、こぼさないように落ち着いて食えよ」

「う、うん」


 そうして、ようやく手渡されたサンドイッチ。

 それを口に運びながらメイビーは。


「…………おいしい」



 青い瞳を、感激の涙で潤ませるのだった。




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