第7章 28
※ 本日三度目の投稿です。
◇
「――うぅ、」
耐え難い全身の痛みを感じ、少女は無意識的に呻き声をあげた。
ズキズキと、頭が割れるように痛い。
身体中の関節が、悲鳴をあげている。
全身をハンマーで打ちのめされたみたいな痛みが、脳の覚醒とともに鮮明になっていく。
「……あ……?」
これほど痛くては、もう一度意識を落とすことなど出来そうになかった。
少女は仕方なく、瞼を開けてみることにする。横になったまま、瞼だけを。果たして瞳に写るのは、煌めく星々と丸い月。
少し赤く染まって見える、夜空であった。
自分はなぜここにいるのだろう。
そもそもここはどこなんだろう。
「僕は…………」
「目は覚めたかしラ?」
「!」
すぐ隣から聞こえてきた、知らない女性の声。
少女はそちらに視線を向ける。
こちらの様子を窺うように覗き込んできていた。
薄紫色の髪と、瞳。
首には包帯のようなものが巻き付けられていて、神官服に近いデザインの服は、襟元から胸元からが血で染まってドス黒く変色していた。
「君は……? っ痛!!」
「ああ、ちょっと待ってネ」
起き上がろうとして、痛みに顔を顰める少女。
女性はそれを押し留めると、腰のポーチから小さな瓶を取り出した。
毒々しい蛍光紫色の液体が入っている。
少女はそれを見て余計に顔を顰めた。
「なにそれ?」
「回復用のポーション、ヨ」
「ものすごく身体に悪そうなんだけど……」
「効果はバツグンだかラ」
「……うーん」
僅かに悩むが、諦めたように口を開ける少女。
紫髪の女性は瓶の中身を注ぎ込む。
恐ろしく不味い。それでも無理矢理飲み込むと、次第に身体中の痛みが引いてきた。
確かに、効果はバツグンだった。
「味は、最悪だけどね……」
そう呟くと、少女はゆっくりと身体を起こす。
「僕の名前は、メイビー。君は?」
「ヴィラ、と呼ばれているワ」
「そう。それで、えっと……」
メイビーは、記憶の覚束ない頭をぶんぶんと振る。
強い衝撃を受けたのか、直前の記憶が飛んでいるらしかった。
なので、取り敢えず目につくものについて尋ねてみる。
「なんでその家、燃えてるの?」
メイビーが指差す先には、建物中から大きな炎を上げて燃える一軒の屋敷があった。
とんでもない火勢だ。消火するよりも、燃え尽きてしまう方が早そうなくらいに。
自分が寝ていたのは、その屋敷の庭だろうか。
下は芝生になっている。
「分からないわ、私が復活したときには、もう火の手が回ってたかラ」
「そう……」
「血が足りなくて、アナタたちを抱えてここまで来るのが大変だったわネ」
「……僕たち?」
メイビーの問い返しに、頷くヴィラ。
その言葉に何かを感じたのかメイビーは、ヴィラがいるのとは反対の方向に首を向けて――――。
「――――っ!!!」
そこに横たわる修一を見つけた。
一瞬で、記憶がフラッシュバックする。
屋敷に突入して、修一が倒されて、男に挑んで、そして、負けた。
最後の一撃を捉えられて、床に叩きつけられて、全身を痛打して、目の前が真っ暗になって……。
「あ、ああ…………、ああああっ!!?」
大慌てで修一の身体に触れてみる。
傷は、血は、大丈夫なのかと。
早く治してあげないと、と。
しかし、触れてすぐに分かる。
「――……冷たい」
もう、そんな状況ではないのだと。
「っ――! “ハイネスヒーリングライト”!!」
それでもメイビーは、魔術を行使する。
傷を癒す柔らかい光が修一に降り注ぐ。
「……なんで、」
そして、それだけだ。
修一に、何らの影響を及ぼすことはなかった。
「“ヒーリングライト”! “リストアヘルス”!! ……“エクステンドヒーリングライト”っ!!!」
何を使っても一緒だ。
修一には効果がない。
「…………なんで…………」
回復系統の呪文は、生物の傷を癒す、若しくは悪霊やアンデッドに対してダメージを与えられる呪文だ。
それ以外には、効果を発揮しない。
「ヴィラ!! さっきの薬を――!!」
メイビーの言葉を予測していたヴィラは、静かに首を振った。
「とっくに、試しているワ。シューイチの方が危なかったかラ。傷口に直接掛けて、血止めの軟膏を全部塗って、それから飲ませようとしたけド……」
ヴィラも、苦しそうに表情を歪めている。
「一本流し込んでみて、一向に嚥下しなかったから、吐き出させたワ」
「……」
「呼吸も、心臓も……、瞳孔だって……」
「…………」
メイビーは、呆然とヴィラの言葉を聞いていた。
そして、おかしい事に気付いた。
「ねえ、ヴィラ」
「何かしラ?」
「ノーラは、どこ?」
修一がこんな状況だというのに、ノーラはどこで何をしているのだ。
「……ノーラ?」
「うん。もう一人、いたでしょ? 茶髪の女の人が。僕と一緒に、あの屋敷に入ったんだけど……」
「……」
ヴィラは、険しい顔のまま、口を開く。
「……見ていないワ」
「え?」
「私の意識が戻った時には、燃える屋敷の中にはワタシと、アナタたち二人しかいなかっタ」
「……どういうこと?」
「分からなイ、けド……」
「……」
「連れていかれたのかモ。なんせ、奴らは……、……?」
メイビーは。
「……………………嘘だ」
感情の抜け落ちたような顔でそう呟くと。
「――――うぅぅ、」
とたんに顔を、くしゃくしゃに歪めて。
「ああ……」
ボロボロと涙を流しながら。
「ああぁああ、」
大声で、泣き始めた。
「うわあああぁぁぁあああああぁぁ――」
身も世もなく、幼子のように。
「……」
ヴィラは、それを止めようとはしない。
そもそも、何と声を掛ければ良いか分からなかった。
「……ああぁ、うわああああぁぁ――」
燃え盛る屋敷の前で、メイビーの泣き声が木霊し続ける。
炎は一向に消えず、町中からの喧騒も止むことはない。
結局この騒動が完全に沈静化したのは、日付も変わった後のことだった。
騎士団員及び警備隊員たちの活動により、町を襲った化け物たちのほとんどは討ち取られ、残りは逃げていった。
しかし、最初期の混乱に巻き込まれた住人も少なくなく。
翌日の日中に警備隊員たちが調査したところ、概算で千人近い住人が死亡または行方不明となっており。
役場前及び騎士団本部前に張り出された一覧表には、
ノーラ・レコーディア、行方不明
と、書かれていた。
そしてもう一人。この町の住人ではない男について、一覧表には載っていない事実ではあるが。
騎士団本部内の治療室において、確認されたことがあった。
すなわち。
◇ 白峰修一、――死亡。心臓の創傷による大量出血が原因か。
と、いうことである。
これにて第7章は終了となります。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。