表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/190

第7章 28

※ 本日三度目の投稿です。

 ◇




「――うぅ、」


 耐え難い全身の痛みを感じ、少女は無意識的に呻き声をあげた。

 ズキズキと、頭が割れるように痛い。

 身体中の関節が、悲鳴をあげている。

 全身をハンマーで打ちのめされたみたいな痛みが、脳の覚醒とともに鮮明になっていく。


「……あ……?」


 これほど痛くては、もう一度意識を落とすことなど出来そうになかった。

 少女は仕方なく、瞼を開けてみることにする。横になったまま、瞼だけを。果たして瞳に写るのは、煌めく星々と丸い月。

 少し赤く染まって見える、夜空であった。


 自分はなぜここにいるのだろう。

 そもそもここはどこなんだろう。


「僕は…………」

「目は覚めたかしラ?」

「!」


 すぐ隣から聞こえてきた、知らない女性の声。

 少女はそちらに視線を向ける。

 こちらの様子を窺うように覗き込んできていた。


 薄紫色の髪と、瞳。

 首には包帯のようなものが巻き付けられていて、神官服に近いデザインの服は、襟元から胸元からが血で染まってドス黒く変色していた。


「君は……? っ痛!!」

「ああ、ちょっと待ってネ」


 起き上がろうとして、痛みに顔を顰める少女。

 女性はそれを押し留めると、腰のポーチから小さな瓶を取り出した。

 毒々しい蛍光紫色の液体が入っている。

 少女はそれを見て余計に顔を顰めた。


「なにそれ?」

「回復用のポーション、ヨ」

「ものすごく身体に悪そうなんだけど……」

「効果はバツグンだかラ」

「……うーん」


 僅かに悩むが、諦めたように口を開ける少女。

 紫髪の女性は瓶の中身を注ぎ込む。

 恐ろしく不味い。それでも無理矢理飲み込むと、次第に身体中の痛みが引いてきた。

 確かに、効果はバツグンだった。


「味は、最悪だけどね……」


 そう呟くと、少女はゆっくりと身体を起こす。


「僕の名前は、メイビー。君は?」

「ヴィラ、と呼ばれているワ」

「そう。それで、えっと……」


 メイビーは、記憶の覚束ない頭をぶんぶんと振る。

 強い衝撃を受けたのか、直前の記憶が飛んでいるらしかった。

 なので、取り敢えず目につくものについて尋ねてみる。


「なんでその家、燃えてる(・ ・ ・ ・)の?」


 メイビーが指差す先には、建物中から大きな炎を上げて燃える一軒の屋敷があった。

 とんでもない火勢だ。消火するよりも、燃え尽きてしまう方が早そうなくらいに。


 自分が寝ていたのは、その屋敷の庭だろうか。

 下は芝生になっている。


「分からないわ、私が復活(・ ・)したときには、もう火の手が回ってたかラ」

「そう……」

「血が足りなくて、アナタたちを抱えてここまで来るのが大変だったわネ」

「……僕たち(・ ・)?」


 メイビーの問い返しに、頷くヴィラ。

 その言葉に何かを感じたのかメイビーは、ヴィラがいるのとは反対の方向に首を向けて――――。


「――――っ!!!」


 そこに横たわる修一を見つけた。

 一瞬で、記憶がフラッシュバックする。


 屋敷に突入して、修一が倒されて、男に挑んで、そして、負けた。

 最後の一撃を捉えられて、床に叩きつけられて、全身を痛打して、目の前が真っ暗になって……。


「あ、ああ…………、ああああっ!!?」


 大慌てで修一の身体に触れてみる。

 傷は、血は、大丈夫なのかと。

 早く治してあげないと、と。

 しかし、触れてすぐに分かる。


「――……冷たい(・ ・ ・)


 もう、そんな状況ではないのだと。


「っ――! “ハイネスヒーリングライト”!!」


 それでもメイビーは、魔術を行使する。

 傷を癒す柔らかい光が修一に降り注ぐ。


「……なんで、」


 そして、それだけだ。

 修一に、何らの影響を及ぼすことはなかった。


「“ヒーリングライト”! “リストアヘルス”!! ……“エクステンドヒーリングライト”っ!!!」


 何を使っても一緒だ。

 修一には効果がない。


「…………なんで…………」


 回復系統の呪文は、生物の傷を癒す、若しくは悪霊やアンデッドに対してダメージを与えられる呪文だ。

 それ以外には、効果を発揮しない。


「ヴィラ!! さっきの薬を――!!」


 メイビーの言葉を予測していたヴィラは、静かに首を振った。


「とっくに、試しているワ。シューイチの方が危なかったかラ。傷口に直接掛けて、血止めの軟膏を全部塗って、それから飲ませようとしたけド……」


 ヴィラも、苦しそうに表情を歪めている。


「一本流し込んでみて、一向に嚥下しなかったから、吐き出させたワ」

「……」

「呼吸も、心臓も……、瞳孔だって……」

「…………」


 メイビーは、呆然とヴィラの言葉を聞いていた。

 そして、おかしい事に気付いた。


「ねえ、ヴィラ」

「何かしラ?」

「ノーラは、どこ?」


 修一がこんな状況だというのに、ノーラはどこで何をしているのだ。


「……ノーラ?」

「うん。もう一人、いたでしょ? 茶髪の女の人が。僕と一緒に、あの屋敷に入ったんだけど……」

「……」


 ヴィラは、険しい顔のまま、口を開く。


「……見ていないワ」

「え?」

「私の意識が戻った時には、燃える屋敷の中にはワタシと、アナタたち二人しかいなかっタ」

「……どういうこと?」

「分からなイ、けド……」

「……」


「連れていかれたのかモ。なんせ、奴らは……、……?」


 メイビーは。


「……………………嘘だ」


 感情の抜け落ちたような顔でそう呟くと。


「――――うぅぅ、」


 とたんに顔を、くしゃくしゃに歪めて。


「ああ……」


 ボロボロと涙を流しながら。


「ああぁああ、」


 大声で、泣き始めた。


「うわあああぁぁぁあああああぁぁ――」


 身も世もなく、幼子のように。


「……」


 ヴィラは、それを止めようとはしない。

 そもそも、何と声を掛ければ良いか分からなかった。


「……ああぁ、うわああああぁぁ――」


 燃え盛る屋敷の前で、メイビーの泣き声が木霊し続ける。


 炎は一向に消えず、町中からの喧騒も止むことはない。




 結局この騒動が完全に沈静化したのは、日付も変わった後のことだった。

 騎士団員及び警備隊員たちの活動により、町を襲った化け物たちのほとんどは討ち取られ、残りは逃げていった。


 しかし、最初期の混乱に巻き込まれた住人も少なくなく。

 翌日の日中に警備隊員たちが調査したところ、概算で千人近い住人が死亡または行方不明となっており。


 役場前及び騎士団本部前に張り出された一覧表には、


 ノーラ・レコーディア、行方不明


と、書かれていた。


 そしてもう一人。この町の住人ではない男について、一覧表には載っていない事実ではあるが。

 騎士団本部内の治療室において、確認されたことがあった。

 すなわち。






 ◇ 白峰修一、――死亡。心臓の創傷による大量出血が原因か。






 と、いうことである。




 これにて第7章は終了となります。

 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ