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第7章 27

※ 本日二度目の投稿です。

 ◇




 玄関ホールに突入したノーラは、眼前の光景に理解が追い付かないでいた。

 勢いよく押し開けた扉の奥から、いきなり目の前に何かが飛んできたのだ。

 咄嗟にそれに目を奪われてしまった。


 人間の腕だ。

 剣を握ったままの。


 どこかで見たことがある気がする。

 いや、気のせいではない。

 いつも見ていたのだ。

 分からないはずがなかった。


「――――あ、」


 だが、それを理解することを、脳が拒んでいた。

 そんなはずはないと。

 そんな事があってはならないと。


「――――!!」


 メイビーの、声なき声が聞こえた。

 誘われるように視線を上げる。


 少し先、玄関ホールの中央付近で、誰かが力なく倒れようとしていた。

 あれは、誰だろう。



 黒い髪の(・ ・ ・ ・)――。



「シューイチィィィイイイイイっ!!」

「!!」


 弾かれたように、メイビーが駆け出した。

 倒れた者の隣に立つ、赤い眼の男に向かって。

 メイビーの絶叫。

 男が反応して、こちらを見た。


「……!」


 驚いたように、目を見開く赤眼の男。

 そこにメイビーが、魔術を打ち込んだ。


「“エアロカノン”っ!!」

「!?」


 風の塊が男に叩き付けられる。

 全身血塗れのその男は、耐え切れずに十メートル近く吹き飛ばされた。


「“ウインドアシスト”っ! “サイレントムーブ”っ! “エアウォーキング”っ!!」


 男を修一から引き離すことに成功したメイビー。

 そのまま男に接近しながら、次々と呪文を唱えていく。

 吹き飛んだ男は、空中でクルリとトンボを切るとしっかり両足で着地する。

 そして黒い刃を構えたところで、メイビーと激突した。

 火花を散らしなから刃を交える。

 その最中に、メイビーが叫ぶように問うた。


「お前が!! シューイチを!?」

「…………」


 奇しくも、お互い小剣同士。

 同じ間合いの二人は、細かく立ち位置を変えながら、時に攻め、時に守る。

 男の黒い刃と、メイビーの白銀の刃。

 対照的な二色のコントラストが、シャンデリアの灯りの下で乱舞する。


 打ち合わされた衝撃で、男の刃に付いていた()がメイビーの頬に散る。

 これは一体、誰の血だというのだ!


「答えろぉ!!」


 鬼気迫る勢いで吼えるメイビー。

 そして男は、メイビーの攻撃を捌きながら、はっきりと答えた。


「そうだ」

「――!!!」


 メイビーの顔が大きく歪む。

 あらゆる感情が綯い交ぜになったような、そんな表情だ。

 その隙を突くように剣を振るう男。

 メイビーは、小剣を握る手に力を込めた。


「“インビジビリティ”っ!!」

「っ!」


 男の黒小剣が空を切る。

 メイビーの姿が消えたのだ。

 左右を見回してみても、どこに行ったか本当に分からない。


「むっ――!」


 唐突に、右上腕を斬られた。

 そちらか、と向き直ろうとしたところで今度は左腿。

 たたらを踏んだところで更に右脛、右脇腹、一拍置いて左手首。


 斬り付ける箇所も、方向も、タイミングも、まるでバラバラだ。

 次にどちらから来るのか、予測出来ない。


「っ…………!」


 メイビーの全力全開。


 隠形立体戦闘法だ。


 少なくとも男には、メイビーの姿を捉える事が出来ないでいた。




「シューイチさん!!」


 メイビーが男を奥に押し込んだ直後、ノーラは倒れ伏す修一に駆け寄った。

 広がる血溜まりを避けるように跪き、修一の傷を確認する。

 一目で分かるのは右腕がなくなっていることと、左胸の辺りに深い創傷があること。

 俯せに倒れた修一の、背中側からも出血があるのだ。

 おそらく、前から刺されて背中まで貫通している。

 心臓は分からないが、肺には確実に穴が空いているだろう。

 早急な手当てと治療が必要だ。


 だというのに。


「カバンを……!」


 ノーラは唇を噛む。

 薬品類や諸雑品を入れていたカバンを持ってきていないのだ。

 傷口を押さえるための布もない。

 ポケットに入れていたハンカチは、すぐに真っ赤に染まって使い物にならなくなった。

 なんという失策だろう、と、自分の見通しの甘さを呪うが、そうやって悔やんでいる暇もない。


「…………!」


 視線を上げるノーラ。

 もう少し奥の壁際で、もう一人倒れている。

 あちらも、遠目に見ただけでも出血が酷い。

 応急手当を多少学んだ事があるだけのノーラでははっきり分からないが、あれは、致死量に近い量が流れ出ているのではないだろうか。

 おそらくあちらの方が、修一よりも先に治療しなくてはならないだろう。


「シューイチさん……」


 ノーラは、泣きそうな気持ちで修一の名を呼ぶ。

 どうしてこんなことになったのだろうかと、答えの出ない問いが頭の中をグルグル巡る。

 また、いつものように無事に帰ってきてくれると、そう信じていたのに。


「起きてくださいよ……、シューイチさん……」


 祈るような気持ちで、もう一度。

 倒れたまま動かない修一の名前を――。


 ――――ピクッ


「!!」


 ハッとした面持ちで、左手を見る。

 今確かに、ほんの少しだけ指が動いた。

 慌てて呼吸を確認する。

 口元に耳を近付けると、微かにだが呼吸音が聞こえた。

 首筋に指を当てる。

 弱々しいが、拍動が感じ取れる。


「まだ……!」


 まだ、生きている。


 それだけではない。

 意識しての事なのかは分からないが、傷口が(・ ・ ・)凍り始めて(・ ・ ・ ・ ・)いる。

 出血を止めるために、修一の能力が発動しているのだ。


 これなら。

 速やかにここを離脱して治療を受けさせれば、もしかしたら助かるかもしれない。


「メイビー! シューイチさんはまだ――!」




「――――っ!!」


 メイビーは、男の周囲の空間を縦横無尽に跳ね回りながら、敵の身体を手当たり次第に斬り付ける。


 隠形立体戦闘法。


 音もなく、姿もなく、高さすらも問題にせず。

 全身のバネを使い、対象の周囲を取り囲むようにして移動しながら、隙の生まれたところを順番に斬っていく。

 回避を許さず、防御すらも無視して。

 一方的に攻撃をするための戦闘技法だ。


 ――シューイチはっ!?


 そうする中でメイビーは、修一の状態を確認しようとする。

 チラリとしか見えなかったが、あまりよろしい状態ではなさそうだった。

 おそらく、自分の中位回復光魔術ハイネスヒーリングライト一回では回復しきれない。三度か四度連続行使して、ようやく出血が止まるくらいだ。


 それと、斬り飛ばされた腕は回収出来るだろうか。

 出来れば回収したい。

 そうしないと、治せなくなる。

 身体欠損を治癒する光属性魔術を、メイビーは修得していないのだ。

 実物が有るのと無いのとでは、治療の難易度が大きく違ってくる。


 ――でも、その前に……!!


 この男を、行動不能にしなくてはならない。

 修一と、もう一人。二人を倒したであろうこの男を。


 自分より、遥かに強いであろうこの男を……!


「…………!」


 メイビーだって馬鹿ではない。

 目の前の男の危険さは肌で感じ取れる。

 コイツは、危なすぎる。

 何者なのかまでは分からないが。

 とにかく危険だということは、分かる。


 自分一人で倒し切れるとは全く思っていない。

 まずもって、修一がやられているのだ。

 不意を打って押し込んでいる間に手足を潰し隙を作って逃げる。

 メイビーには、それが限界に思えた。


 修一ともう一人を、――最悪、もう一人を見捨てて修一だけでも、連れ帰る。


 メイビーにとって、勝利のラインはそこなのだ。

 そのためには今、この男の体力を、削れるだけ削ってから離れなくてはならない。

 まだ奥に何人かいるみたいではあるが。

 この男より強いという事はないだろう。


 ――後の事を考えずに逃げに徹すれば、おそらく逃げ切れる……! だから!!


 メイビーは、軋む筋肉を一顧だにせず動き続ける。

 最初から全速力で動いている以上、消耗の早さも普段とは段違いだ。

 だが、そうしないときっと捉えられる。

 メイビーはそう思うからこそ、止まらないのだ。


 そして、そんなメイビーの努力は、確かに効果を上げていた。


「っ……」


 男――ヴァンパイアは、メイビーからの見えない攻撃に防戦一方だ。

 既に十か所以上斬られているのに、次にどこから来るのかまるで読めない。

 魔術の完成度が高いのか、この戦法の練度が高いのか。

 とにかく、ことごとく防御の隙間を抜けて斬り付けてくる。

 しかもタチの悪いことに。


「――特銀(ミスリル)製の、小剣か……!」


 メイビーが使っている装飾小剣の刃は、特銀製なのだ。

 しかも、魔化武器の。

 ヴァンパイアにとっては、かなり鬱陶しい武器なのである。


「ちっ……」


 ヴァンパイアは舌打ちする。

 いきなり飛び込んできたかと思えば、厄介極まりない。

 入ってきたときの反応をみるに、おそらく先程の連中の仲間なのだろう。

 敵討ちのつもりか?

 笑わせてくれる。


「――“***”」


 ヴァンパイアは、目を閉じて何かを唱えた。

 それから構えを解いて棒立ちになる。


 ――……何のつもりかな?


 メイビーは、その様子を見て考える。

 この状況で、その行動。

 一体何をするつもりなのか。

 何が起こるというのか。

 迂闊に踏み込むのは、ちょっと不味いか?


「メイビー!」

「――!!」


 そこに聞こえるノーラの声。

 声が明るい。

 ひょっとして修一は、思ったより大丈夫なんだろうか。

 それなら――。


 ――次で、最後だ。あとは、そのまま逃げよう。


 メイビーは腹を括る。

 罠かもしれないと怖じ気づいている場合ではない、と。

 やるしかないのだ、と。


 床を蹴って、空を蹴って、何もない空間を駆け上がる。

 ヴァンパイアの上方、天井の高さまで。

 そして天井に着地すると、上下反対になって両足を付ける。グッと力を蓄えるように、両足を曲げて。


 さかさまの世界を、見下ろすように。


 ――空中歩行魔術、……解除!!


 と、同時に、天井を蹴って急速落下。

 僅かに斜め、男の首元を掠める軌道で一直線に突っ込んでいく。

 狙いは、右の鎖骨から左腿までのライン。

 すれ違い様に小剣を滑らせて、腱と筋肉をかっ切る。


「…………」


 男はメイビーの接近に気付いていないのか。

 眉一つ動かさない。


 そのまま気付くな。

 メイビーはそう思いながら、小剣を振りかぶった。


 ――喰ら、ええぇぇえええっ!!


 そして。




「シューイチさんはまだ――、っ…………!?」


 ノーラの、メイビーへの言葉は、そこで止まった。

 ノーラには、男とメイビーの攻防などまるで理解出来ない。

 戦闘技術も知識もないし、そもそも目で追えない。

 ただ、なんとなく、メイビーが押しているのは分かっていた程度だ。


 だからこそ、メイビーを後押しするつもりで修一の生存を伝えようとした。

 と、いうのに。


「ふっ!」

「――――!」


 男は、何もない空中に手を伸ばしたかと思うと、そこにあった何か(・ ・)を掴んだ。

 そしてそれを――。


「はあっ!!」


 思いっ切り床へ、


 ――――ドゴォォオン!!


――叩きつけた。


「――――!!」


 激しい音が鳴り、掴んだ何かが姿を現す。


「…………メイ、ビー……」 


 不可視化魔術(インビジビリティ)を持続できなくなったメイビーが、腕を掴まれてぐったりとしていた。

 人外じみた膂力で叩き付けられて、ほとんど受け身も取れずに床に激突したのだ。

 受けたダメージは、たった一撃でも尋常ではないだろう。

 生きているのかも怪しかった。


「――姿と音を消すのなら」


 襟元を掴み直したメイビーを、男は自分の目前に持ち上げる。

 意識を失っても手放さない装飾小剣。

 その刃にベッタリと付着した、己の血を一瞥すると。


「――血の臭い(・ ・ ・ ・)も、消せばよいものを。

 まあもっとも我輩は、自分の血の(・ ・ ・ ・ ・)位置くらい(・ ・ ・ ・ ・)分かる(・ ・ ・)がね……」


 それだけ言って男は、メイビーを放り投げた。

 修一とノーラのいる方向に向かって、ゴミでも放るみたいに。


「……」


 ノーラは呆然と、その様子を眺める。

 もう、何がなんだか分からない。


「――おや、そっちのネズミはまだ死んでなかったのか。心臓を突いてやったというのに、しぶといな」

「……!」


 そこで、どうやら男も修一がまだ生きていることに気付いたようだ。

 血塗れの黒小剣を持ったまま、ゆっくりと近付いてくる。

 あと数歩、というところで。


「……?」

「……!」


 ノーラは、両腕を広げて男の前に立ち塞がった。

 男は、不思議そうに首を傾げた。


「なんのつもりだ?」


 ノーラは、震えそうな声を抑え込んで問い返す。

 長いスカートの中では、膝が震えていた。


「貴方こそ、何をするつもりですか!?」


 男は、さも当然の事のように答える。

 そのこと自体には、まるで興味がないみたいに。


「そこのネズミを始末する」

「!!」


 膝から崩れそうになる。

 涙で視界が滲んでくる。


 始末する?

 駄目だ、それだけは。

 せっかく、生きてくれているのに。

 こんなところで失いたくなんてない。


 まだ、まだまだ、話したいことがたくさんあるんだ。

 少しでも長く、一緒にいてほしいと思うんだ。

 だから、邪魔をしないで。

 お願いだから――。


「どけ、我輩の邪魔をするなら貴様も――」


 と、そこまで言ったところで男は、ふと、何かを思い付いたらしく表情を変えた。


「……いや、そうだな。見逃してやっても良い」

「……!」

「ただし、貴様が我輩とともに来るならな」

「…………貴方と?」


 ノーラは、男の言葉の意味を測りかねた。

 男は、手にしていた小剣を鞘に納めると、自分の腹を右手でポンポンと叩く。


「見てのとおり、我輩は先程起きたばかりでな、空腹なのだ」

「……はい」

「どうせ食事は用意されているのだろうがな。我輩とて、飲みたいものを飲みたいのだよ」

「…………」


 ノーラは、男の姿を間近で観察し、そして先程の発言から、なんとなく理解した。


「貴方は、」

「うむ」

「……ヴァンパイアなのですか?」

「そうだが?」

「私の血を吸いたいと、そう言っているのですか?」

「ああ」


 肯定する男。

 ゾッとするほどの美貌に笑みを浮かべてみせる。


「貴様の血は美味そうだ」

「…………」

「……で、どうする? 我輩と来るか?」

「…………それは、」


 ノーラは、修一に視線を向ける。

 縋るように。

 祈るように。


 ――いえ、そうではありませんね。


 目を閉じ、一つ首を振った。

 必要なのは勇気だ。

 少なくとも、今、この時は。


 修一には、何度も守ってもらった。

 それなら今度は、私の番だ。

 せめて、今この場くらいは。


 もう私しか、守れる人間はいないのならば――。


 勇気を出せ、ノーラ。

 大丈夫、やり方は何度も見てきたじゃないか。

 愛する男の背中を、いつも。


「分かりました。……貴方に同行します」

「――そうか」

「はい。ただし、もう、ここにいる三人には手を出さないでください」

「三人? ……ああ、なるほど、構わんよ」


 ノーラは、精一杯ヴァンパイアを睨み付けた。


「もし、手を出そうものなら、その場で舌を噛み切って死にます」

「ほほう、言うじゃあないか」

「私は本気です」

「まあいいさ。我輩にはもう、何の興味もない。ソイツらが、このまま勝手に死のうが生き延びようが、我輩はどちらでもいい」


 それだけ言うと、男は背後に向かって呼び掛ける。


「おい、聞いたな」

「はい、承りました、主様」

「連れていけ」

「仰せのままに」


 男の背後に女が一人、すうっと現れた。

 二階で、もう一方を治療していたリャナンシーだ。

 女は、二人の間に割り込むように移動すると、いきなりノーラのポケットに手を突っ込んだ。


「――っ!」

「これは、捨てておきましょうね?」


 取り出したのは、フローラから預かってきた対話鏡だ。

 目敏く見付けたそれを、リャナンシーは適当に放り投げる。

 床に落ちた鏡は、パリンという音とともに砕けた。


「“ディメンションゲート”」


 それとともにリャナンシーは、自らの細い指で、何もない空間を縦になぞる。

 なぞった跡に沿って、空間に亀裂が入った。


 最高位標準魔術の一つ、空間開門魔術(ディメンションゲート)だ。

 術者の視界内か、若しくは術者が行ったことのある場所を、今自分のいる空間と繋げる魔術である。


「さあ、どうぞ」

「…………はい」


 女に促されるままに、ノーラは亀裂に歩み寄る。

 そして、それを踏み越える直前で立ち止まり。


『――修一さん』


 修一へ。


『どうか、ご無事で』


 日本語で(・ ・ ・ ・)



『心から、愛しています』



 思いを、告げた。


「……珍しい言語ですね?」

「……」


 内容を聞き取れなかったリャナンシーが問うが、ノーラはそれを無視して亀裂をくぐる。

 すぐさま亀裂は閉じてしまい、何の痕跡も残さずに、ノーラの姿は消えた。


 リャナンシーはノーラの態度に一つ肩を竦めると、自分の主に向き直った。


「さて、我々も()に向かいませんか?」

「そうだな。わざわざこんなところに、いつまでもいる必要はあるまい」

「今日のために、皆で改装したんです」

「そうか」


 ヴァンパイアたちは踵を返し、一旦二階に戻ることにしたようだ。

 階段に向けて歩き出す。


 そして数歩進んだところで――。



 ――――カリッ


「!」


 ヴァンパイアは振り返る。

 何か、引っ掻くような音が聞こえた。

 しかし、見回しても特に動いたものはなさそうだ。



 ……いや。



「……あの男の、腕か?」


 斬り飛ばしてやった右腕が、少し変だ、あんな位置にあっただろうか?


 もう少し、遠くだった気が……。


 と。


「これは……?」


 リャナンシーが、困惑したような声を出し、指差す。

 その先にあるのは、修一の身体。


 そこから、何かが(・ ・ ・)立ち昇って(・ ・ ・ ・ ・)いる。


 ゆらゆらとした何かが。


 淡い湯気のような何かが。


 修一の身体から漏れ出すようにして発生し、その場に留まって一つの形を作ろうとしていた。


 やがてそれは、どこか人間に近い形となると、ゆらゆらとしたまま佇む。

 ゆらゆら、ゆらゆらと、何をするでもなく。


「……」

「……えっと?」


 二人は、その様子を見て反応に困っている。

 はっきり言って、意味が分からない。

 何が起こっているのか、全く理解できないのだ。


「――――」


 すると、そのゆらゆらした何かは、クルリとヴァンパイアたちに背中(かどうかは分からないが)を向けて滑るように動く。

 どこに行くというのか。

 その先にあるのは玄関扉と――。


 ……修一の腕(・ ・ ・ ・)だけである。


 ゆらゆらは、屈むように動くと、そこにある腕を拾い上げた。切断面を掴むようにして。


「――――」


 ヴァンパイアたちに向き直る。

 もちろん、それに顔などない。

 なのに、視線を向けられた気がした。


「なっ……!?」


 その途端、修一の腕が燃え始めた(・ ・ ・ ・ ・)

 火にくべられた薪のように。メラメラと。

 そして、それと同時に、掴んだままになっている騎士剣の刃が紅く――。


「っ!! 貴様ぁ!!」


 そこでようやく、何が起きているのか理解したヴァンパイア。

 切羽詰まったような声で叫ぶ。


「――――、」



 声に反応してゆらゆらは、騎士剣ごと、燃える右腕を振り上げ――。




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