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第7章 21

 今年も宜しくお願い致します。

 ◇




「ほんとに、貴女まで行くの?」


 陽も完全に沈み切ろうかという時間帯。ノーラの実家の玄関口で心配そうな声が響く。

 声の主はフローラ。

 室内からの逆光によって心底不安そうな表情は半ば塗り潰されてしまっているが、それでも、声に滲むものまでは塗り潰せない。

 問い掛けの相手は振り返ると、決然とした意志を感じさせる声で返す。


「ええ、母さん。私も、行かなくてはならないのです」


 声の主はノーラ。

 隣には、靴の紐を締め直しているメイビーも。


「メイビーちゃんがこの付近一帯を見て回ってくれるというのはありがたいけれど、それにノーラまで付いていく必要はあるの?」

「有ります。メイビーはこの町に来たばかりで、この地区の地理に明るくありません。動き回るにしても、道案内の出来る者が必要でしょう」

「そんなの、ウチの誰かに任せれば良いじゃない」

「……」


 瞬間、ノーラは言葉に詰まる。


「ウチで雇っている護衛の誰かを連れていけば、道案内だって出来るし、ノーラよりは戦力になるでしょう? それに、もし何かあったら……」

「――フローラさん」


 そこに口を挟むのが、靴紐を結んで立ち上がるメイビーだった。


「ノーラは、別に僕に付いてきたい訳じゃないんだよ」

「どういうことかしら?」


 メイビーは、腰の小剣に手をやって確認しながら、振り返りもせずに答える。


「シューイチがまだ帰ってきてないから、自分の足で探しにいきたいだけなんだよ。僕の道案内どうこうなんて、単なる口実だね」

「……そうなの、ノーラ?」

「……」


 改めて問われるノーラ。

 数秒瞑目して口を閉ざし、そして今度こそ、はっきりと言葉にしてみせた。


「はい、母さん。私はシューイチさんを探しに行くつもりです」


 ほらね、とばかりに肩を竦めてみせるメイビー。

 フローラが無言のまま小さく眉を寄せた。


「今、一般住宅地区や商業地区で良からぬ事が起きているというのなら、間違いなく、シューイチさんはそこに居るはずなのです。きっと、警備隊や騎士団の方たちとともに戦っています」

「……根拠は?」

「あの人が、そんな騒動を見逃すはずはありませんし、何より、巻き込まれていないはずがありません」


 真剣な表情で、そう告げるノーラ。

 ノーラの言葉は、修一の性格をよく知らない者からすれば到底納得のいくものではないだろう。


「……」


 現にフローラは、そんな根拠になるやら分からないことを自信満々に言われても、どう返してよいか分からなかった。

 しかし。


「まあ、シューイチだもんね」

「…………うん」


 メイビーがその通りとばかりにノーラの言葉に同意し、レイでさえも、頷いてみせた。

 フローラは、自らの足にしがみ付くレイを見下ろして、尋ねた。


「レイちゃん」

「…………?」

「貴女も、貴女のお父さんが、この騒ぎに巻き込まれていると、そう思うの?」

「…………」


 レイは、ジッとフローラを見上げて。


「…………おとうさん、いまもたたかって(・ ・ ・ ・ ・)るの」

「……」


 まるで、今まさにそうであると、知っている(・ ・ ・ ・ ・)かのような(・ ・ ・ ・ ・)口振りで、瞳を不安げに揺らしながら。


「…………たたかって、いるの」


 そう答えた。


「……そう」


 フローラは、キュッと握る力を強めたレイの頭を優しく撫でてあげながら、再び前を向く。

 自分の娘に向かい合う。

 ノーラに、強い口調で告げる。


「ノーラ」

「はい、母さん」

「私は、貴女が危ないことをするのには反対よ」

「っ……」


 ノーラが何か言うより早く。


「……でも、レイちゃんをこのまま悲しませるのには、もっと反対」

「……」

「だから、メイビーちゃんと二人でシューイチ君を探し出して、首根っこ捕まえてでもいいから、ここに連れ帰ってきなさい。

 戦っているのならやめさせて、危ないことしようとしているなら引き留めて、おっきなケガとかしないうちに家まで引っ張ってきなさい」

「……!」


 真剣な表情のまま、ノーラが目を見開く。

 メイビーが、口元だけで小さく笑った。


「ノーラ。貴女なら、シューイチ君がどこで何をしているのか、一番分かるんでしょう?」

「はい」


 ノーラは、迷うことなく頷く。

 なんせ、この世界でシューイチと一番最初に知り合ったのは、自分なのだから。


「メイビーちゃん。貴女は多分、ウチで雇っている護衛の誰よりも強いわ」

「そーかもね」


 口元に笑みを浮かべたまま、片目を閉じて首を傾げる。

 その、護衛とやらがどんな人物なのかは知らないが。


「なら、シューイチ君を探して連れ帰ってくるのにこれ以上の人選はない、ということよね?」

「……はい」

「……そーだね」


 フローラは、その返事に満足そうに頷いた。


「デイジー」

「はい、奥様」

「鏡を一組持ってきて」

「分かりました」


 そして家政婦のデイジーに依頼する。

 家の中に向かって駆け出すデイジーを見送り、ノーラとメイビーに歩み寄った。


「絶対に、危ない事はしないこと。シューイチ君も含めてそれだけは守ってちょうだい。

 もし町で何か起こっていたとしても、それに対応するのは警備隊や騎士団、あるいは軍隊の仕事であって、貴方たちの仕事ではないわ」

「……はい」

「うん」

「言うまでもないことだけど、この国の騎士団は、本当に優秀よ。セドの仕事に引っ付いて何度か見に行った事があるけれど、……あれほど強ければ、何が起きたって大丈夫。

 団長さんたちなんて、ほんとに同じ人間かと疑っちゃうくらいだったわ。

 だから、わざわざ貴方たちが、――シューイチ君が戦う必要なんてないの」


 それは、ブリジスタの国民であれば誰もが知っている事実だ。

 この国の騎士団は、ただひたすらに強いのだ。なんの混じりけもなく、純粋に。

 絶大な戦闘能力と強烈な愛国心によって創り出された戦闘集団。一個人ではどうしようもないような強大な敵や魔物たちを狩り尽くし、ブリジスタという国を守るために活動する存在。

 それがブリジスタ騎士団なのだ。


「それを、シューイチ君に教えてあげなさい。グダグダ言って、帰るのを渋るようならね」

「……」

「――ちょっとやそっと強いくらいで、子どもの貴方が戦う必要なんてどこにもないわ。そういう事は、本当に騎士団にでも入ってからやりなさい。私が怒るまえに、レイちゃんのために、つべこべ言わずに帰ってきなさい!

 ……って、見つけたら伝えてあげて?」

「は、はい」


 そこまで言ったところで、家政婦のデイジーが戻ってきた。

 手にしていた一組の鏡のうち、一枚をノーラに手渡す。


「対話鏡よ。使い方は知ってるわね?」

「はい、母さん」

「この地区一帯の見回りが終わったら、それで連絡してちょうだい。その後は、シューイチ君を探して連れ帰ってきて」

「はい、分かりました」

「りょーかい」


 そして二人は正門に向けて歩いていく。

 フローラとレイと、デイジーを含む数人の使用人たちがそれを見送る。


「頼んだわよ、二人とも……」

「…………」


 フローラが呟く。

 レイは無言のまま、二人の影が見えなくなっても尚その場に留まろうとする。


「ほら、レイちゃん」

「…………」

「私たちは、お家の中に入って待っていましょう?」


 促すようなフローラの言葉。

 レイは。


「………………う、ん」



 本当に嫌そうにではあるが、頷いた。




 ◇




「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「なにそレ?」

「俺の故郷のことわざだよ」

「そうなノ」


 正門を越え、建物の玄関の扉を押し開けながら、修一が軽口を叩く。

 軽く室内を見回してみるが、外から見て分かっていたとおり明かりは点いていない。真っ暗だ。本当に誰かいるのか疑わしいくらいである。


「灯りは必要かしラ?」

「俺は別に必要ないな。アンタは?」

「これだけ月が明るければ、問題ないワ」

「そうか」


 ただ、修一は熱を視ることが出来るし、ヴィラも暗所であることを苦にしている様子はない。

 よって二人は、武器に手を掛けたまま、室内に進入する。

 修一は騎士剣に、ヴィラは両脇に吊ったホルスターの(ガン)、その右脇の分に。

 何時でも引き抜ける体勢のまま、室内へ進んでいく。


「ドアくらい閉めなさいよぉ」


 そこに、甘ったるい声が響く。

 修一たちが進んでいた玄関ホール。その奥から声は聞こえてきた。

 修一が、チカラを使いながらそちらに目を滑らせる。

 真っ暗闇の中に、常人よりも若干体温の低い人物が現れた。


「よお、邪魔するぞ」

「本当に、邪魔だわぁ」


 呆れたような声で呟くと、人影がサッと右手を上げた。何が来る、と修一たちは身構えかけるが――。


 ――――バタンッ


 音が聞こえたのは背後だった。いきなり背後のドアが閉じ、更に壁一面の魔導ランプと天井のシャンデリアに灯りが入る。

 視界が開ける。十メートルほど先、立っているのは先程逃げたリャナンシーだ。


「殺してしまいたいくらいねぇ」

「……!」

「あらあラ……」


 そしてその後方、リャナンシーに従うようにして巨大な影。


「……マジか」


 全高約五メートル程度。体表は薄い鈍色。金属的な光沢によって室内灯の明かりを反射し、見た目そのままに頑強そうな印象を受ける。

 短い二本の脚と、床に届きそうなほど長い二本の腕。頭は丸く、目は真っ赤な光を放つ単眼。

 ヴィラが、その名を指摘した。


「アイアンゴーレムなんて、持ち出してくるのネ」


 リャナンシーは、楽しそうに嗤う。

 心底楽しそうな笑みだ。

 修一はそれが癪に障るのか、苛立たしそうに舌打ちした。


「町中にバラ撒いたやつの残りよぉ」

「――ああ?」


 今、コイツは、何と言ったのだ。

 と、修一の機嫌が一気に悪くなる。

 デザイアが荒れると言っていたが、そうかコイツらの仕業なのか、と頭の中の冷静な部分でそう認識し、同時に、とっととコイツら叩き潰してやらないとな、と燃えたぎるような感情が湧き上がる。


「ドゥームも何体か残しておけば良かったかしらぁ?」

「なあ、お前」

「……なあにぃ?」


 修一に呼び掛けられて、あからさまに嘲るような表情を浮かべるリャナンシー。

 修一は、今にも斬り掛かりそうな衝動を抑えて、一言問う。


「お前らの、目的はなんだ」

「……」



 リャナンシーは、べぇ、と舌を出した。



「教えなぁぁい」

「――――」


 次の瞬間修一は。



「――クソがっ」



 ブチ切れて、駆け出していた。


「待っ――!」


 ヴィラの制止の言葉よりも早く。

 怒りのままに。


「あはははっ」


 ゴーレムが動き出す。

 その巨体に似合わぬ早さで。


 ――おせぇよっ!!


 修一に言わせれば、欠伸の出そうな鈍さで。

 迎撃しようとしているのか、片腕を振り上げている。が、それが振り下ろされるより早く目の前の化け物を叩っ斬る自信が、修一にはあった。

 一撃で、真っ二つにする自信が。


 ――奥義ノ七っ!!


 路地裏で斬った化け物と同じように。


「涅槃――!」


 対するリャナンシーは。


「――ぽぉい」


 ナニカを、空中に向かって放り投げた。

 それは修一の頭上を大きく越え、ヴィラに向かって飛んでいく。

 ヴィラがそれを見て銃を取り出し、即座に撃ち抜こうとする。


「“チェンジドール”」

「寂静剣!!」


 見えない速度の居合斬り、それは目の前の存在を確かに斬り飛ばした。


 ――……っ!!


 だがそれは。


人形(・ ・)かっ!!」


 先程リャナンシーが放り投げた、可愛らしい人形である。


「あははは! ばぁか!」


 後方から聞こえる嘲り笑い。

 修一は瞬時に理解する。

 投げた人形と、場所を入れ替わったのだ、と。


「ヴィラ! そっちは――!?」


 頼んだ、と、言うより早く。


「――――!」


 巨大な質量が、振り下ろされた。

 真横に跳び逃げる修一。

 数瞬前まで立っていた床が、轟音とともに大きく陥没した。


「クソッタレがっ!!」


 避けた先で、思わずよろけそうになるほどの衝撃。

 たった一動作で、簡単に命を奪えるだろう出力である。

 オーガバーサーカーといい、コイツといい、どうしてこう、デカくてパワフルなやつと戦うことになるのか。

 面倒臭い事、このうえない。


 ――んで、こんなのが町中に行ったのかよ!


 そして、バラ撒いたというリャナンシーの発言。

 十や二十、若しくはそれ以上の数のアイアンゴーレムが、町中に散っていっているのではないか。

 そうであるとすれば、チンタラやっている暇は無いだろう。


「うらあっ!!」


 斬り掛かる。

 膝裏の関節を狙って騎士剣を水平に薙ぐ。

 耳障りな鈍い金属音が鳴った。

 ゴーレムは。


「――――」


 まったく、堪えた様子はない。

 ハエでも払うかのように腕を振ってくる。続いてもう一方の腕で振り下ろし。杭打ち機と変わらないような一撃である。躱すのは容易いが、そんなものに狙われるなど堪ったものではない。


 アイアンゴーレム。

 文字通り、鉄の塊のような存在なのだ。

 そんな大質量が人間と変わらないような速度で動けば、そこに生み出される運動エネルギーは恐るべきものになる。


「うらああああっ!?」


 躱して斬る、躱して斬る、躱して斬る。

 修一はゴーレムにまとわり付きながら、思い付く限りの部位に斬り掛かる。およそ剣の届く位置は試してみる。


 が、斬れない。斬れるところがない。

 本当に鉄の塊なのだ。

 刃筋が立つところが存在しない。

 峰打ちにしてもたいして変わりがなかった。


「――破断鎚!!」

「――――」


 峰打ちの破断鎚。

 これでようやく、表面が数センチメートルほど凹むくらいなのだ。

 とてもではないが、まともに斬っていては埒が明かない。


 もしこの剣がもっと性能の良いものなら或いは斬れるのかも知れないが、少なくとも、この騎士剣では無理だ。


 ――熱はっ!!


 集めて叩き込んでみる。

 なるほど鉄の塊だ。熱の伝導率は悪くないだろう。


「うおおっ!?」


 だが、多少表面を赤熱させたところで反撃された。

 躱す動作によって集中が切れる。

 修一はやっぱりか、と舌打ちした。

 とてもじゃないが溶断させるには至らない。

 修一の能力は、大量に、正確に、素早く、熱を動かそうとすればするほど精神力と集中力を消耗するのだ。


 鉄の融点は摂氏約千五百度。

 そこまで温度を上げなくては熱で壊す事は出来ない。

 だが、そこまで熱を集める前に集中を切られてしまう。

 連続で同じところを狙おうにも、出来る限り範囲を絞っている(そうしなければ使える熱が足りなくなるのだ)せいでそれもままならない。


 自在に動き回る巨大な鉄の塊を溶断するなどまともに(・ ・ ・ ・)やっても(・ ・ ・ ・)不可能である。


 ではどうするか。

 修一は歯噛みした。


 やりたく(・ ・ ・ ・)ない事(・ ・ ・)を、しなければならないからだ。


 ――ああ、クソ。


 前へ転がって攻撃を躱す。

 起き上がり様にゴーレムに向き直り。


 ――スマン、……デザイア。



 心中で、ここには居ない友人に詫びた。




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