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第7章 15

 ◇




「…………言いたくねえな」

「!!」


 修一は、回答を拒否した。


 感情の篭らない、平坦な声で。


「……言いたくない? 何故?」


 一際戸惑うノーラや大きく目を見開いて息を呑むレイをおいて、問い掛けの主である老女は質問を重ねる。

 それに対する修一の返答は。


「嫌だからだよ。それを、アンタに言いたくない」


 だった。

 取りつく島もない。


「もっと言えば、これは誰かに言って良い事じゃあない。口に出しちゃあならないんだ。院長さん、フラグって知ってるか?」

「……知りません」

「だろうな。要するに、言霊の力ってのは偉大だ、ってことだよ。俺だって奥義を使うときは力を(・ ・)借りてる(・ ・ ・ ・)んだ。馬鹿にしたもんじゃない」

「……」


 修一は、奥義を使うにあたっては技の名前を声に出す。

 あれは、格好付けてるわけでもなんでもなく、単にそうしなければ使えないのだ。

 相手に技が露見するおそれがあるのであまりよろしくはないのだろうが、仕方がない。

 失敗するよりは遥かにマシである。


「よく分からないって顔してるが、それでいいよ。アンタが理解してくれなくても、俺はそう信じてるからさ。それに……」


 修一は、すうっと目を細めた。


「どのみち、堂々と人様に言えるような理由じゃないんでね。根掘り葉掘り聞かないでくれよ」

「……」


 ブリジットは、眇められた修一の視線を受けても動じなかった。

 ただ、困ったように溜め息を吐いた。


「貴方のそれは」

「ん」

「本当に、レイちゃんの幸せよりも重いの?」


 一呼吸置いて、修一は頷く。


「ああ。……こう言っちゃ悪いが、俺は今、その為に(・ ・ ・ ・)生きている(・ ・ ・ ・ ・)とさえ言えるね」

「……」


 ブリジットは、少なからず困惑した様子をみせた。

 修一という人間が、いまいちよく分からなくなったのだ。

 先程まで話をしている限りではもう少し常識的なものの考え方をしているように思っていたのだが。


 今は何か、ずれている(・ ・ ・ ・ ・)気がする。


 或いは、ただ単にはぐらかそうとして口から出任せを言っているだけかもしれないが、それを判断するための情報が足りていない。

 ブリジットは迷った。

 迷ったが。


「ねえ、貴方はどうしてここに、……いえ、この国に(・ ・ ・ ・)来たのですか?」

「……どういう意味だよ?」

「だって」


 切り口を変えて、もう少し質問することにした。


「そんなに故郷に帰りたいのなら、わざわざここまで来なくてもいいでしょう?」

「帰るために、この町まで来たんだぞ」

「違うわ、そもそも故郷から出てこなければ良かったのでは、と言いたいのです。戻らなければならないというのに、どうしてこんな遠くの地までやって来たのですか?」

「そりゃ、アンタ……」


 俺だって知りたいよ、と修一は思う。

 気が付けばこの世界にいたのだ。理由など分かるはずがない。

 今思い出してもそうだし、それに。


 あんな事(・ ・ ・ ・)になって死んだ(・ ・ ・)はずなのに、あんな状態になって生きていられるはずはないのに、自分は今、こうしてここにいるのだ。

 まったくもって、不可解極まる。


 ――答えようがないんだよ、その質問は……。


 としか、思うことはない。


「悪いが、サッパリ分からんね」

「そうですか」

「おう」

「では、貴方は故郷でどんな事をしていたのですか?」

「……」


 段々と鬱陶しく思い始めてきた修一であったが、それでも律儀に質問の答えを考える。

 どんな事と聞かれれば……。


「学生だよ。毎日学校通って勉強してた」

「あら、そうなの?」

「ああ」


 意外そうなブリジットに、少々傷付かなくもなかったが、それはそれとして。


「それなら、何があってここまで来たの?」

「……そうだなあ」


 何があったかと聞かれれば、あまり思い出したくはないが――。




「…………うん?」




 修一はまず、小さく首を傾げた。

 嫌だが、何があった(・ ・ ・ ・ ・)のかを思い出していったのだ。

 よく覚えている。

 忘れてはいない。


 忘れては――。



「――――は?」



 いない。


 のに、修一は。


「いやいやいや、そんな……、…………っ!?」

「!!」


 激しく狼狽したかのように立ち上がった。

 いきなりの事に驚くブリジットであったが、修一にはそんなことを気にする余裕は最早無かった。


 愕然とした表情で目の前の老女を見下ろし、それからサッと自分の隣を見る。


「あ、あの?」

「…………!!」


 ノーラとレイが、ブリジットと同じように自分を見上げている。

 ノーラは心配そうに、レイは不安そうに。


 それを見ても修一は混乱が治まらない。

 それどころか、より一層酷くなる。


 どういうことか理解できない。


 自分は、覚えている。

 この世界に来る前に。


 何があったのか。

 だから何をどうしたのか。

 どうしたから、どうなったのか。

 どうなったから、こう思うのだ、ということを。


「――――」


 ノーラをジッと見る。

 出会った時の事を思い出す。

 山賊に襲われて怯えている姿を。

 それを見てどう思ったのかを。


 レイの瞳を見つめ返す。

 あの夜の事を思い出す。

 あの鬼たちへの怒りを。

 レイが感じたであろう哀しみを。


 思い出せる。

 はっきり思い出せる。

 今はここにいないメイビーの事だって、色褪せることなく覚えている。


 元の世界の事だってそうだ。


 父親のことも、祖母のことも。

 親友のことも、その彼女のことも。

 後輩のことも、学校の先生のことも。


 そして、――花山(はなやま)梨子(り こ)のことも。


 覚えている。


 間違いなく覚えている。



 ――だってのに、何で……!?



「……大丈夫? 随分と、怖い目をしているわ」

「!!」


 ブリジットに言われて、ハッとなる。

 いつの間にか冷たい汗が背筋を伝っていた。

 修一は、半ば呆然としたまま、口を開いた。


「…………アンタ、さ」

「はい」

「もし、だ。もし仮に、ここの子どもたちが悪い奴らに拐われたりしたら」

「……はい?」

「もしもだよ。もし、そうなったら、アンタどう思う?」

「……質問の意味はよく分かりませんが、そうですね、そうなったとしたら……」

「……」

「まずは驚くでしょうね、それから悲しくなって、怒ると思います。大切な子どもたちにそんな事をされれば、犯人に対して憎しみを覚えるでしょう」


 その返答に修一は素直に頷いた。

 そうだろう、と、修一も思う。


「ノーラ」

「……はい」

「もし、セドリックさんやフローラさんが」

「……」

「誰かに殺されたりしたら、ノーラはどう思う?」


 ノーラは、修一のただならぬ雰囲気に気圧されながらもはっきりと答える。


「ブリジットさんと同じですよ。悲しんで、怒って、嘆いて……」

「……」

「今、想像するだけで、心が痛くなります」

「……そう、だよな」


 修一は静かに「悪い、変なこと聞いた」と呟くと、そのまま黙り込んだ。


 頭の中は、いまだ混乱したままだった。


 ――なんでだ? なんで俺は……?


 もう一度思い出してみる。


 覚えている。


 何があったのか。


 何をされたのか。


 しっかりと、覚えている。


 なのに。



 ――なんで俺は、……何も感じない(・ ・ ・ ・)んだ!?



 修一は戦慄した。


 なんせ。



 修一の中から、その時に感じたはずの感情(・ ・)だけが、スッパリと消え失せて(・ ・ ・ ・ ・)いたのだから。




 ◇




「ぼく、思ったんだ。このまま、ここに居てもいいんだろうかって」

「……」


 ナビィは、静かに語り出す。


「この前の冬にパパが死んじゃって、それでママが大変になって」


 座り込んだまま、リズと向かい合ったまま。

 周りを他の子どもたちに囲まれて、その外側にメイビーが立っていて。


「ずっと忙しそうにしているママを、皆で手伝おうよ、ってなって」


 逃げ場は既になくなっていたが、今の彼には必要ない。


「でも、ぼくたちに出来ることなんてほとんどなくて。それどころか、何度も何度も邪魔しちゃって。それで余計に心配させちゃって」


 今はただ、自分の気持ちを言葉にしようと思ったから。


「それなら、ぼくが居なくなればもう少しママも楽になるんじゃないだろうかって、そう思ったんだ……」

「……」

「それで、ここを飛び出したの?」


 メイビーが確認するように問うと、ナビィは小さく頷いた。

 すかさず、リズが口を開いた。


「意味が分かんない。なんでそれで、ナビィ兄がここを出て行くことになるのよ」

「だって……」


 ナビィは言いにくそうに口をモゴモゴさせたが、それでも、きちんと言葉にした。


「ぼく、この家で一番たくさんご飯を食べるのに、家のこと、何も出来ないんだもん。これって、『むだめしぐらい』ってやつじゃないの? それなら、ぼくが居なくなれば、他の皆がもっとたくさんご飯を食べられるようになると思ったんだ」

「『無駄飯喰らい』とか、難しい言葉を知ってるんだねえ、ナビィ君」


 感心するメイビーとは違い、リズは余計にムッとする。


「だから、意味が分かんないってば! なんでそれでナビィ兄が出ていくのよ!?」


 大きな声を出して、同じ質問を繰り返す。

 リズは、手を出してしまわないように堪えている代わりに、声の大きさの抑制が利きにくくなっていた。


「……お手伝いしても、リズやルシルの方が上手に出来るし、ぼくじゃないと出来ないこと――ぼくがいなくちゃダメなことなんて、ほとんどなかったからさ。それなら、ぼくは居なくてもいいんじゃないかなって……」

「……ああ、もう!!」


 頭を抱えて呻くリズ。

 目付きの鋭さが、キッと増した。


「わたしは、みんなで力を合わせて頑張ろうね、って言ったでしょ!? 一番上のナビィ兄が、真っ先に約束破ってどうするのよ!!」

「……でも、ぼく、一番年上なのに他のみんなより不器用で力も弱いから。だから、居なくなるなら一番役に立たないぼくからだって思って」

「役に立たないなんて、誰が言ったのよ!」

「……」


 ナビィは、絞り出すような声で、答える。


「――お父さんと、お母さんに」

「……!?」


 思わぬ返答にリズはたじろいだ。


「だからぼくは、捨てられたんだ。こんなようりょうの悪い子はいらない、って言われて。ぼくより頭の良い弟がいてくれるから、って言われて、隣の町からここまで連れてこられて、捨てられたんだ」

「……」

「夜になって寂しくなって、大通りの隅で泣いてたら、パパとママが来てくれたんだ。ぼく、ここに来てなかったら、そのまま死んでたと思うんだ」

「なにを……」


 この家では、この家に来ることになった理由を無理矢理聞いたりしないことになっている。

 よって、リズにとってもナビィの話は初めて聞くものであり、だからこそリズはショックを受けた。


「パパとママには、お父さんとお母さんよりもたくさん大切にしてもらったから、いつか恩返しをしたいと思ってたんだ。でも、それより先にパパが死んじゃってママが大変になっちゃったから……」

「……から?」


 メイビーが、促すように相槌を打つ。

 ナビィは、口から零れるままに、言葉を紡いだ。


「それならもう、これ以上めいわくを掛けないのがぼくに出来る恩返しかな、って」

「……」

「あと、できれば、ちゃんと一人で生きていけるようになってから帰ってきたかったんだけど、怒られちゃったから、それも出来なかったな……」

「……」


 最後にはションボリと項垂れるナビィ。

 一方リズは、何を言えばいいのか分からないといった表情になっている。

 怒りか、呆れか、驚きか、焦りか。

 迷いに迷っているせいで、なかなか言葉にならないようだ。


 ――……ふーん。


 後ろで様子を見ていたメイビーは、さてどうなるのかな、と考える。

 この状況で、口を出してあげる理由はメイビーにはない。

 あとは、リズや後ろの子どもたちがどうするか、だ。


 やがて、リズが口を開く。


「……ナビィ兄は」

「うん」

「ママのために、ここを出ていったって言うの?」

「……うん」


 躊躇いがちにナビィは頷いた。


「わたしたちだけじゃなくて、ママだって心配してたのよ」

「うん」


「ママのためになんて言って、ママを困らせてどうするの」

「うん」


「わたしたちだって、とっても心配したのに」

「うん」


「みんな、みんな、本当に心配したんだから」

「……うん…………だから」


 ナビィは、目の前の女の子に向けて頭を下げた。


「ごめんなさい。勝手に家を飛び出して」

「……!」


 今度こそ、心を篭めて謝るために。


「ママにも、リズにも、みんなにも、結局たくさんめいわくを掛けちゃって、ごめんなさい」

「……」


 子どもたちの中から「ナビィ兄……」と呟く声が聞こえる。

 その中の、眠たそうな目をした女の子など、鼻をすすりながら袖で目元を拭っている。

 今にも泣き出しそうになっているのだ。


 そしてリズは、ナビィの姿を穴が空くくらいにジッと見つめたまま黙っている。


「もう、こんな事はしないよ。みんなのために、ちゃんと頑張るから」

「……」


 ナビィは、ただひたすらに反省の気持ちを篭めて、言葉を綴る。


「ぼくを、ゆるしてください」

「……!」



 悪いことをしたらきちんと謝るんだ、と、そう叱られたのだから。



「本当に、ごめんなさい」

「…………」


 数秒間の沈黙。


 そして。


「……ダメ」

「――!!」


 ハッとしたようにナビィが顔を上げる。



 リズは――。



「そんなんじゃ、ゆるさないんだから」

「…………えっ?」


 リズは、笑っていた。


 怒ったような言葉とは裏腹に。



 心の底から安堵したかのような雰囲気を纏いながら、ナビィに優しく笑い掛けていたのだった。




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