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第3章 2

 ◇




 ベイクロードという町は、南北に長い形をしている。


 街道が通る中心部には行政機関と商業施設が集中し、そこから南北に行くにつれ、町の住民の居住区になっていく。

 治安維持のための兵士たちの隊舎が中心部に存在しているため、中心部の治安は比較的良好であるが、中心部から離れるほど治安が悪くなっていく。

 特に、南北それぞれの外壁の近くは、特に困窮した農業者や畜産業者などが住んでおり、そこに住む人々は朝から晩まで働いていてもなかなか自分の暮らしを改善できないでいる。


 そして、そんな劣悪な環境にあって人間は、必ずと言ってよいほど犯罪に手を染める者が出てくるものだ。

 特にこの町は大きな街道が通っていることもあり人や金の出入りが激しく、誰も知らないうちにそれらが消えることも珍しくない。


 初めての町で好奇心に誘われて細道に入り込めば二度と出てくることは出来ない。


 このように言われるのも、決して大げさなことではないのだ。



 そして今、中心部から北に外れた住宅街、一般的な住宅ではなく貧しい者たちのための古びた集合住宅が立ち並ぶ区画で、何かから逃げるように走り続ける者が一人いる。


 その者はフードの付いたマントを羽織り、頭から膝の辺りまでを灰色の布で覆い隠している。

 そのため、年齢や性別はおろか、種族(・ ・)さえも窺い知る事が出来ない。

 それでも、フードの下からチラリと覗く髪が輝くような金色であり、受ける風に合わせてサラサラと揺れていることが見て取れる。

 一旦足を止め、灰色のマントとの対比でより煌めきを増すかのような髪を隠すべくフードを深く被り直すと、その者は辺りを見回す。


 逃げなくてはならないと焦る心がとにかく足を動かすことを要求してくるが、似たような街並みが続き、目的地すらなく動き回っていたせいか今自分が何処にいるのか分からなくなっているのだ。

 本来ならば、治安の良い中心部に向かっていかなければならないのだろうが、狭い路地や迷路のように入り組んだ道を通るうちにどちらに向かって進めばいいか分からなくなっている。


 ――――グゥゥ~~


「!」


 慌ててお腹を押さえる。ここしばらくまともな食事を取っていないせいか、先ほどから何度もお腹が鳴っている。

 羞恥に顔を染めるが、食事をするためのお金を持っていないためどうすることもできない。

 すでに昼時であり、近くの家々から食事の準備をする音と美味しそうな匂いが漂ってきている。

 その匂いでなんとか胃を誤魔化しつつ、再び歩き出そうとしたのだが……。


「――――!」


 何処かから、怒鳴り声が聞こえる。

 まだハッキリとは聞こえないが、自分を追いかけている者たちの声であり、先ほどよりも近づかれている事が分かると、己の腹の虫に構っている暇はないとばかりに再び走り始めた。

 声のした方向とは逆の方向に走り始めたのだが、幸いなことに町の中心部に向かって走ることが出来ている。


 ただ、本人はその事に気付くことなく。



 残り少ない体力を振り絞るようにして、路地を走り続けたのだった。




 ◇




「さて、ここにしましょうか」


 ノーラが目の前の宿を指差して、修一に告げる。

 二人が今いる場所は、中心部から少し奥まったところ、旅行者用の宿屋が立ち並ぶ区画である。

 修一は、ノーラが指し示す宿屋を見て素直な感想を漏らした。


「へー、思ったよりちゃんとしてるんだな」

「思ったよりって、一体どんな想像をしてたんですか」 

「なんていうか、こう、本当に寝るだけみたいなボロ宿」

「折角町に着いたのにそんなところで寝ませんよ。

 あまり贅沢はしませんが、これくらいは必要でしょう」


 ノーラが選んだのは、この町でも平均的な大きさの宿屋だ。

 木造二階建てであり、正面出入口の横には「赤い鯨亭」と書かれた看板が掲げられている。

 ノーラが、ドアを押し開けながら店内に入り、修一も後に続く。


 どうやら一階は食堂になっているようで、昼飯時ということもあって店内のいくつかのテーブルには食事をしている人たちが座っている。

 テーブルの間ではウェイトレスのような格好をした女性が動き回り、奥の方では壮年の男性が料理をしている。 

 すると、奥から四十歳後半くらいの恰幅の良いおばちゃんが現れた。


「あらあらいらっしゃい。ようこそ鯨亭へ」


 おばちゃんとノーラが宿泊について話し始めたのを見て、修一は手持無沙汰ぎみに店内を見回す。

 基本的に、金銭的な交渉はノーラに任せている。

 修一では金銭的な相場や常識などまるで分からないし、下手に口を挟んでもめ事になるのは避けたい。


「ふむふむ、ふーん、ほうほう」


 しかし、目に映るものを手当たり次第に見つめては感動している修一は、町に入ったときから周りの人間にどんな田舎から来たんだと思われているのだが、そんなことはお構いなしだ。

 今は店の壁や天井に備え付けられたランプを眺めている。

 すると、食事をしていた中年の男性が、笑いながら修一に声を掛ける。


「ははは、兄ちゃん、そんなマジマジと見つめて、そんなに魔導ランプが珍しいか?」

「魔導ランプ?」

「なんだ、そんなことも知らないのか。油の代わりに魔力を注いで動かすランプさ。

 ほら、ランプからコードが出ているだろう。

 夜になったらそのコードを使って魔力を流し、明かりを灯すのさ」


 ――電化製品みたいなもんかな。そんで、電気の代わりが魔力になってると。


「へえ、便利なんだな」

「まあな、この町じゃあそこまで普及してないが、大きな都市になれば街中に魔導機械があふれてるぜ」


 そんな話をしていたところ、ノーラが修一を呼びにきた。


「……シューイチさん、ちょっと構いませんか」


 修一は、中年男性にお礼を言いつつノーラに向き直る。

 なにやら複雑そうな顔をしているノーラを見て、ひょっとして部屋が空いてなかったのか、と問うた。


「いえ、部屋自体は空いてるのですが、その、」


 すると、言い淀むノーラに代わって、おばちゃんが話を続ける。


「ごめんねえ、実は今ウチで空いてる部屋が一部屋しかなくてね」

「はあ、」


 ――空いてるならそこでいいんじゃないのか?


「まあ、アンタも一緒に見てもらった方が早いね」


 そう言っておばちゃんは二階に上がっていく。ノーラもそれに付いて行くので、修一は不思議に思いながらも付いて上がった。

 部屋に案内され、中を覗き込んだ修一は、なるほどと思った。

 部屋はそれほど狭くなく、掃除が行き届いているのが見て取れたのだが、その奥に置かれたベッドが明らかに一人用のサイズで、しかも一つしかないのだ。


「完全に、一人用の部屋だな」


 おばちゃんは心底申し訳なさそうにしている。


「他の宿を紹介しようにも、今この町は足止めを食らっている旅行者が多くてどこも一杯でね」

「なんで?」

「なんでも、山道に出る山賊を討伐すまでは、通行を控えよとのお達しが数日前にあってね。

 腕の立つ護衛を連れている商人とかじゃなければ、みんな山道を通らないようにしているのさ。

 そういえば、アンタらは山道を通ってきたんだろ、山賊には会わなかったのかい?」


 修一は、アイツらのせいか、と内心ムカつきながらも顔には出さないようにする。


「いや、会ってないな。案外、その山賊たちも既に逃げてるのかもよ」


 そしてそんな事をしれっと言ってのけた。

 少しだけ頬が引きつっていたのだが、幸いおばちゃんは気付かなかった。


「だといいんだけどねえ。さて、どうするんだい。無理にウチに泊まっていけとは言わないけど、他の店もどこも一杯だし、ここから更に奥に入っていけば安宿の一つや二つ空いてるかもしれないが、そこらは治安が悪いよ」

「どのみちここしか空いてないなら、ここでいいんじゃないかな。きちんとしたところで休めるならそれに越したことはないしさ」

「……そう、ですね」


 中々煮え切らない態度のノーラ。

 修一は額の傷を掻く。


「……ベッドはノーラが使えばいいさ。俺は床に寝るから。俺と同じ部屋で寝るのが嫌なら廊下で寝るよ」

「いえ! その、嫌という事も無いんですが」

「じゃあ決まりで。後の交渉は任せた」

「……はい」


 その後部屋を決めた二人は、一階の食堂で昼食を食べた。

 ちなみに、厨房で料理をしているのがおばちゃんの旦那さんで、ウェイトレスの格好をしていた二十歳代の女性が夫婦の娘のようだ。家族揃って店を切り盛りしているとのこと。


 修一は、この世界で初めてのまともな食事に感動し、ノーラにお願いしたうえで二度ほど御代わりをした。

 ノーラは、修一が食事の際のマナーをどこまで知っているのか分からなかったが、食事の仕方を見る限りでは、そこまで問題は無いように感じた。

 ただ、急いで食べるあまり口の中に食べ物を詰め込んでいたことは一度注意した。注意された修一がまるで袋ネズミのように食べ物で頬を膨らませたまま頭を下げてくる光景に、少しだけ心が和んだのは内緒である。


 そこからは、必要な物の買い出しに出かけることになったのだが。


「俺もこの世界の服とか靴とかが欲しい」


 と修一が言い出した。

 よって、二人はまず仕留めた二匹の獣を売りに行くことにした。

 肉屋というよりも、動物の解体所のようなところに赴き、イノシシとオオカミを取り出す。修一は、イノシシを食べてみたいとも思っていたのだが、自分の服を買うために全て売ることにした。


 二匹合わせて銀貨三十八枚分になった。修一にはこれが多いか少ないかわからなかったが、ノーラに確認したところ相場よりは少し高いらしい。


 そのうちの銀貨三枚を運んでくれたお礼としてノーラに渡そうとして、拒否された。


「いりません。そのお金は、シューイチさんの実力による正当な報酬です。私のカバンは私の実力ではありませんし、そんな気を遣わなくても大丈夫ですよ」


 そう言われてしまえば修一としても無理に渡すことは出来ない。

 代わりに修一は、後でこっそり銀貨三枚分くらいの品を買ってノーラにプレゼントする事にした。


 続いて店を回りながら旅の必需品や食料を購入していく。次の町まで少し時間が掛かるようなので、大目に買い込む。


「そういえば、そのカバン中なら腐ったりしないんだろ。

 保存食ばっかり買わなくても大丈夫なんじゃないのか」

「シューイチさん。そういう言葉は聞きたくありません」


 ノーラは修一から顔を逸らした。


「……ひょっとしてノーラって、料理できない?」

「出来ない訳じゃありません。調理道具を持ち運ぶくらいなら、その分食料を持って行った方がいいですから」

「ふーん?」

「なんですか」

「いや、なにも」


 ノーラが保存食を買っている間に修一が自分のお金で調理道具一式を買うと、それを見たノーラに少しだけ睨まれた。


 それと、水に関してはいくらか購入したものの、ノーラが魔術で生み出せるためそれほど必要ではない。

 ノーラは他にも、服や体の汚れをある程度洗い落とせる魔術や、小さな明かりを灯す魔術、鍵の施錠に開錠などなど、細々とした魔術を使えるようだ。


 戦闘では一切役に立たないが、旅をするうえではそれなりに重宝する。どうやら学院にいた際にフィールドワークなどで苦労したため覚えたらしい。

 修一も、ここに来るまでの間に軽洗浄魔術を使ってもらった事があるため黙っていたが、魔術師は皆こんな感じなのかと少し悩んでいる。


 修一にとって、魔術による派手な攻撃はロマンなのだ。


 修一の服と靴は、そこら辺の適当な店に入り安い中古品を何点かと、下着を何セットか購入した。

 服は、薄手の布でできた長袖服と、ジーンズのような素材の長ズボンである。

 はっきり言って、今は夏のような気候であるため日中はかなり暑い。そのため、安売りしていた長袖シャツを買ったのだった。

「暑く、は無いんでしたっけ。元の服も長袖でしたし」

「おう、能力の有効活用だ。それにしても、安かったとはいえ、結構しっかりしてるぞこの服」


 修一は、早速店の奥で着替えており、学生服はノーラに預けた。靴も履きかえると、見た目には完全にこの世界の住人である。



 ただ、この地域には修一のような黒髪黒目の人間はほとんどいないため、目立っていることには変わりなかった。




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