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第7章 3

 ◇




 財布を返して頭を下げさせる。


 結果としてはそれだけの事だった。


 修一がノーラたちと合流したあと財布の持ち主に対してナビィにやらせた事は、文章にして僅か一行で済むような事だ。

 だというのに、どうしてこれほど時間が掛かってしまうのか。

 修一は驚きを禁じ得ない。


 まず、戻った途端にナビィが挙動不審になり、その時点で修一は嫌な予感しかしなかった。

 抱えていた身体を下ろしてやるとすぐに修一の後ろに隠れてしまい財布の持ち主とまともに顔を合わせられないし、自分の手で返すんだ、と財布を握らせても黙ったままもじもじするばかり。


 そりゃあ、自分が盗んだ財布を自分で持ち主に返すというのは気が重いかもしれないが、相手の女性もナビィの姿を改めて見て怒りの矛を納めてくれたわけだし、そこまで緊張する事でもないのに、と修一は思う。


 そして何とか財布を返させたあとも、今度は「ごめんなさい」の一言が言えずに立ち竦むこと十分少々。

 その間、修一は何度も何度も言葉と態度で背中を押したし、相手の女性も辛抱強く待っていてくれた。


「お、お財布を盗んで、……その、…………ごめん、なさ、……い」


 そうして、ようやく絞り出すように謝罪の言葉を口にしたナビィ。

 そこに続いて修一が、「こうして謝っているんで許してやってくれないかな」と言うと、それを受けて相手の女性も「許してあげますよ」と言って立ち去った。

 まったく、ご迷惑をお掛けしたものだ。


 ――これほど時間を掛けることじゃねえだろ、馬鹿。


 と、修一は、苛立ちを通り越してただただ呆れ返っている。


 だから、どうにか終わってホッとしているナビィの肩を思いっ切り掴んで振り向かせた修一は。


「さあ、どうしてこんな事したのかキリキリ話せ。

 隠したいならそうしてもいいが、あんまり俺を苛々させると次は手加減を間違うかもしれないぞ」

「……!」


 と言って睨み付け、怯えるナビィを尋問したのだった。




 三十分ほどかけて一通り聞き終わった修一は、「つまり」と前置きしてからナビィの話を統括した。


「お前は元々孤児で、この町の孤児院で暮らしてたけど色々あって居づらくなったから院を飛び出し、日雇い労働なんかで食い繋いでいたけどそれも限界になり、そんな時に少々柄の悪い男たちに世話になってしまったと」

「うん」

「それで、最初は優しくしてくれたからソイツらにほいほい付いていっていたけど、次第に盗みの時の見張りをさせられたり詐欺の片棒を担がされたりして、こき使われていると」

「う、うん」


 修一は、ほぼ無表情のまま坦々と言葉を続ける。

 だからこそナビィはそこまで怯えていなかったのだが、……ノーラとかメイビーとかに言わせれば、こっちの方がよっぽど怖い。

 怒りが暴発しないようにノーラたちは一言も口を挟まないし、レイだけは「どうしてそんなに怒ってるの?」とばかりに服の裾を引いたりしていたが、すぐにノーラに抱き上げられて手が届かなくなった。


「しかも、もうこんな事嫌だと言っても止めさせてくれないし、それどころか、お前も共犯なんだ一人だけ良い子ぶってんじゃないぞ、もし俺たちが捕まったらお前も道連れにしてやるからな、とか言われてると」

「そ、そうだよ」

「んで、挙げ句の果てに今日は、一人で金を稼いでこいよと言われてしまい、困って町をうろうろしていたところで偶々目に付いたさっきの女の人から、財布を盗って逃げようとしたんだな」

「うん……」

「……で?」

「えっ?」


 段々と俯いていっていたナビィは、不機嫌そうな修一の問い掛けにキョトンとした様子で顔を上げた。


「どうする? 結局金は手に入らなかったわけだが」

「え、その……」

「他の誰かから盗むか?」

「……それは止めとくよ」


 ナビィは緩々と首を振った。


「本当は、あんな事したくないし」

「じゃあ、どうする?」

「…………」

「考えはなし、か。

 ……情けないな」

「……だって、そんな事言われても」


 情けなさと悔しさで唇を噛み締めるナビィ。

 ただ、修一はその事を半ば予想していたため、はぁ、と嘆息したうえで選択肢を示した。

 メイビーは、あ、なんかこれ見たことある、と他人事のようにそう思った。


「お前に、二つ選択肢をやる。

 一つ目は、このままとぼとぼ帰って正直に事情を話し、さっきみたいに謝って許してもらう」

「……それは」

「無理だろ、どうせ。こんな事させてくる奴らが許してくれるとは思えんし、そもそも手ぶらで帰ったら何されるか分からんな。俺よりよっぽど酷い事をされそうだ」

「…………」


 言われずともナビィには、その様がありありと想像できた。

 だから、こんな風に困っているのだ。


「二つ目。

 ソイツらと縁を切って孤児院に戻り、真っ当に暮らす」

「……それも」

「嫌か?」

「……」


 孤児院に戻り、のところで明らかに顔を顰めたので、嫌なのだろう。まず間違いなく。

 ナビィは、孤児院を飛び出した理由の詳細を語っていない。

 だから、修一には想像することしか出来ないのだが、……多分、理由自体は大した事ではないと思う。

 せいぜい、口煩く言われるのが嫌とか、他の子たちと反りが合わないとか、ご飯が美味しくないとか、そんな程度だろう。


 それで意地を張って飛び出してこんな事になっているというのに、あんまり危機感を感じていないというのが修一には信じられないのだが、このくらいの歳の子ならそんなもんではなかろうか。

 世間の厳しさなど、体感しても理解し切れていないのだ。


「ま、折角だからどっちか選べよ」

「…………」

「出来る出来ないは、この際考えなくてもいいからさ」

「…………」


 ナビィは決めかねるように俯き、修一もそれ以上は何も言わず、ただじっとナビィを見据えている。


 ここでメイビーは、「あれ?」と思った。

 なにやら修一にやる気が無いというか、熱意に欠けるような気がするのだ。

 実際、メイビーに同じような質問をした時は気合いを入れて発破をかけていたし、自分が手伝うという事も明言していた。

 なのにナビィに対しては、選択肢を示しただけであとは何も言っていない。

 不親切とまではいわないが、明確に対応を変えてきているのだ。

 気まぐれか、はたまた何らかの意図が有っての事なのか。

 メイビーには判断が付かなかった。


 そして。


「ね、ねえ」

「なんだよ」

「もし、その、あの人たちと縁を切っても、院に戻りたくないって言ったら……」

「……選択肢は、二つだぞ?」

「う、うん、でも……」

「…………」


 そこまで戻りたくないのか、と思いつつ、取り敢えずはこんなもんか、と納得することにした修一。

 一度深く瞑目し、それからパシッと膝を打つ。

 今のままではあまり気分が乗らないため、自分に気合いを入れたのだ。


「――おい、ナビィ」

「っ、な、なに?」

「一回案内しろ、お前のオトモダチのところに。お前が嫌がってるみたいだぞ、って話ぐらいしてみるから」

「ほ、ほんとうに?」

「ああ」


 その途端ナビィは、分かりやすく安堵した様子を見せた。

 そのオトモダチに対して自分からは話を切り出したくなかったというのが、よく分かる態度であった。


 修一はその様子に、どうしたもんかね、と思う。

 こういう手合いの奴は何度も相手をしたことがあるため、なんとなくこの後の展開も分かるのだ。

 そうならない事を願いつつも、多分そうなるんだろうな、と思ってしまっている修一は、だからこそテンションが低い。


 ――まあ、やる事は変わらんだろうけどな。


 と、いう考えも、ほぼ確定的な未来を想像したことによるものであり、その辺りの思考は、横で見ていたノーラとメイビーでもなんとなく分かったのだった。




 ◇




 陽の当たらない薄暗い路地。

 周囲の建物のせいで年中日陰になっているこの道は、地元住民ですら普段はほとんど通らない。

 しかも、時々柄の悪い連中がたむろしていたりするとなれば、尚の事一般人は近寄らないだろう。


「ぐあぁぁ……!」

「う、腕が、俺の腕があ!」

「ひいぃぃ、助けて」


 そんな暗い路地で修一は、自分の足下に倒れて呻いている五人の男たちを見下ろしていた。

 五人とも、身体のどこかしらを押さえてうずくまり、立ち上がる事も出来ずに地べたに這いつくばる。

 そして修一の背後では、戦闘開始と同時に後方に下げられたナビィが、目を丸くしてその様子を見ていた。

 額の傷を掻きながら、修一がぼやいた。


「案の定すぎる……!」


 ここまで予想通りだと逆に清々しかった。



 ナビィの案内に従って歩き、人通りの多いところにノーラたちをおいて路地に入る。

 くねくねした裏通りを塞ぐようにして座っていた見るからにチンピラじみた連中に対して修一は、ナビィについての話を切り出した訳だったのだが。


「ああ!? テメエ一体~~~~」

「俺たちにケンカ売るなんて、いい度胸~~~~」

「この人数相手に~~~~」

「囲んで~~~~」


 と、冗談抜きで話にならなかったのだ。

 途中から、果たして同じ言語を使っているのか疑問に思ってしまったほどだ。


「……はいはい」


 と、げんなりした様子の修一が、ナビィの首根っこを掴んで自分の後方に放り投げるのと男たちが襲い掛かってきたのは同時であったし、転んで二回転したナビィが頭を振って目を開けるのと二人の男が崩れ落ちるのは同時であった。

 そこから一人当たり十秒も必要とせずに残りの男たちを薙ぎ倒しあっという間に殲滅。

 ぶっちゃけた話、そんな連中が何人来ても修一には指一本触れられないし、相手になるはずもないのだ。


「ぎゃあああっ!?」


 倒れた男たちが立ち上がる前に手足の骨や肋骨を踏み砕いて無力化したところで、ナビィに向き直る。


「……!」


 ナビィの視線、休日のデパートの屋上でヒーローショウを見ている小学生のようにキラッキラしていた。

 目の前で行われた修一の演武に、明らかに心惹かれている目だった。


 修一はちょっとだけ引いた。


「……ナビィ」

「は、はい!」

「もう大丈夫だから、こっちに来てくれ」

「はい!」


 返事の質まで変わっている気がするが、何も言うまい。


「この中で一番偉い奴って、コイツか?」

「うん、そうだよ」


 ナビィに確認し、一番偉そうにしていた(強さは大して変わらない)男の横に立つ。手首を押さえていたその男は、修一が近寄ってきたことで狂ったように喚いてくる。


「テメエ、こんな事してただで済むと――!」

「やかましい」


 躊躇なく、右足の脛を踏み付けて骨を折る。

 途端に男は、言葉にならない叫びをあげた。


「っ!? ああぁぁぁああああ!!」

「やかましいっての。……ついでに左足も潰しとくか」

「!! ま、待ってくれ! 頼むよお!!」


 無慈悲な修一の言葉に、男は許しを乞う。

 修一は男の左膝に右足を乗せ何時でも踏み折れるようにしてから、改めて用件を口にした。


「ナビィなんだが、もうお前らとは一緒にいたくないんだってさ。これからは、関わらないでやってくれよ」

「はあっ、はあっ、……」

「――返事がないな」


 荒い呼吸を繰り返すばかりの男に、ミシッ、と骨が軋むくらいに右足に体重を掛ける。

 男は泣きそうな声で同意した。


「分かった! 分かったから止めてくれ!!」

「そうか」


 修一はぐるりと、倒れたままこちらを睨んでいる他の男たちに視線を向ける。


「納得出来ない奴は、そのまま俺を睨んでろよ?」


 騎士剣を引き抜きながら、修一は殺気をばら蒔く。

 他の男たちは途端に震え上がった。

 修一の目が、冷々とするほどに酷薄な光を宿していたのだ。


「死なないように、手足を一本ずつ斬り落としてやるからよ」

「!!」


 これはあくまでも脅しの言葉であったのだが、男たちには効果覿面であった。

 誰一人として、それ以上修一を睨み続けられない。

 しばらくその様子を見ていた修一は、満足したように一度頷くと、他の男たち一人ずつに歩み寄り。


「おらっ」

「ぎゃあっ!」


 側頭部辺りを、力強く蹴り抜いた。

 それを四回繰り返し全員を昏倒させ、再度一番偉そうにしていた男のところに戻ると、最後の締めの言葉を放った。


「約束、守れよ?

 次は俺も、手加減しねえぞ?」

「……!!」


 泣きながらブンブンと頷く男の頭を蹴り飛ばして、やる事は終わりである。

 実に楽しくない一時だった。

 あー、胸くそ悪い。


 こちらを見つめてくるナビィに、修一は吐き捨てるように告げた。


「ナビィ、よく見とけよ」

「え?」

「この男たちの姿が、本来のお前の末路だよ」

「……!」


 ナビィは男たちを見回し、サーッと顔を蒼褪めさせた。

 実物は、想像よりも遥かに痛ましかったのだ。


「俺は手加減したが、多分コイツらはそんな事考えない。お前みたいな子どもがヤるだけヤられたら、死んでたかもしれない」

「……」

「世の中、こんな奴らはたくさん居る。どこに行ったってそうだよ、変わらない。だからお前みたいな子どもが外を出歩いてたらダメなんだよ。簡単にこういう連中に引き込まれるんだ」

「…………!」


 修一は鋭い視線をナビィに向ける。

 そこには仄かに怒りの感情が混ざっていて、ナビィは蛇に睨まれた蛙宜しく身じろぎ一つ出来ない。


「いいか、ナビィ、俺は人の話を聞かないクソガキは大嫌いだ。しばき回して泣かせたくなる」

「は、はい」

「だから言うのはこれが最後だ。

 ――孤児院に戻れ、ナビィ。これ以上ウロチョロしてたら、お前もいずれアイツらと同じようにダメになる。そうなって、悪い事やって、俺にボコボコにされたいのか?」

「されたく、……ない、よ」

「なら帰れ。いいな?」

「…………はい」


 意気消沈したように俯くナビィにそれ以上言葉を掛けず、修一はノーラたちの待つ大通りに向けて歩き出す。

 とぼとぼとした様子で後ろを付いてくるナビィに修一は。


 ――これくらいで分かってくれりゃあ良いんだけど、……微妙だな。一年もしたら忘れてそうだ。



 と、不安と疲れの滲む声音で呟いたのである。




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