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第7章 ヴィルメリア

 お待たせ致しました。第7章スタートです。

 今回も、五日に一話くらいのペースで更新していきますので、宜しくお願いします。


 あと、今日の皆既月食は楽しみです。

 ◇




 古来より、月の光には不思議な力が宿るとされてきた。



 夜を象徴する柔らかな光。

 昼間の輝きと対をなす静かな光。

 陽光の激しさを塗り潰す、穏やかな光である。


 それは、眠る人々を優しく見守る一方で魔性の者たちに力を注ぐ。

 夜とは則ち人が隠れ潜む時間であり、魔なる者たちが跋扈する時間なのだ。


 天文学的な話をするなら、月光というのは太陽の光を月が反射したものに過ぎないかも知れないが、魔も神も実在するこの世界では、もう少しだけ特別な意味合いを持つ。


 月の満ち欠けが影響を及ぼす存在も少なくないし、陽の光の下に出られないモノなどは尚更に月の光を求める。


 月と夜を司る「月影神」が人魔を問わず信仰されている神様であり、始祖神や太陽神に次ぐ数の信者がいるとされているのも何ら不思議な事ではなく、それだけ「月」が尊ばれているという事実の証左なのである。



 そんな、月の光と夜の闇を愛する者たちの中にあって、一際強くそれらを求める種族がある。


 彼らは、強靭な肉体と比類なき魔才、誇り高き精神と尽きぬ寿命を併せ持った、まさしく夜の王と呼ばれるに相応しい存在だ。


 しかし、その代償とばかりに彼らは、陽の光を浴びる事も出来なければ流れる水を渡る事も出来ない。

 他にも数多くの弱みを持つ彼らは、いつの時代も不慮の事故(・ ・ ・ ・ ・)によって命を落とす事になる。


 だからこそ今の世でも、いまだ彼らが夜を支配するに至っていないわけだが……。


 彼らはそれを嘆くばかりではない。

 彼らに従う者たちとともに、現状を打破せんと行動を起こす機会を常に窺っているのである。


 さて、古来より月の光には不思議な力が宿るとされてきた、というのは先に述べたとおりだ。


 そしてその力は、月の満ち欠けに大きく影響される。

 月が欠ければ力は減じ、月が満ちれば力は増す。

 とりわけ、満月ともなればその力は絶大となり、夜を生きる者たちにとっては恵みの夜となる。


 彼の者たちが行動を起こすのに、これほど適した機会はないだろう。


 だから満月の夜とは、人の身であれば常以上の警戒が必要なシチュエーションとなるわけなのだ。



 そしてその事を、真の意味で理解している者は、……少ない。




 ◇




 街道を進む馬車にこうして揺られるのも何度目になるのだろう、と修一はふと考え、僅かに痛みの残る頭の中で指折り数える。


 多分五回目になるな、と思い至ると同時に、元の世界では一度だって乗らないままに人生を終えていたのだろうな、と静かに思った。

 ガタガタ揺れて尻は痛いし、速度だって自転車と大差ないくらいだが、有ると無いとでは大きな差だ。

 ファステムから首都スターツまでの道のり、これを馬車で行けばおよそ半日程度だが、徒歩だと下手すれば一泊必要になる。

 途中に何もない街道であるからして、そこでの寝泊まりが必然的に野宿になる事を思えば、お金を払ってでも馬車に乗って移動した方が良いだろう。


 そういえば結局買った寝袋を使ってねえな、勿体ない、という方向に修一の思考が逸れたところで隣のノーラに袖を引かれた。


「シューイチさん、シューイチさん」

「なんだ?」


 クイクイ、といった感じで控えめに袖を引かれ、名を呼ばれたため返事する。

 若干上目遣いなのは、床に手を付いて作業するために身を屈めているからだ、と思いたい。


「ここがよく分かりません、教えてください」

「あいよ、そこは――」


 ノーラの手元に視線を落とし、折り畳まれた紙を見ながら手順を説明していく。

 もうあと数回折って開いてを繰り返せば完成するはずなのだが、どうにもノーラは苦戦している。

 今まで教えたものよりも難易度は高いため宜なるかなといったところではあるが、それでもノーラなら理解出来ると思ったのだが。


「なるほど、こうですね」

「……ああ」


 ガタガタ揺れる馬車の中だ。

 折りにくいのは分かる。

 細かい作業には向かない環境であろう。


 別に、そこは良いのだ。文句など欠片もない。


「……なあ、ノーラ」

「なんですか?」

「馬車に乗ってるのって、俺たちだけだよな」

「はい、そうですよ。

 亡霊船を討伐した記念とかで町に残る人が多いようですね。

 他のお客さんはキャンセルしたようです」

「だよな、……なら」


 あるとすれば、それは。


「なんで、そんなに近いんだ?」

「……?」

「スペースは空いてるだろ、そんなに近寄って来なくてもいいと思うんだが」


 ノーラの座る位置だ。


 ノーラは今、修一の隣にぴったりと寄り添うようにして腰を下ろしている。

 肩とか腰とかが、馬車が揺れるたびにちょいちょい当たるのである。

 修一の疑問は尤もであった。


「離れていては声が聞こえにくいではないですか」

「そうか?」

「はい」

「……そうか」


 修一は、本当にそうだろうか、と思いつつ、それ以上の追及は避けた。

 代わりに無言で作業を促す。


「……」

「……」


 ノーラが続きに取り掛かる横で修一は、今朝からちょっと変なんだよな、と内心で首を傾げていた。


 朝起きた時から薄々感じていたのだが、なんというか、踏み込まれ(・ ・ ・ ・ ・)ている気がする。

 色々な場面において距離が近いのだ。普段より。


 朝ご飯の時は隣の席に座ってきて何を言う前から料理を取り分けてくれたり、皆とお別れして馬車に乗り込む時には「手を貸して下さい」と言って手を伸ばしてきたり。


 今もそうである。

 こんな風に隣り合って座らずとも十分座れるだけのスペースが有るというのに、わざわざ寄ってくるのだ。

 どうしたもんかな、と思わざるを得ない。


 修一の対面に座るメイビーなど、レイを膝上に乗せたまま不思議そうにこちらを見つめていた。

 レイも首を傾げている。

 奇遇だな俺もそう思うよ、と修一は同意する。


「シューイチさん」

「……次はだな」


 色々考えつつも、問われれば答える修一。

 締めの手順を丁寧に教えてもらったノーラが熱心に紙を折るのを見て、なんとか綺麗に折り上がりそうかな、と修一は思う。

 そしてその一方で、少しばかり目のやり場に困っていた。


 身を屈めて紙を折るノーラの手元を見ようとすると、どうしても上から見下ろす形となるのだが……。


 ――……なんで襟、緩めてんだろ?


 ノーラの着ているブラウスの襟元から、チラチラとその奥が覗くのだ。

 柔らかそうなモノとか、その谷間とかが。

 昨日までのノーラはキチッと襟を締めていた筈なのに、どうして今日はまた、と悩む。

 もしかして、間もなく実家に帰れるから気を張るのを止めたのだろうか、とも考えたが、やっぱりちょっと違う気がする。


「……うーん」

「どうかしましたか?」

「……いや、何でもないよ」

「? そうですか」


 質問の返答をはぐらかす修一。

 ノーラの胸元が気になっている、などとは口が裂けても言えないし、なんで襟を緩めてんの、とも聞けないからだ。


 しばらくして、俺が気にしすぎてるのが悪いんだろうか、と修一が思い始めたところで、ノーラの作品が出来上がった。


「出来ました」

「おう、おめでとう」


 ノーラの嬉しそうな声に、取り敢えず思考をそちらに戻す。

 あんまり考えすぎても意味はないだろうし、時間の無駄だ。


 ノーラが持ち上げている作品を見る。

 出来たのはペガサス。

 あの、羽の生えた馬だ。

 修一曰く、こういう奇抜な作品を作ってみせるとよく困った顔をされたりしたそうなのだが、この世界には普通に生息している幻獣らしく、ノーラは「一度だけ見たことありますよ、とても美しかったです」と言っていた。

 この人やっぱスゲエな、と修一は素直にそう思った。


「ただ、細かいところは似ていませんね」

「そりゃあ、俺の世界では空想上の生物だったからな。見た事無いものを想像力だけで作ればそういう事もあるさ」

「なるほど」


 ドラゴンとかグリフォンとか、レパートリーはまだいくつかあるわけだが、どれくらい姿が一致しているかは分からないな、と修一はぼんやり考える。

 そして、実際の姿を見ても作り方を直せる訳でもないので、すぐに考えるのを止めた。

 修一は、折り方を覚える事は出来ても折り方を創り出す事は出来ないのだ。

 何かを創作するという部分に関しては、極めて平凡な男なのである。


アイツ(・ ・ ・)に教えてやれれば、考えてくれそうだけどなあ……」

「……アイツ、ですか?」

「ん? ああ」

「……」


 その瞬間、ノーラの視線が僅かに鋭さを帯びる。

 それに気付いたレイがぶるりと体を震わせ、メイビーは「おやおや?」といった顔つきになった。

 修一もノーラの変化を感じ取り、さてさてどうなるかな、みたいな気持ちで待ち構えていたのだが……。


「…………」

「…………?」


 ノーラは数秒ほどじっとしていたかと思うと、ふっと鋭さをほぐした。

 その様子にレイが安堵し、メイビーが拍子抜けしたようになった。

 だが修一だけはノーラの心情の変化を、「軟化した」のではなく「腹を括った」ように感じた。


 そして。


「シューイチさん」

「……どうした?」

「これが完成した途端、気が抜けてしまいました」

「お、おう……?」


 なんだ、どう来るつもりだ、と修一が内心で身構える。


「思えば、昨日は少しはしゃぎすぎてしまいました。あまりきちんと眠れていませんので、少し眠いです」

「……おう」

「ですので、……その」

「……」


 ノーラの選択は、思ったよりシンプルであった。


「ひ、膝を貸して頂ければ、と思うのですが、……どうでしょう?」


「……!」

「…………!」


 それを聞いていたメイビーが、ノーラがこんな事を言えるようになっていたなんて、と驚き、レイが、おかあさんずるい、と少しだけむくれる。


「…………」


 そして修一はなんとも言えないような複雑な表情でノーラの顔を見つめていて、見つめ返してくるノーラの頬がほんのり赤く染まってきている事を確認した上で、返答した。


「……まあ、いいけどよ、それくらい」

「! ……本当ですか?」

「ああ」

「……!」


 内心の高揚を悟られないように必死になるノーラ。

 それを理解した上で、何も言わずに正座する修一。

 流石に剣術をやっているだけあって見惚れるほどに姿勢がいい。

 普段はもう少し緩くしているため、尚更そう感じさせる。


「ほれ、どうぞ」

「!! ……それでは失礼します」


 ノーラが怖々としながら修一の太股を枕にする。

 修一は更になんとも言えないような表情を強めるが、それでも文句一つ言う事なく枕となった。


「…………」

「…………」


 しばらくの間ゴソゴソしていたノーラであったが、やがて据わりの良いところを見つけたのか静かになる。

 メイビーが修一に、視線だけで「寝ちゃった?」と問うが、修一は静かに首を振る。

 目を閉じて静かにしているようだが、修一には分かる。

 ノーラは寝てない。というか、眠れてない。


 さもありなん。ノーラの頭の中は今、軽いパニック状態になっている。


 町を発つ前にウールから教えてもらった種々の入れ知恵を実際にやってみて、修一にアプローチを掛けてみたわけだが、これが思ったよりも手応えを感じるのである。

 まずなにより、修一が反応してるくれるのだ。

 これが良い。

 肩とかが当たるたびにピクリとするし、チラリ、というくらいの視線も感じる。

 少なくとも、何とも思われてないという事は無いはずだ。きっと。

 そしてダメ元のつもりで言ってみた膝枕も意外と簡単に修一が許可を出したため、ノーラは沸き上がる高揚感と羞恥心を抑え付けて横になったのだ。

 そんな状態で、眠れるはずがなかった。


「…………」


 しかしそれでも、眠気というのは押し寄せてくるものだ。

 ドキドキしたまま寝たふりをしていたノーラも、内心のざわつきが治まってくるに従って意識が微睡んでいく。


 ――……おやすみ、シューイチさん。


 そしてノーラの身体から強張りが消え、すぅすぅと寝息が聞こえ始めたところで、修一も緊張を解いた。


 ふぅ、と一息ついてからメイビーに尋ねてみる。


「なあ、ノーラが変なんだが。

 何があったか知らないか?」

「……いやあ、僕は知らないかな」

「そうか。……ひょっとして、ウールが何か吹き込んだのかな。アイツと夜遅くまで起きてたみたいだし」

「うーん……」


 メイビーは少しだけ考え込んだが、知らないものは知らないとしか言いようがないため、すぐに「ま、良いじゃん、別に」と言った。

 それよりも、気になる事があるわけだし。


「ところでシューイチは」

「ん?」

「さっきのノーラに対して、変、としか思わなかったわけ?」

「……」


 修一は眉を寄せると、チラリとノーラの寝顔を見る。

 それから視線を上げて。


「正直に言っていいか?」

「え? ……うん」

「心臓に悪いから止めてほしい」

「……」


 メイビーは、その発言がどういう意味を持つのかを考える。


「それ、ドキドキするって事?」

「お前の言うドキドキが俺の知っているドキドキと同じ意味なら、そうだ」

「じゃあ、嫌じゃない?」

「嫌ではないな」


 メイビーは意外そうに「ふーん」と漏らす。

 もう少し否定するかな、と思っていたのだ。


「まあ、気絶したノーラを運んでるときも顔がニヤけてたもんね」

「……見てたのか、お前」

「バレてないと思ってたの?」

「……」


 修一は恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 あれ、この反応は新鮮だぞ、とメイビーが楽しそうな笑顔を浮かべる。

 それに気付いた修一が不機嫌そうに睨み付けるが、メイビーは笑ったままだ。


「でもそれなら、どうして素直に喜んであげないの? そうすればノーラだってもっと――」

「――メイビー」

「……なに?」


 修一は、唐突に掌を突き出してメイビーの言葉を遮った。

 なんとも言えないような表情を、浮かべたまま。


「それ以上は、勘弁してくれ」

「……ふうん?」

「お願いだ、メイビー」

「…………」


 初めて見る、懇願するような修一の顔。

  どうやらそれが本気に近い拒絶なのだと、メイビーは気付く。

 そこに。


「…………めいびー」

「どうしたの、レイちゃん」

「…………おとうさんを、いじめないで」

「……」


 この表情を見るのは二度目となるレイが、不安そうに見上げてきた。

 二人してそんな顔をされては、メイビーもそれ以上は踏み込めなかった。


「……はぁ。それなら、今回のところは勘弁してあげるよ」

「ああ、そうしてくれ」

「……」



 そこからメイビーは、修一の態度に何か釈然としないものを感じながらもそれを問うことが出来ず、モヤモヤとしたまま馬車に揺られ続けることになる。



 そして修一は、間もなく着くであろう首都と、首都に着いたその後の(・ ・ ・ ・)事を考えながら、


「……すぅ、すぅ」


――両脚に感じるノーラの呼吸と体温を、出来るだけ、気にしないように努めていたのだった。




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