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第3章 メイビー

 ◇




「オラあっ!!」


 修一の剣が振るわれるとともに、飛び掛かろうとしていた黒い塊は後ろに跳び下がる。

 全長一メートルほどの黒い塊は、そのまま修一と距離を取りながら飛び掛かる機会を窺う。


「シューイチさん!!

 そいつはローンウルフです。

 単独で活動し、ほとんど群れを作らないと聞きます」


 ノーラの言葉を聞きつつ、黒い塊の動きを注視する。


 ――要は、一匹狼か。こいつを倒せば他はいないんだな。


「オオカミなんて初めてみたよ。日本じゃあとっくに絶滅したから、なあ!!」


 横に回り込みながら飛び掛かってくるオオカミの突進を剣で受ける。

 剣を振るって弾き飛ばすとオオカミは華麗に着地し、再びこちらを睨んでくる。


 ここは、ベイクロードまで二時間ほどの距離の平原上である。

 山賊たちとの戦いから一夜明け、二人が平原を歩いていたところ、遠くから走ってくるオオカミに気付いた。

 おそらくオオカミは平原に住む野兎など探していたのだろう。その途中で二人の人間を見つけ、そちらに向かっていったのだ。


「ノーラ! 俺から離れるなよ!」

「はい!」


 修一は右手だけで剣を構えながら、左手で細工をしていく。左手の指を何度も打ち鳴らしているのだが、オオカミには、その行動の意味は分からない。


 再びオオカミが飛び掛かり、同じように剣で防いだ修一は、背の高い草が生えたところ目掛けてオオカミを弾き飛ばす。


 オオカミが草むらの中に着地し、素早く移動しようとした時。


「掛かったな!!」


 修一が一気に距離を詰め、上段から斬りかかる。オオカミは、その攻撃を避けようとするが。


「――キャウ!?」


 自分の足や体に草が張り付き、動けないことに気付く。


 修一が近くにあるいくつかの草場の温度をマイナス数十度まで冷やし、オオカミが突っ込めば、毛や足の裏に草が張り付くようにしていたのだ。


 そうとは知らず無数の草の葉に体を縛られたオオカミは、修一の上段斬りをまともに喰らい脳天から血しぶきを上げて息絶えた。




「やれやれ、ニホンオオカミもこうやって狩られていったのかね」

「ニホンオオカミってなんですか?」

「俺の国にいたこのウルフみたいな生物だよ。もう何年も前に絶滅したらしいな」


 修一は、剣に付いたオオカミの血をノーラから貰ったボロ切れで綺麗に拭い、鞘に収めた。

 この男、人は殺さないが、人に襲い掛かってくる獣などについては一切の容赦なく斬り捨てる。


「このローンウルフですけど、一応町に持っていけば買い取ってもらえますよ」

「マジで? これ食えるの?」

「いえ、毛皮が取引されているようですね」


 それを聞いた修一は、オオカミに張り付いた草を一度常温に戻して剥がし、今度はオオカミの傷口を凍らせる。

 血が流れ出て汚れないようにしているらしい。ちなみに、初日に狩ったイノシシも同じように傷口を凍らせてカバンに入れているので、中で血が漏れたりはしていない。


「カバンに入るなら、持っていこうか」

「分かりました」


 オオカミの死骸を無理矢理カバンに詰め込むと、次の町への道を急ぐ。



 そして、ついに二人は、ベイクロードに到着したのだった。




 ◇




「おおおおっ、でっけーな!」


 町を囲む外壁を見て、興奮したような声を上げる修一。


 一時間ほど前から道の両側には畑が一面に広がっており、さまざまな種類の野菜や小麦等が育てられている。

 他にも、放牧されている牛や羊のような生き物が呑気な顔で草を食んでいるのが見える。

 そこで作業をしている人々を遠目に見つつ歩いていたのだが、徐々に見えてくる外壁の大きさに目を奪われた。


 この外壁の高さは十メートルほどで、町の周囲を完全に囲んでいる。

 ベイクロードそのものは、国境に沿って南北に長く伸びる形になっており、南北に一五キロメートル、東西に五キロメートルほどの大きさである。


 外壁の西側には、街道を覆うように作られた巨大な門が存在し、東側、つまり修一たちが見ている側の外壁には西側と同じ巨大な門の他に二つの小さな門が設置されている。


 これは町の東側で作業をする者たちが町の外に出やすくするためのものである。町が南北に細長いため、いちいち中央の大門まで行かなければならないとなれば時間のロスだからだ。


 修一は、この世界に来て初めて人の住む町というものを見たためか、興奮し切った様子だ。

 元の世界では高校生であり、自分の住む町からほとんど出たことがないような男だったのだ。

 まるで外国に来たような光景を見て、ハシャいでしまうのは無理からぬ事だった。


 そしてノーラは、そんな修一の姿を見て最初は驚いたが、年相応に喜びと驚きを表現する様子を見て微笑ましい気持ちになるとともに、ここは年上の自分がしっかりと引っ張ってあげなければならないと思ったのだった。



「やあ、ようこそベイクロードへ。見たところ、観光にでも来たのかな?」


 二人が門の前に辿り着くと、兵士のような格好をした三十歳代半ばくらいの男性が声を掛けてきた。

 おそらくこの門の出入りを監視している門番であろうと判断し、ノーラが前に出て話をする。


「こんにちは。観光ではなくて、この町を抜けて隣国のブリジスタへ向かうつもりです」

「そうかそうか。それなら、通行税として一人につき銀貨一枚を支払ってくれ。

 あと、もし町の中で商売をするつもりの商人なんだったら、更にもう少し払ってもらうことになるな」

「分かりました。私たちは商人ではありませんので、銀貨二枚ですね」


 ノーラはカバンの中なら、銀色の硬貨を二枚取り出して門番に渡す。


「よし、確かに。しかし、隣国まで何の用事なんだ?

 おっと、世間話だから答えたくなければ無視してくれ」


 門番の男はにこやかに笑いながら世間話をしてくる。


「私の実家がブリジスタの首都にあるんですよ。

 今は数年ぶりに実家に帰っているところです」

「ほおぉ、なるほど、なるほど。それは大事なことだ。しかし、そうなると後ろの彼が羨ましいな」

「え? 何故ですか?」


 門番は、当然の事のように言う。


「ん? 男を連れて二人で実家に帰るって言ったら当然、結婚の挨拶なんだろう?」

「えっ!?」

「いやー、アンタみたいな女性と結婚できるなんて同じ男として羨ましい限りさ」


 ノーラの驚いた声を気にした様子もなく、門番はにこやかに続ける。

「はは、そんなに照れなくてもいいじゃないか。

 俺も女房の実家に挨拶に行ったときは目茶苦茶緊張したもんだが、後ろの彼はそんなに慌てた様子はない。肝が据わってるじゃないか。きっと両親も許してくれるさ」

「いえ、あの、その、そうじゃなくてですね」


 門番の言葉に顔を真っ赤にしてわたわたするノーラに、後ろから修一が声を掛ける。


「どうしたんだノーラ? 急に大きい声を出したみたいだけど」

「ひゃあ!?」

「……ひゃあ?」

「あ、シューイチさん、えっと、その」

「大丈夫か? なんか顔が赤いぞ」

「いえ、これは、……あああ! 大丈夫ですから! そんなに見つめないでください!!」


 そう言うなりノーラは逃げるように門をくぐり、門番の対して失礼しますとだけ告げて町の中に入っていってしまった。


「なあオッサン、ノーラと何話してたんだ?」


 修一は、二人のやり取りを聞いていない。門に着くなり交渉をノーラに任せて外壁に近付き、上を見上げながらその大きさに感動していたのだ。


「いや、普通の世間話をしていたんだがな。……おお、そうだ、少年よ」

「んー?」

「アンタも男だったら、きちんと守ってやるんだぞ」

「そらまあ、当たり前の事だな。しっかり守るさ」


 修一は、護衛としてきちんと守ると言ったのだが、別の意味に捉えた門番は、微笑ましいものを見るような顔になる。


「なんだよ、オッサン。変な顔して」

「ああ、すまない。この年になると、色々考えることがあってね。それよりも、守ってあげるんなら、先に行ってしまった彼女を追いかけないと」

「それもそうだ。それじゃあな、オッサン」



 そうして、門番の男性に微妙な誤解を残したまま、修一も町の中に入っていった。




 ◇




 町の中に逃げ込んだノーラは、そのままどんどん奥に進み、門からそれなりに離れたところで足を止める。


 自分の顔を手で触り、未だ熱を持っていることが分かると、心を落ち着けるために、目を瞑り深呼吸をする。

 すると、門番に言われた言葉が頭の中で鳴り響く。


 ――(結婚の挨拶なんだろう? きっと両親も許してくれるさ。)


 すると、更に顔が熱を持っていくのが分かり、かぶりを振って声をかき消す。


 ――違う違う! シューイチさんは、そういうんじゃありません。確かに、傍から見ればそういう風に見えなくもないかもしれませんが、それは誤解なんです! 断じて違います! あの門番さんは、確かに人は良さそうでしたが、そういうところを見る目がありません!!


 最終的に、門番の男が悪いという結論に達し、ひとまず心が落ち着いてきたノーラ。


 ――そうですよ。シューイチさんは、元の世界に帰るための方法を探しているんです。そのためにスターツに行く必要があるから私に付いてきているだけで、別に私に対して何か思うところがある訳ではないはずです。……はずです、けど、……なんでしょう? 何故か、もやもやします。


 自分の心の中に広がるもやもやに戸惑いつつも、大分冷静になったノーラは、目を開いて辺りを見回す。


 どうやらノーラが立っているのは、門の内側に作られた広場のような場所の端の辺りらしい。

 足元は全て茶色い煉瓦で覆われており、門に接するように、約五十メートル四方の広い空間が作られている。

 広場と町の中心部に向かう道の境目あたりで、ノーラは一人でうだうだとしいていたのだ。


 今はちょうど昼時であり、広場を通る人も多い。とりあえずノーラは通行人の邪魔にならないように少し横に避ける。

 そして、門の所に修一を置いてきてしまった事を思い出し、門に戻ろうかと悩み始めたところで、呆れたような声が聞こえた。


「やっと見つけた」


 ハッと後ろに振り返れば、そこには少し不機嫌そうな顔をした修一が立っていた。


「門番と何話してたかは知らないが、なんであんなに慌ててたんだよ」

「……シューイチさん」

「んー?」


 貴方のせいです、とは流石に言えない。


「いえ、何でもありません。ごめんなさい、お騒がせしてしまって。……もう大丈夫ですから」

「……ふーん」


 修一はノーラの態度を見て、何がどう大丈夫なんだ、と言ってやりたかったが、そこまで踏み込むのも失礼かと思い、口には出さなかった。

 修一としては、一緒に行動する以上は極力隠し事はしない方がいいと思っているが、それを相手に押し付けるのも良くないと思っていた。


「まあ、大丈夫ならいいけどさ。ただ、俺は一人にされたら何をすればいいか全然分からないんだ。あんまり一人にしないでくれよな」

「はい、分かりました。それじゃあとりあえず、この町に滞在する間の宿を決めましょうか」

「へいへーい」



 そうして、二人は宿を探し始めた。




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