壁越え
街へ繰り出したオレの鼓動は今まで感じたことの無いぐらいドキドキしていた。
今まで、現実世界でも、この異世界でも「いい人」でずっときてたし、揉め事や諍いにもなるべく関わらないように、時には泣き寝入りしてでも、平穏を求めて生きてきた。
これから行おうとしている行為は、もし失敗したら、今までの積み重ねてきたものを一発でふっ飛ばしてしまう可能性を秘めてる。変装もして、スキル値変更もして、万全の体制だと思っていても、こうやって次から次に言い訳や泣き言が頭の中に浮かんでくり。流石オレ。万年ヘタレ。
そういえば、いい忘れてたけど、他人のステータスや装備、「能力値」は、オレからは他人のが見えるから、普通に使ってたけど、この異世界の人たちは、そういう数値だったり装備は見れないみたいだ。
「スキル値」や「必殺技」などは、オレからも他人のは見れない。
この世界にはどんなスキルがあるのかも、いまいち分かってない。
「能力値」とか話しても「何言ってんだこいつ?」的な顔されて終わるだろう。
商人としては、相手がどういうアイテムが必要なのか、能力値から察しがつくので、凄く役に立った。
とりあえず、さっき振ったスキル値についてと、オレの考え。
<アイテムボックス観覧 50>
これは、相手のアイテムボックスを開いて観覧する。これ無いと話になりません。スキル値が高ければ高いほど、遠距離から観覧可能。
<鍵開け 50>
ほとんどのキャラクターが、アイテムボックス内に宝箱入れて、その中に貴重品は入れてたりする。宝箱に鍵かけてるのも普通だから、この鍵開け技術も必須だ。
<窃盗 100>
人のアイテムボックスから、自分のアイテムボックスへアイテムを移す技術。
<潜伏 58>
これは、最悪失敗したら、周囲から隠れようと思ってスキル値を振りました。高位の探知能力者近くに居たらアウトです。
<隠密 50>
隠れたまま無音で移動出来ます。スーって滑るような感じ。
と、いうわけで、まぁ、器用さ80に上のスキル値、更に変装もしてるので、2重3重にセーフティーバーを設けてる訳ですが、それでも逡巡する。法治国家に27年も生きてきてるわけだし、この世界でだって、そのルールは守り続けてきたのだから。
とりあえず、パッと思いつく所で、食堂、商品ギルド、冒険者ギルド、銀行、あたりがいいんじゃないかと思う。
人が集まってて、他に注意が行ってて、エルフがぼーっと立っててもあまり怪しくない場所。
酒場がいいだろう、酔っぱらいが一番狙いやすいと思う。
そして、最悪、逃走することになった場合も考えると、酒場のカウンター席、入り口よりだろう。
いつも行く、「魚娯楽」はエルフっぽくないし、女将さんの顔見たら、なんかいろいろ怖じけづいちゃいそうだから、街の反対にある「ファイアーロックバー」に向うことにする。
いつもの街並みなのに、なんだか別の街を歩いてる気分だな。この街に来て10年になるけど、こうやって、夜に出て、街の反対側まで来るなんて始めてかもな。すれ違う女の子とチョイチョイ目が合う。すれ違った後に、なんだか「キャッキャ」と女の子同士で会話してたりする。これ、イケメンマスク&エルフセット効果だろ・・間違いなく・・・・イケメン爆発しろ!
さて、街の反対側まで、歩いてくると流石に周囲は夜の帳が降りてきて、ちょっと先には、赤く「ファイアロックバー」と書かれた看板を松明が煌々と照らして、店中から喧騒がきこえる。
というか、店の外にも10人ぐらい、グラス片手に談笑してるし、凄い賑わいだな。
「ふぅー」
一度深呼吸をすると、店の中に入っていく。
「「「いらっしゃいませー!」」」
マスターとウエイトレス2人が元気よくお出迎えしてくれる。
小粋なバーは、今日も人でいっぱいだ。
「マスター、とりあえずロックレッドビールを」
「あいよ。あんた冒険者かい?」
「ああ、さっき着いたばっかりだがな」
「そうかい、ゆっくりしていきな」
店の名物でもある。真っ赤なビールを注文する。
でっぷりしたマスターはドワーフ族なんだろう、ヒゲもじゃの中に、にっかり笑った口元が見える。たくましい腕でドンっとロックレッドビールをオレの目の前に置く。
「あい、お待ち!」
「おお、これは美味そうだな」
これ、飲まないと絶対に怪しいよな。初仕事の前に、酒飲むのもどうかと思うけど、こうやって勢い付けないと「理性と道徳心」の高い壁は越えられそうに無い。
キンキンに冷えたグラスに入った、ロックレッドビールをグビグビッっと勢い良く流し込む。ビールの中に唐辛子の入ったような、シュワシュワにピリピリが含まれた味わい。でも最高に美味い。夏は特に最高だな。
「かぁー!染み渡るなぁー!」
「なんか、エルフにしちゃぁあんた随分とくだけてるな」
「あ、え、良く言われます」
「オレは、あんたみたいな男は好きだぜ。最初の一杯からチビチビやってるヤツは信用ならねぇ」
あ、その、オレこれから、あんたの店で思いっきり信用ならねぇ事するんだわ。
そして、周囲をさっと見渡すと、オレの<アイテムボックス観覧>の射程内には、4人の人が。整理すると。
1
目の前のマスター。
これは論外だな。
2
右隣カウンター席で飲んでいる女。
夜の街のバーカウンターで飲んでる女だもの、ムッチャクッチャええ女です。人間族です。セクシーです。出るとこ出てます。ぼっきゅっぼーんです。なんか、かなり強そうなお酒をロックでチビチビやってます。
3
後ろのテーブル席の注文をとっているウエイトレス
猫耳?これは装飾ですか?それともケット・シー族?尻尾が動いてて可愛い。
まぁ、今回はまずは、酔っぱらいでと思ってるので、除外。
4
ドア近くでへべれけになってる男。
うん。完全に泥酔ですね。まだ夜になったばかりなのに、いつから飲んでるんだって話だわ。右目に傷があって、ちょっと怖そうです。っていうか、尻尾出てます。鱗付きです。きっとサラマンダー族です。
もう、これ選択肢2か4だけどな。
気分的にアイテムボックス観覧したいのは2なんだけど、安全性で選ぶなら4だろうな。
うん。4で。
まず、ステータスウインドウを開いて
名前 ラグ・ドルチーノ
筋力 58
体力 72
耐久 66
器用 15
敏捷 41
知識 23
魔力 12
うん。もう完全なる武闘派。この人、怒らせちゃいけない人だよね。バレたらオレの地域の信用度とか信頼度とか関係なく、追い込まれてヤラれちゃいますよきっと。
「どうしたい、なにか悩み事かい?」
「え、ああ、ちょっと・・・」
「そんな、しけた面してねぇで、どんどん飲んで忘れちまいな!」
とりあえず、マスターは適当にかわすしかないな。
ちょっと、考え事してる表情を作って、グラスをいじりながら、意識下では、男のステータスのアイテムボックスタブを選択。
ここで、<アイテムボックス観覧>がうまくいかないと、感が良い人だと、不快感で何かされてるって分かっちゃったりするらしいけど、まぁ、器用80爆発で、余裕で開ける。
うん。アイテムボックスの中、ゴチャゴチャだわ。整理整頓しろよな。なんか動物の骨多数入ってます。
はい、小さいけど、宝箱見つけました。
筋肉バカは貴重品少し。コイツはハズレかも・・・
<鍵開け>で、パカッと開きました。
うん。我ながら凄い。スルスルっと出来ちゃって自分の能力に脱帽。
宝箱の中は、
指輪1
スクロール1
10万ドラン硬貨3
とこんな感じ。
ちなみにドランって単位だと金銭感覚、分からないだろうけど、普通に現実世界の通貨と同じ通貨価値だと思えばいいかな。普通のパン一個がだいたい150ドランって感じだから。
ここで、おれのアイテムボックスを開いて。
<窃盗>で
ヒョ→
ヒョ→
ヒョ→
ヒョ→
ヒョ→
と全部、オレのアイテムボックスに瞬時に移動しました。
みんな軽量の物だったので、凄く簡単でした。
貴重品はだいたい軽量のモノが多いから、<鍵開け>までいければ、大体大丈夫そうだね。
さて、余裕があれば<潜伏>と<隠密>を<アイテム鑑定>に振って、成果を確認したいところだけど、ここはグッとこらえよう。
そして、カウンター席の美女のアイテムボックスも覗いて、あれやこれやゲットしたいけど、グッとこらえよう。
目の前の、ロックレッドビールをグビグビグビーっと飲み干すと
「マスターうまかったよ、また!」
「お、もう帰るのかい?なかなか良い飲み方だったけど、今日は到着初日ってわけらしいし、宿でゆっくり疲れを癒しな」
「ああ」
「500ドランだ」
自分のアイテムボックスから500ドランを取り出すと、勘定を済ませて、店の外に出た。
マスターの満面の笑みがなんか心に痛い。
ドキドキドキドキドッキドッキドッキッドッキ
作業中は、集中してたためか、結構冷静でいられたのに、店の外に出て、緊張が解けたと同時に、物凄い高揚感と、胸のドキドキに襲われる。それでも、足取りも、表情もポーカーフェイスで、自分の店へと急ぐのであった。
そして、街の中心を避けるように、南回りで街を迂回しながら、南街の物陰で、<潜伏>と<隠密>を発動。
夜なので、すれ違う人もいなく、隠密のまま、店の前に着く、店の裏口から、ひっそりと中に入る。
完璧だ。完璧に仕事を成し遂げた。
今までの大きな商談でも味わったことのない気分だな。
今夜は、もうこのまま寝られるわけが無い。
<潜伏 58>と<隠密 50>を
<潜伏 8>と<アイテム鑑定 100>にして、自分のアイテムボックスを開く。
胸のドキドキと共に、勢いでとんでも無いことをしてしまった、という思いも過る。
窃盗は、この世界で見つかれば、重罪だ。
死刑もしくは、奴隷落ちなど、リスクが大きすぎる。
だが、今日は、それらの事は考えないようにしよう。
怖くて眠れなくなる。