PieceⅢ自動人形と解説
朝、リビングで一枚のディスクを手に取ってレコーダーにセットする。
緋月と一緒に入っていたのは、意図があったからのはずであり、緋月を送りつけた人の所在がわかるかも知れない。
そう思って朝一に起きての準備ってわけだが。
「……なんでお前らこんなに起きるの早いんだよ」
ソファーにはすでに妹と緋月の二人がスタンバっていた。
「マスターより早く起きないのは言語道断ですから」
「お兄ちゃんの部屋に行ったら居なかったから。……せっかく一緒に寝ようと思ったのに」
鈴音は最後まで聞き取れなかったが、大体はわかった。
二人は僕を中心にして生活している、と。
リモコンを手に持ち僕もソファーに座る。二人の間、真ん中に。
むぎゅ。むぎゅ。
双方から抱き着けられ、女の子の柔らかさと温かさが腕から伝わる。
「……二人共」
「何?お兄ちゃん」「なんでしょうか、マスター」
「動きづらいんだけど」
「私は問題ないよ?」「問題ありません」
お前らになくても、こっちにあるんだって。
一つ溜め息を吐き、スタートボタンを押す。
テレビ画面に白黒の亀裂が走り、ピー、ピー、と高音が一定に鳴る。
「……何も映らないな」「だね」
「いえ、もう始まってます」
「……そうなのか」
『ピー、ピー、ピー――ザザッ……あーあー。ごほん』
一定音から雑音が混じり、人の声が紛れて聞こえた。
これが送り主……?でも画面には誰も映ってはいない。
『あれ、これでいいのかな?いいみたいだね』
――ザザザ
ノイズ混じりの声。どうやら古いタイプのものを使っているらしい。だからか、どうも音質がわるい。
顔の部分が何故か影になって輪郭しか見えないが、これは何かあるのだろうか。演出なのか…?
『では。これを観ているという事は、緋月は起動していると受け取っていいんだよね』
「はい」
いや、画面の向こうの言葉に返事をしても。
『緋月を起動させたのは、橋川研究員の息子で間違いないね』
「間違いないです」
「いやだから普通に答えるなよ」
つい突っ込んでしまった。
でもなんだろうこの人。父親の知り合いかな?
『私の名前は杉並ヒロ。橋川研究員の知り合いだ』
やはりそうなのか。まぁ、でなければここまでする義理はないか。
「杉並ヒロ……父さんから聞いた事あるな」
「そうなの?」
「うん。優秀な研究者だって言ってた」
「へぇ~」
「えっへん」
鈴音が感嘆し、緋月は胸を張りえばる。
いや、そんな無表情でドヤられても……。
『話して置くべき事は幾つかあるが……まずは緋月の事を話そう』
ずっと疑問に抱いていた。緋月が何者なのかを
『緋月は私が開発した、自動人形なのだ。有り体に言えば、人工知能を与えたロボット、とでも言うべき存在なんだ』
ロボット?そんな感じは一切しない。
肌も艶々しているし感情もある。
これはロボットなのか……?
『通称orgel─オルゴール─。起動には特別な事が必要で、構内粘膜が混ざり合った時にDNAを採取し──』
ちょ、ちょっと待て……ということは。
『ぶっちゃけてディープキスの要領で目を醒ます』
「ぶっちゃけ過ぎだろこのおっさん!?」
「ドードー」
「落ち着きましょう。マスター」
二人に諭され僕は呼吸をして落ち着く。
『緋月は君をマスターと認め、尽くす事だろう。それも忠実に』
目線を緋月に見やる。
さも当然だと言うように軽く頷いている。
『orgel─オルゴール─は人々がより快適に生活を送れるように作り出されたアンドロイドだ。それを理解して欲しい。私はこうして映像でしか君に伝える事が出来ないが、それにやむを得ない事情があるわけなのだが……。いや、それよりも、いいか少年。orgel─オルゴール─はまだ開発途中段階で、未発表のものだ。世間で素性を知られてはならん。気を付けてくれ』
なんだか足早に説明をされて、頭が追い付かない。
これは頭痛の種な気がするぞ。
気を引き締めないとな。
『それと、緋月の他にもまだ二体orgel─オルゴール─は存在する。残りも君が回収し、預かって欲しい。
詳しい理由はまたいずれする。だからこれだけは良く覚えて欲しい。──緋月達を……守れ』
杉並ヒロは険しく、真剣な顔で訴えるかのようにそう言った。
まぁ、とりあえず緋月と、他のオルゴールとやらを預かればいい話だよな。
シンプルな方がわかりやすい。
『尚、この映像が終わると共に爆発する。
……では、健闘を祈る』
「は?」
「え、ちょっと!?」
「二人共、伏せてください」
緋月が僕と鈴音を覆い被さるようにしゃがむと、DVDプレイヤーが爆発音と共に破壊され、そこから煙が昇る。
「馬鹿だろあの人!?」
下手したら家ごと火事だぞ!?何考えているんだよ!
どれだけ強引なんだよ……。嗚呼……まだ使えたのに。
今ではもう手に入らないかも知れないやつだったのにな……無念。
「てか、なんであんなベターで古典的な時代錯誤を感じる手を使ったんだよ……もっと他にもやり方ってものがあるだろうに」
「お兄ちゃん……わけがわからないよ」
「博士は昔からあんな感じでした」
もはやどうでもいい情報をありがとう。
プシューと音を立てて未だ煙が収まらない爆発あと。これ、片付けないとだよな……頼むぞおっさん。次からはこんなめんどうな仕掛け作らないでくれ。
「まぁ、あれだな」
「そうだね」
「どうかしましたのですか?」
「「……」」
鈴音と視線を交わし、声を合わせる。
「「緋月 (さん)、ようこそ!」」
「……はい。これからお世話になります。マスター」
「あれ、私はっ?!」
「鈴音さんもです」
「……えへへ♪」
こうして緋月は家族の一員となった。
それが一時的だとしても、快く迎入れる。それがうちの方針なのだ。
なんだかこれからが楽しくなりそうだ。
「まぁ、それはそれとして──」
「?どうかしましたか?鈴音さん」
鈴音は立ち上がり、僕と緋月を交互に一瞥して目を細める。
「なんでお兄ちゃんの肩に頬をスリスリしてるのかな……緋月さん」
不機嫌そうにトーンが暗い。
「いえ、特に意味はありません」
「ならなんで」
「これは私にインプットされていました。マスターに対しての甘え方です。こうすると、なんだか心が暖かくなってぽかぽかするのです。スリスリ~」
相も変わらず無表情で僕の肩にその白く綺麗な頬を擦りつける。
なんとも言えぬ感触がする。
「……へぇ」
鈴音のさらに暗く、低くなったトーンはより一層怖さを増した。
今にも人一人殺せそうなオーラが漂い禍々しく体から放っている。
いやぁ……なんというか僕、役得?
そんな事を場違いに思ってしまった瞬間だった。