PieceⅡ少女と僕
2035年8月上旬。
最早初夏とは言えぬ猛暑の真っ直中、僕は肩に重さを感じながらテレビを点けていた。
一枚のディスクをレコーダーにセットしてから数十分。その間に僕は冷房要らずの背筋も凍る寒さと、夏に負けないくらいの肌の温もりを両方手に入れていた。それもサンドイッチ状態で。
片や妹の強烈な嫉妬と羨望の視線を受けて、片や肩に頭を乗せて幸福そうな表情をしている。
なんでこうなるんだ。
きっと差出人不明の荷物が届いたのがいけなかったんだ。
僕は映像が切れたテレビ画面を呆然と見ながら昨日の出来事から振り返った。
× × × × ×
しっとりとした艶かしい黒髪から透明で逆光で煌めく白銀の髪へ、瞳は黒曜石の色をした黒(想像)から色そのものが抜き取られたような虚無の白色に変わっていた。
和から洋へ。
服はそのままではあったが、その美しさのベクトルは変わった。
和の美しさから洋の美しさへ。
それはまるで神が与えてくれた、もはや才能とも言える美だった。
しばらくの間目の前に起こる出来事に呆け、見惚れて茫然としていた。
「……おに、ぃ……ちゃん?」
「――あ、と。ん?」
鈴音の声ではっと我に還り今の状況を見直す。
届いた荷物には女の子が入っていて、出したはいいが眠ったように動かない彼女を抱っこしたまま躓いて庇うような格好でソファに着地……したのはいいけど、その時に唇が接触、そして彼女は突然光って止んだと思ったら黒から白へと髪と瞳の色が変わっていた。
そして彼女は名乗った。緋月、と。
その前にもおかしなことが起こった気がしたが、今は目を瞑ろう。
受け入れるには荷が重過ぎる。
「どうかしましたか、マスター?」
顔を傾げて疑問符を浮かべる彼女、緋月。
それはこっちの台詞だが、突っ込み所は豊富だけどスルーしなければ話は進まない。
「その、『マスター』ってのは、僕のこと?」
「はい。私を起動させた貴方様は、システムの認識を通して私の中で御主人様に登録されました」
「……えっと、なんか実感が無いのだけど」
「先程の唇と唇の肉体接触による粘膜摂取で貴方の照合を登録させて戴きました」
「……」
頬が赤くなるのが自分でもわかる。
さっきの不慮の事故を思い出す。
柔らかい唇の感触。女の子の独特の甘い匂い。とろけるような感覚は忘れたくても忘れられない衝撃的な思い出となった。
てか覚えていたのか。寝ていたと思っていたから、知らないかと思ったが……狸寝入りみたいな状態のだったのか…?
「えっと、緋月さん……でいいんだっけ?」
「呼び捨てで構いません。私は貴方様の所有物なんですから」
「ホルダーって?」
「所有物って意味です。マスター」
「そんな……緋月は物じゃないよ」
「いいえ。私は物です。博士の手によって造り出された、オルゴールなんですから」
「……は?いやいや、だって、そんな……緋月は女の子じゃないか。どこにその証拠があるって言うのさ?」
見た目も、感触も、言動も、ちゃんとした人だ。僕はそうだと思っている。
だけど違うのか?
「証拠ならあります」「……え」「私が入っていた箱の中に一枚だけディスクが添えてあったはずです。それを観てください」
言われた通りダンボールの中を探ると、見付かった。
一枚のディスク。
コピーすることが出来ない、DVD-ROMだった。
表面には何も書かれていない。
「……これを見ろと?」
「はい。私に関して記録してあります。それが唯一の証拠で証明です」
そう言って立ち上がり「私はマスターに尽くす為に造られたのです」と続けて僕に抱き着いた。
「え、あ、ちょっ?」
「マスター、御無礼をお許しください」
「……あ、あぁ」
僕はされるがままだった。
「お、お兄ちゃん!」
「んあ?」
今まで様子を見送っていた妹の鈴音が急に声を張り上げる。
「夕飯を作る量が増えたよ!?」
この非日常的な風景を見ての一言がそれかよ。
まぁ、何がなんだかわからない状況と言うのもあると思うが、もう少しましな反応が出来ないものか。
だがもうすぐ夕飯時なのも確かだ。
いつもなら鈴音はキッチンに立っている頃だろう。
「……マスター」
お腹からくぐもった声が聞こえた。
なんだか変な感じだった。
「えっと、鈴音、夕飯の仕度お願い。僕は緋月と一緒に待ってるから」
「うん。わかった。今日も美味しい料理作るんだからっ」
そう意気込んで鈴音はキッチンに向かった。
とりあえず腹拵えが先だ。
DVD-ROMはテーブルの上に置いて、出来たらしい夕飯を食べにダイニングへと移る。
もちろん、緋月も一緒だ。
出来るまでの時間、何をしていたかと言うと、ただの世間話だった。
妹の鈴音のこととか、テレビに映って居たアイドルのこととか、僕の両親のこととか。
まぁ、そんなとりとめ無い話だ。
聞いて面白いようなことなどは特にない。妹の話以外は。
「さ、緋月も座って」
僕の左斜め後ろに使用人の如く直立して待機している緋月を促す。
「いえ、私はここで十分ですので」
「いやいや、そんな所に居られたら落ち着いて食事出来ないから」
「そうだよっ。妹として食を任された身として、一緒に食べることを強制します!」
強制するなよ。あと妹は関係ない。
まぁ、言いたいことはわかる。
「一緒に食べないか?そっちの方が僕としては嬉しいのだけど」
「わかりました。マスターがそういうのであれば、お供します」
では、失礼します。と言って、僕の隣をナチュラルに陣取って座った。
「……お兄ちゃんの隣が」
鈴音は涙目になって僕の逆側に座ってショボンと項垂れる。
まぁ、僕としてはどこでもいいが、妹が兄を求めてくれてるのは素直に嬉しい。
「んじゃ、食べますか」
「そうだね」
「はい」
「ではご唱和ください」
「「「いただきます」」」
手を合わせて食としての命を頂く祈りを捧げてから箸を手に食べ始める。
何事を疎かにしても、あいさつは疎かにするな。家訓として上げられるので、僕も鈴音もそれを守る。
緋月もそれに習ってなのかは定かではないが、同じタイミングで声を合わせた。
それはどこか暖かさを感じた。