俺にはわかる
何でかなぁ、分かっちゃうんだよな。
万馬券を手に、俺はほくそ笑む。
だから、真面目に働かなくても、実家が太くなくても普通に暮らせている。
この力に気付いたのは、小学校三年生の時だった。
「お父さんが死んじゃう!」
おやつを食べていると、突然、父親の自転車が左折の大型トラックに巻き込まれる映像が頭に流れ込んだ。自転車が潰れ、父親は横たわり、赤と黒の液体が道路に広がる。
唐突に叫んだ俺は、母親に、こっぴどく叱られた。
「縁起でもない! 何でそんな事言うの?」
言われて考えたけれど、何故そんな事を言ったのかわからない。頭の中に『父親がトラックにはねられる映像』が浮かんだんだ。
それから三日後、父親は大型トラックにはねられて他界した。
大きな石でも飲み込んだように、胸が重く息をするのも苦しく、何を食べても味がしなかった。
母親に「お前がろくでもない事を言うから!」
と涙ながらに言われ、自分を責めて何度も泣いた。
俺は、未来が視えるのが嫌だったし、先が分かってしまうことで、興味を失うことも増えた。人の生き死には、父親の時も含めトラウマものだった。漫画やドラマの結末や恋の行方などがわかるのは、人生を味気なくした。
だが、この力――予知能力は、悪いことばかりではない。
学生時代は事前に試験問題が視えるから、いつも満点近い点数を取った。社会人になってからは、仕事の業績を上げる最適解がわかるから、昇進も昇級も異常な速さだった。
だが、ある日気付いてしまった。この力があれば、毎日会社に行かなくても、面倒な人間関係に耐えなくても、十分暮らしていけるのではないかと。
早々に退職し、今は、デイトレードや競馬で生計を立てている。
俺の唯一の楽しみは釣りをすること。子供の頃に父親が連れて行ってくれた海釣りが、そのまま俺の趣味になった。父親に教えて貰いながら仕掛けを作り、当たりを待っている時間が楽しかった。
『S浜。今夜は大物が釣れる』
暗い海面に銀色の大きな影が跳ねる映像が視えた。いつになく、ノイズの多さが気になったが。
俺は夜釣りの支度をすると、虚舟の伝説があるS浜に向かった。良く釣れる場所を知っている。
満月だった。白く広大な浜辺に俺しかいない。
俺が好きなのは投げ釣りだ。
竿を振りかぶって、暗い海にルアーを放つ。
当たりを待っていると、ウキがモゾモゾしてから、ゆっくり沈んだ。
ビンッ!
強い引きがあった。竿が折れるかと思う程しなり、リールを巻く手に力を込める。格闘した相手は、80cmくらいのシーバス(スズキ)だった。
「これこれ! 大物じゃん!」
予知が的中したので俺は上機嫌になった。
どうやって食おうか。刺身、ムニエル、煮付け、塩焼き。持ち帰ったら母親も喜ぶだろう。
もう一匹釣れないかな。欲が湧いた。
頭の中の映像は、更なるノイズで断片的になったが、海面に大きな銀色が視えた。
俺は、再び暗い海にルアーを投げる。
その瞬間、頭の中が真っ白になり、何も視えなくなった。こんな事は初めてだ。
しばらくすると引きがあったが、今まで経験したことのないような手応えだった。
妙に重く、不規則な抵抗。
「何だ?」
独りごちりながら、慎重にリールを巻いて行くと途中で糸が撓んだ。急に軽くなったが、それでも巻いて行く。
波間から人影が現れ、手が止まった。
こちらに向かって、遠浅の浜をゆっくり歩いて来る。
「ひっ」
思わず身を竦める。背筋がぞくりと凍った。
が、幽霊ではない。しっかりとした足取りだ。
こんな時間に海に入っている人がいたのだろうか。俺の予知にこの映像はなかった。
若い女性のようだ。
色白の顔に赤い眉。赤髪をポニーテールに結っているが、長いテール部分だけが白く、海風に揺れている。
水着でもウェットスーツでもない。見たことのない奇妙な服装。布なのか、何か他の素材なのか光沢があり、ゆったりとしている。
手に微かに音がする箱のような物を持っていた。
女性は俺の正面に立つと、黙って自分の髪を指差した。
よく見ると、髪を結った部分に俺のルアーが引っ掛かっていた。
「す、すみません。頭に当たりましたか? 大丈夫ですか?」
しかし、女性は無言だ。
取れという事だよな。口を利くのも嫌なくらい怒っているのだろう。
「失礼します」
そう声を掛けて、俺は女性の髪に手を伸ばし、絡んでいる糸とルアーを外した。不思議なことに髪は濡れていなかった。よく見ると、服も濡れていない。
女性はじっと俺を見ている。
「えっと、すみませんでした。まさか、海に人がいると思わなくて」
女性は薄く微笑み、手に持つ箱を操作したように見えた。ピッ! 小さな音がした。
ボコボコボコボコ!
暗い海が沸き立ち、何かが浮上する。丸みのあるシルエットが水平線を途切れさせ、寄せる波に乗って砂浜に漂着した。
俺はLEDランタンの光を向けて息を飲んだ。
メタリックに鈍く輝く、巨大な丼を二つ合わせたような銀色の物体。表面には枡格子にガラスを嵌めたような窓が付いている。
インターネットで見た虚舟にそっくりだ。
「○△★*×◆」
知らない言葉を発しながら、それを指差す女性。
乗れということらしい。
何だ? 俺の足は勝手に舟に向かい、女性と共に乗り込んだ。細かく振動している舟の中はひんやりとして暗い。
頭に霧がかかっているみたいで、ちゃんと考えられず、この先どうなるのか、俺にはわからない。
物心ついて初めて、全く先が見えないのだ。
俺以外の人間は、ずっとこんな状態で生きて来たのか。俺の心臓は胸を突き破りそうに激しく打っている。息が荒くなり、冷や汗が噴き出した。まるで、アイマスクをして見知らぬ場所を歩くようだった。
怖くもあり、何が起きるのかわからないのが楽しい気もした。だが、この見知らぬ舟の中で俺にできることは何もない。
舟は上部のハッチを閉めると、静かに海中に潜り始めた。
耳栓をされたように世界から音が消えた。




