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9.魔王からのご褒美

 魔王城であてがわれたフェリスの部屋のバルコニー。そこで、フェリスは外の風景を眺めていた。

 マオは珍しく用事があると言い残し、姿を消している。


(あーあ、本当に王都を花いっぱいにしちゃったわ)


 せっかく授かった闇魔法は、どうしてちゃんと発動しないのだろう。フェリスが知らないだけで、なにか使用方法的なものがあるのだろうか。

 そう言えば、とフェリスは妹分として可愛がっていたミリアを思い出す。彼女は魔法を使う時、呪文を詠唱している。


 魔法を使うのに、呪文の詠唱は必須ではない。事実フェリスは、聖魔法を使う際の詠唱はしない。

 人によってこれは向き不向きがあるらしく、ミリアは詠唱しなければ本来の力を発揮できないと言っていた。


「わたしも詠唱した方が良いのかしら?」


 なにしろ闇魔法だ。聖魔法とは勝手が違うのかもしれない。

 詠唱の文言は完全に術者の自由だ。術者の力を込められるならなんでもいい。


「なににしようかしら。これでちゃんと発動するかしら。今度こそリオンたちにぎゃふんと……」


 意気込んで拳をにぎり、不吉なことを思い出す。僕たちは勇者には勝てないという、マオの言葉を。

 マオが言うにはこの世界はゲームで、主人公はリオン。リオンが魔王を討ち倒す物語だと。

 その物語のせいで、魔王は勇者に負ける運命だと言うのだ。

 マオはリオンと戦った際、なぜか手加減してしまって勝てなかったと言った。この世界がゲームだとして、そのしなくて良い手加減のせいで魔王は勇者に勝てない。倒される。

 そういうストーリー。


 もちろん、その話を信じたわけじゃない。いくら魔王マオの言うことでも、さすがに荒唐無稽過ぎる。

 だけど、無視することも出来ない。


(それに、そんなの理不尽だわ)


 リオンは勇者だから、マオより弱くても勝てる? そんなの、リオンにもマオにも失礼だ。リオンは、そんなことを喜ぶような人物ではない。


「じゃあ、わたしは……?」


 マオの言うゲームとやらでは、フェリスは闇堕ちなどしないと言う。ならば、その結末は誰にもわからない。

 勝機があるとすれば、闇堕ちした自分の存在が鍵、なのだろうか。

 マオのこの世界はゲーム! はまだ信じられない。それでも、マオが言うようにリオン達に勝てるよう対策を考えておくのは必要だろう。ゲームだろうがそうでなかろうが、役には立つ。


(でももし本当にリオンには勝てないんだとしたら、どうしよう……嫌だな)


 一生懸命身を粉にして人のためにと働いて来た。闇堕ちしてしまうくらいだから、我ながらよくやっていたと思う。

 それが辛くなって反旗を翻したら、断罪される。頑張って頑張って尽くしていたのなんて全部無駄だった。頑張るものが馬鹿を見るなんて、理不尽過ぎる。


「はぁ……」


 ひとつため息を付き、空を見上げ——そこに黒い点を見つけた。それはこちらへと向かっているようで、だんだんと大きくなって来る。


「マオくん!」


 それはマオだった。もちろん子供の姿だ。その腕には、紙袋を抱えている。


「フェリス様! お待たせ!」

「え、待ってはないけど……って、マオくんから良い匂いが……」


 バルコニーに降り立ったマオから、甘い香りが漂う。正確には、その手に持った紙袋から。それに、考える間もなく鼻が反応した。


「へへ、ほらこれ」


 紙袋の口を開いて、マオが中を見せて来る。その中身に、フェリスは思わず歓声を上げた。

 それは、祈りのシュークリームだった。


「まままマオくん、買いに行ってくれてたの⁉︎」

「というか、作り方を習いにね」


 祈りのシュークリームは、夜しか売っていない。それに王都は遠いし、闇の力に敏感な勇者がいる。


「となると、自分で作った方が良いかなって。ファンタジーだしゲーム内時代考証はそれほどきつくなかったみたいで、割となんでもあるみたいだから」


 祈りのシュークリームを売っているカフェ〈聖夜の灯火〉の店主に魅了魔法を使い、作り方を学んできたとマオが胸を張る。


「リオンに勘づかれないかは心配だったけど、手早く教えてもらって来ました。これ、僕が作ったんですよ」

「作れるの……?」

「はい、覚えてきました。シュークリーム自体は僕、もともと作れるんで。あとは細かなコツを聞くだけですから」


 シュークリームを、作れる? 魔王が?


「え、どうして作れるの⁉︎」

「僕、パティシエになりたかったんですよ」


 うふふと笑ったマオが、紙袋の口を閉じる。


「ぱてぃ……?」

「パティシエ。スイーツ作りの専門家です」

「えっ⁉︎」

「ちゃんと、専門学校に通って勉強してたんですよねスイーツ作り」


 そうだ、マオは前世で日本という国で生きていたと言っていた。

 転生があるかはわからないが、マオを信じるならそうなのだろう。スイーツ作りなんて、まともな魔王ならするわけがない。まともな魔王の定義は、わからないけれど。


(でも、それ信じるとゲームっていうのも信じることに……)


 そこには納得が行かないが、マオがスイーツを作れると言うのは朗報だ。


「あれ? じゃあ昨日のクッキーも?」

「はい! 僕が推しのイメージで作りました!」


 良い笑顔で答えたマオに、胸が熱くなる。あんな美味しいものを作れるなんて!

 しかも、祈りのシュークリームの作り方もマスターして来たのだ。あまりに良いニュース過ぎる。


「すごい」

「僕が作れたら、フェリス様もなくなるの気にせず好きなだけ食べれるでしょ?」

「マオくん……!」

「僕、前世でもフェリス様に食べてもらいたいスイーツいっぱい試作してたんですよ。SNSでバズったこともあるくらいです。フェリス様のドレスイメージのひらひらをぐるっと付けて、至る所に聖花をあしらったホールケーキとか……フェリス様推し界隈でそれなりに知名度上がりましたねあれは」


 マオがなにを言っているのか全然わからないが、スイーツが食べられることだけはわかった。

 今までの頑張りが、やっと報われた気分だ。


「というわけで、今からあのでっかい湖にピクニックに行きましょ!」


 ウィンクしたマオが、闇に包まれた。その姿が歪んだと思うと、ぐんと大きくなる。闇が晴れると、そこにいたのは漆黒の髪と真紅の瞳の美青年。

 わあ……と思わずほうけた声が出てしまう。何度見てもあまりに美青年だ。魔王を封印した時もこの姿だったはずだが、あの時は闇の邪悪さに包まれていて、そちらに気を取られていたからわからなかった。


「はい、これ持ってください」


 祈りのシュークリームの紙袋をフェリスに渡し、マオが颯爽とフェリスを抱き上げる。


「きゃ!」

「推しがかわいい……僕、ずっとフェリス様のためにスイーツ作ってたんです。フェリス様と一緒に食べるイメージして。その夢が叶うなんて夢みたいです」

「マオくん……」


 推しと言われるのは、さほど抵抗はない。聖女とはそういうものだ。

 だが、その推しになにかをしてくれた人がいたかというと、そうではない。皆、フェリスの姿を見てきゃーきゃー騒ぎはするしありがたがる。それだけだ。

 スイーツひとつ、差し入れてくれた人はいない。いや、いたのかもしれないが、それは自分のもとには届かなかった。

 聖女様は質素倹約の人だと、プレゼントは全て下賜されていた。大聖女とはそういうものだと言われていたし、それを信じていた。


「フェリス様のためにたくさんスイーツ作りますね。それ持ってあちこちピクニックへ行きながら、作戦会議すれば楽しいでしょ?」


 マオの身体が浮き上がる。優しい風がほおをなでた。


「フェリス様は、今までずっと頑張って来たんです。世界滅ぼす前にうんと楽しいことしても罰は当たりません」


 これまでのフェリスを肯定し、労ってくれるマオ。その優しさに、胸が熱くなる。

 嬉しい。

 魔王城がぐんぐん小さくなり、景色が流れて行く。


「それに、リラックスした方が良い案浮かぶかもしれませんし!」

「そ、そうかな……うん、そうかも」


 祈りのシュークリームの袋を大事に胸に抱え直す。なんだか、胸がどきどきして苦しい。それなのに、ほおが自然とゆるむ。

 マオが自分のために作ってくれた祈りのシュークリームを持っての、人生初のピクニックだ。

 旅なら魔王封印の時に勇者一行としたが、旅を楽しむなんて余裕はなかった。

 眼下では、ゆっくりと景色が流れて行く。

 やがて、前方の森の中に突如キラキラ輝く水面が見えて来た。上空から見ても海のように広大だ。

 マオが高度を落としていく。下に降りるにつれ、視界に水面が広がっていく。

 やがて、湖畔へと二人は降り立った。


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