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6.空中散歩

「さ、フェリス様」


 にこにこしながら目の前で腕を広げているのは、大人マオだ。

 世界滅ぼすぞ計画の最初は、やはり王都襲撃。王都を闇で覆い尽くして、フェリスを断罪した奴らへの復讐をする!

 と言ったら、こうなった。


「え〜っと……」


 さすがに、大人の姿になられると気恥ずかしさが何倍にも跳ね上がる。なにしろ、相手は同い年の男性なのだ。

 昨夜は容姿についてはあまりなにか思う余裕はなかった。子供マオの面影は確かにあるなとか、思ったのはそれくらいだ。

 ところがどうだ。明るい場所で見ると、まるで彫刻のような美しさだ。

 

「マオくん……そ、その服、どうなってるの、かな〜?」


 すすす……と視線をそらしつつ、時間稼ぎに小さな疑問をぶつける。

 大きくなったり小さくなったりするのに、マオの服はどちらの姿でもぴったりサイズだ。


「あ、これ? 特別な糸で作った布なんですよ〜! 魔力を注ぐと伸縮してサイズの変わる形状記憶っていうか! フェリス様のドレスも今度作りましょうね!」


 マオは爽やかにそう返して、広げた両手をパタパタと動かした。

 マオはマオで引く気はないらしい。


「あ、歩いて行くのは?」

「歩いてなんてかわいい。でもフェリス様、歩いてどんだけかかると思ってます?」

「あー……そうよね」


 フェリスは一度魔王討伐にリオン達と旅に出ている。

 魔王を封印したのはもっと王都に近い場所だったが、それでも往復で一ヶ月半ほどはかかった。魔王城の正確な位置は把握していないが、闇の結界までの距離はかなりある。


「でも、飛べばあっと言う間ですよ」


 いい笑顔でほらほらと手を広げるマオに息を飲む。

 抱いて連れて行ってもらうということは、大人マオと密着するということだ。

 昨晩はリオン達と対峙していたためそこまで考えていなかったが、今は非常時ではない。


「恥ずかしいんですか?」

「ちちち違うし!」

「抱っこが嫌なら、復讐なんてとても出来ませんよ?」

「だ、だめよ! 絶対に復讐するんだから!」


 はっとしてマオに歩み寄る。復讐のためなら、恥ずかしさなんて我慢しなければ。


「お姫様、失礼します」


 恭しく一礼したマオが、さっとフェリスを胸に抱き上げた。ふわりと浮いた感覚に小さな声がもれる。

 気がつくと、フェリスの頭はマオの顔を至近距離から見上げている形だ。大人になり、鋭利になった顎の線に思わず息をのむ。

 これは、紛うことなきお姫様抱っこ。


「おおお、重くない⁉︎」

「全然! むしろ羽みたいに軽いです。もっと美味しいもの食べましょうね」


 そう言った時には、すでにマオの身体はフェリスごと空中に浮いていた。

 ほおを打つ風に目を細めると、風がおさまる。マオが魔法で遮断してくれたらしい。

 ゆっくりと首を巡らせ、景色に視線を向ける。


「きれい」


 魔王城を取り囲む森林は、陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 その森をあっという間に抜け、闇の結界を越える。しばらくなにもない地面が続き、やがて人の住む痕跡がちらほら見え始めた。人に見つからないようにと、マオが高度を上げていく。


「落っこちたら死んじゃうわね」

「推しを落とすわけないじゃないですか」


 ぎゅっと力の入ったマオの腕に、どくんと胸が跳ねる。

 相手はマオとはいえ、成人男性と密着なんてイベントはフェリスの人生で初だ。


(いや、マオくんはもともと大人なんだった。や、やだ……もともと! 大人‼︎)


 しかも、その成人男性は、フェリスを推しと言い、かわいい尊いと連発してくるのである。

 極め付けには姫抱っこ。


(冷静に考えると、意味わかんない‼︎)


 そうだマオはちょっとおかしな妄想癖というか、想像力豊かというか、そういうところがある。フェリスを推しているのだって頭を打ったせいかもしれない。

 そう思うと、なんとか胸の鼓動はおさまった。


「マオくん、わたしを抱えて飛べるとかすごいわね」


 見下ろす風景はゆっくり動いているように見えるのに、気がついたら景色はあっという間に変わっている。

 良くはわからないが、すごいスピードで飛んでいるのだろう。


「推しに褒めてもらえるとか、ほんと魔王に転生して良かった……」


 心底嬉しそうに笑ったマオの整った顔が、無邪気に輝く。子供マオだったなら微笑ましく思うだろうその表情に、胸がきゅっとなる。

 自分の全てを認めてもらえている。貧乏性なことも、運が悪いことも、不注意も、フェリスの恨みも悲しみも全て。

 眼下には、大小の街が流れて行く。どこかできっと国境を越えたはずだ。


「そろそろ王都上空に着きますよ」

「う、うん……!」


「見つかりにくくするためにちょっと偽装しておきますね」


 マオが言った途端に、青い光が二人を包み込んだ。特に視界を遮るような感じでもないが、うっすら世界が青く染まる。


「下から見上げたら、かなり見えにくくなりますから」


 そう言う間に、見覚えのある建物が眼下に姿を現した。

 聖女としてフェリスが過ごしていた神殿と、それに付属する建物だ。神殿の向こうには、連なるようにして王城が建っている。その敷地はかなり大きいものの、上空から見れば————。


(まるで、おもちゃみたい……)


 地上にいると見上げるしかない建物も、全部小さい。街だって、端から端まで視界に入る。中にいると大きな街だと思っても、空からみるとこんなにちっぽけだ。

 あんなちっぽけな場所で、闇堕ちするまで頑張っていたのだと思うとなんだか虚しい。


 やっぱり、自分を散々働かせた上、なんにもしていないのに断罪しようとした奴らには復讐しなければ。

 いや、こんな世の中一度壊してしまった方がいい。世界、滅べ!


「今度こそわたしの闇魔法で!」

「おっ、その意気ですフェリス様! どーんと行ってください!」

「うん!」


 胸に手を当てる。そこに、闇の拍動がたしかにある。

 手を離すと、そこには闇がまとわりついていた。闇はフェリスを、そしてマオを覆い大きくなっていく。


(王都を全部覆うなら、そうだわ)


 視線を上に向ける。

 せっかく上空にいるのだから、ここから闇の雨を降らせればいい!

 渦巻く闇がふわりと上に移動して行く。フェリスとマオのさらに上で闇が集まり——。


「闇の雨よ! 王都に降り注げーっ!」


 闇が弾けた。

 雨と言うよりは流星のような勢いで、尾を引きながら王都全体へ向けて降り注いでいく。


「みんななくなっちゃえ!」


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