4.勇者一行と魔王
「げ……!」
見ずともわかる、フェリスのよく知る声。
公園の入り口に視線を向けると、そこには三人の人影があった。
声は、中央に立つ金髪の青年が発したものだ。その手には、かつてフェリスが聖力を込めた聖剣が握られている。
「俺は、勇者リオン!」
「知ってるわよ!」
さすがは勇者、闇力を感じて駆けつけて来たのだろうか。
リオンの力は、圧倒的な聖であり光。その勇者たる力を知っているからこそ、フェリスの背が冷えた。
やっぱり勇者は自分を倒しに来るのだ。かつての仲間は、見逃してもくれないのだ。虚しさが全身を襲い、祈りのシュークリームの入った紙袋を取り落とす。
くしゃっと地面で音を立てたそれに、罪悪感が浮かんだ。
(友達だと思ってたのに! 人でなし!)
リオンは気さくで良いやつだ。同い年というのもあってか、聖女であるフェリスにも変な遠慮がなかった。そして親切で優しかった。
明るく、正義と善良さが人間になったらこうなるだろうというほど、まさに光属性。
「わた、わたしは魔法使いミリア! フェリスお姉さまぁ、ご、ご、ご覚悟……」
あわあわと名乗ったのはミリア。フェリスをお姉さまと慕ってくれていた良い娘だ。
三つ年下の十六歳でまだまだ若いものの、勇者一行に加わっている実力は伊達ではない。
「ミリア、落ち着いて口を大きく動かすのよ」
「は、はひぃ!」
いけない、ついいつもみたいに話してしまった。敵になったとはいえ、まだ妹分の存在はフェリスの中にあるらしい。
「戦士ガルド。フェリス様に恨みはないが、闇堕ちしたんじゃ仕方ねぇな」
「もう! わたしまだなにもしてない!」
筋骨隆々のガルドにべえっと舌を出す。
ガルドは六つも年上だが、気さくで陽気でムードメーカーだった。
魔王討伐の道すがらだって、皆をいつも笑わせてくれていた良いやつ。
みんな良いやつだった。それがこの手のひら返し。
闇堕ちしたのは事実だが、あまりにもひどい。
「フェリス様のことは今でも尊敬しているが、こうなっては討伐するしかない! その役目、この勇者リオンがつとめる!」
剣を構えたリオンが、一歩前に出る。その後ろで、ミリアとガルドもそれぞれ杖と剣を構えた。
(人気のない夜の公園とはいえ、ここは王都。ミリアの魔法は派手には出せないとして……リオンとガルド二人は相手に出来ないわ。逃げなきゃ)
まだベンチに座ったままのマオを横目でうかがう。
マオは、落とした残り一個の祈りのシュークリームを、ちゃっかり食べていたらしい。ぺろりと舌で唇をなめ、跳ねるように立ち上がった。
「あのさ、フェリス様は僕の推しなんだよね」
フードの下の赤い瞳が、怪しく輝いている。
「なんだお前ぇ⁉︎」
「ガルド、気をつけて! そいつからも闇力を感じる!」
「ふぇぇ⁉︎ ああああの子供から⁉︎」
やはり勇者、闇力をちゃんと判別出来るらしい。
「推しってもう全てなんだよね。推しを推すために生きてるのに、それを奪うとか許せないよ」
マオの手が、ゆっくりと外套のフードを外した。
そこから出て来たのは、魔王の証たる角。
「————ッ、魔王‼︎」
「そうだよ、勇者リオン」
にたりと笑ったマオが、舌なめずりをした。それは子供の姿なのに、かなりの威圧感を発している。
なんだかんだ言って、マオはちゃんと魔王なのだ。
「なるほど、点と点が線になったよ。そういうことか」
リオンがぎりぎりと歯を噛み締めた。
なにがどう線になったのかはわからないが、リオンは苦しそうに顔を歪めている。
「ならお前から滅ぼさなければならないな魔王‼︎」
「出来るものならやってみればいいよ。ふふ……」
マオは、外套の下から短剣二本を取り出し構えた。
まさか、勇者相手に短剣で⁉︎
「ま、マオくん……!」
「フェリス様はそこで待っていてくださいね」
マオの周囲を、闇を纏った風が吹いた。その風が切れた瞬間、睨み合った二人が同時に地を蹴る。
金属の擦れる高い音とともに、二人が切り結んだ。聖剣の刃をクロスさせた短剣二本で受け止めた形だ。
聖剣が輝き、夜の公園を照らした。
「くっ、さすが推しの聖力は凄い! フェリス様の聖力に焼かれたいッ!」
「この聖剣で焼いてやるとも魔王め!」
「お前には嫌だな。僕を焼ける人がいるならフェリス様だけだから!」
二人の刃が離れ、また切り結ぶ。
「フェリス様、覚悟!」
「きゃー!」
リオンとマオが戦っている横を、剣を抜いたガルドが駆け抜ける。
マオに気を取られていて反応が遅れた。
(うわぁ死んだわ。死んでも祟ってやるから!)
剣をふり上げ切りかかって来たガルドに、フェリスは身を縮めた。
しかし、その衝撃は訪れなかった。ガルドの身体が横に吹き飛ばされたからだ。
「え?」
「推しに指一本でも触れてみろ、僕が八つ裂きにしてやる!」
「魔法とは卑怯だぞ!」
リオンの理不尽な叫びに理解する。ガルドはマオの魔法で吹き飛ばされたのだ。
離れた暗がりで、地面をもごもご動いている影がある。あれがきっとガルドだ。
「卑怯はどっちだよ! 手加減して魔法使わないでやってたのに!」
叫び返したマオの頭上に、無数の火の玉が打ち上げられた。その火の玉が、マオめがけて一直線に急下降する。
ミリアだ!
「マオくん!」
身体の奥底から、闇力がわき上がる。
その力が瞬時にマオとリオンの上に展開し、巨大な蜘蛛の巣を空中に描き出す。
火の玉はその蜘蛛の巣に全て受け止めらた。ぼっと蜘蛛の巣から火が上がり——ぱァン! と弾けた。
蜘蛛の巣一本一本が次々に弾けていくせいで、あたりに一面に火花が散る。
「きゃー! やだー!」
降り注ぐ火の粉を避けようと頭を覆って走り回るが、勢いは衰えない。
まだミリアの魔法の威力を殺せていないのだ。
「あわわわあつ、あちち、ぎゃわわわ」
意味不明な悲鳴はミリアのものだ。
火花は地面にぶつかると、黒く光った。そこからにゅるにゅると黒い荊が伸びた。
まるで昼間のように明るくなった公園で、五人は火花に追われ、荊の蔓に足を取られていた。
「なんだよこれは⁉︎」
「この隙に! ガルド!」
火花をものともせず、マオに突進しながらリオンが叫ぶ。
「そうはさせないよ?」
マオの短剣が闇を吐きながら鋭く聖剣を弾いた。その力にたまらず、リオンが聖剣を取り落とす。
リオンの脇腹にめり込んだマオの足が、彼を吹き飛ばした。
再度フェリスに向かって走り出したガルドの前に立ち塞がり、その剣を受け止める。
二人の足元に落ちた火花からも荊があふれた。押し合う二人の足を絡め取って行く。
「マオくんッ!」
「ちっ、なんだよこれはッ痛ぇ! だが身体の大きい方が有利だなァ‼︎」
腰の辺りまで荊に絡め取られたマオが、ガルドの剣に押されている。と思えば、ガルドの足を荊が引っ張り二人の身体がぐらつく。
なんとか助けられないかと闇力を引き出そうとして、視界の端に映った金色に視線を向ける。
立ち上がり聖剣をつかんだリオンと目が合った。
なにも言葉を発しないまま、鋭い剣先がフェリスへと迫る。
「リオンのバカぁっ!」
降り注ぐ火の粉から、凶悪な黒い荊が生まれリオンとフェリスの間の地面を覆う。
「く、こんなもの!」
リオンに伸びた荊を、聖剣が薙ぎ払った。
鋭い切っ先を正確にフェリスの心臓へと向けて来る。その瞳に、かつてフェリスに向けられていた親愛の色は一切ない。あるのは、勇者としての熱い使命感だけだ。
「ひっ……!」
後ずさるフェリスの足首に、荊が絡みついた。
動けない。逃げ場がない。
ふり上げられた聖剣が、炎の光を反射して残酷に輝いた。
(あ、死ぬ――——)
とっさに顔を庇った。火の粉が降り注ぎ、フェリスの前に荊を発生させた。凶暴に蠢く荊が聖剣の一撃をフェリスから守り、リオンを絡め取る。
「ッ! このっ!」
荊の棘がリオンの顔を歪めさせる。しかしリオンは止まらない。自らが傷つくことなど一切かえりみず、荊を力任せに引き千切る。
万事休す。
「覚悟!」
「やだぁ‼︎」
叫んで後ずさったフェリスの足が、急に荊に引っ張られた。
「ひゃっ⁉︎」
仰向けに倒れたフェリスの上を、聖剣が一閃した。空を切った聖剣に引っ張られたリオンの身体が、前につんのめる。
そのまま、フェリスの上に倒れ込んだ。
「うっ……!」
突然の衝撃と圧迫感に息が止まった。フェリスの上には、聖剣を手にしたリオン。
さすがに成人男性の身体は重く、逃れようとばたつくがどけることが出来ない。
(もー! なんで闇魔法ちゃんと発動しないの!)
目に涙が浮かぶ。泣いている場合ではないが、もはや勝ち目なんてない。
フェリスに出来ることと言えば、口を動かすくらいだ。
「ちょっとどきなさいよリオン!」
「君こそ腹を括るんだフェリス様! 民はまだ君の闇堕ちを知らない。このまま大聖女として死んでくれ!」
馬乗りになったリオンが、左手でフェリスの胸を押さえつけた。背中が地面に付く。
勢いはなくなって来たものの、まだ降り注ぎ続けている火の粉で周囲は明るい。リオンの表情までよく見える。
そのフェリスを見下ろす顔は、影が落ちているせいもあり辛そうに見えた。
(なによ、まるでわたしが全部悪いみたいじゃない)
友達だと思っていた人たちすら、フェリスの言い分を聞いてくれない。
それどころか、先陣を切って討伐に来るなんて。
フェリスの脳裏にいつかの記憶がよぎる。フェリス様は俺たちが守るから。旅の途中、焚き火を囲んでそう笑ってくれたのは誰だったか。
あの優しい金色の瞳は今、辛そうに歪みフェリスを見下ろしている。その辛さの中に、フェリスの命を奪うという決意をにじませて。
(リオン、どうして)
どうして、そんな目をするのだろう。ただ、みんなの役に立ちたかっただけなのに。そしてその通り、フェリスは十分働いて来た。
そしてやっと初めて、自分のために美味しいスイーツを食べられた。
(そんなささやかな幸せすら、あなたたちは許してくれないの?)
悲しみは一瞬で、ドス黒い怒りへと変わった。
(ふざけないでよ……!)
闇堕ちしたとは言っても、フェリスはまだなにもしていなかった。闇力を得ただけでなにも。
それなのに、ありもしない罪をなすりつけ断罪し、ささやかな幸せすら許されないなんて。
「リオンなんて大嫌い! 祟ってやる! 覚悟しときなさいよ!」
「良いよ、君の祟りなら受け止める」
リオンの声がなぜか優しく響いた。その手が聖剣をフェリスの喉に向け——吹き飛ばされた。
慌てて身体を起こすと、リオンとの間にマオが立ち塞がっている。
ガルドはリオンのさらに向こう側で倒れており、ミリアはもっと後ろで木の影に隠れるようにしてこちらの様子を伺っている。
立ちあがろうと地面に手を着き、その手を荊の棘が刺した。敵味方構わず傷つける不完全さに、情けなくてまた涙が浮かんだ。
「うーん、僕の方が絶対に強いのに……やっぱり勇者補正があるよな」
マオの声が、急に低く響いた。公園の空気が、重く歪む。
マオの体が闇に包まれ、それが膨張していく。少年の姿が、みるみるうちに————。
「————ッ⁉︎」
リオンが、目を剥いた。正確には、その場にいた全員が。
そこに立っていたのは、漆黒の髪をなびかせた長身の青年だった。
真紅の瞳は、まるで血の海。
角はより長く、鋭く、威圧的に伸びている。
サイズの小さくなった外套を放り、マオは肩をすくめた。
「でもさ、せっかく推しに会えたんだから運命変えたくなるよね。推しは推せる時に推さなきゃ後で後悔するんだから」
にやりと笑ったマオが、短剣をしまった。
立ち上がったリオンと対峙する。
「えっ、えっ⁉︎ マオくんがおっきく……⁉︎」
魔王。
フェリスが勇者一行と封印した魔王。その姿が目の前にあった。
火花が散り終わる。暗闇が訪れようとした公園の地面を、発光し始めた荊が照らした。
そう思ったとたんに、ぽんと弾けた荊の中から白く可憐な聖花の花びらが次々と舞い散った。地面には聖花が咲き、一面に甘い香りが広がる。
敵も味方もなく、荊で傷ついた場所が癒され消えて行く。聖力だけがなせる技だ。
「わあ、フェリス様やっぱり聖力が強いんだなあ」
「え、マオくん? え?」
「まあまあ。フェリス様、ここは一旦引きましょう。勇者補正の対策を練らなくちゃ」
「えっ? えっ⁉︎」
戸惑っている間に、マオがフェリスの側に走り寄った。
「失礼しますね、フェリス様!」
「ぴゃ!」
マオがフェリスの側に屈んだと思った時には、すでにフェリスはマオの胸に抱き上げられていた。
そのまま、マオの身体がすっと空中に浮き上がる。どんどん増す高度。
「わ、わわ……」
「もう夜遅いですからね。魔王城へ帰りましょう」
にっこり笑ったマオの顔は、もう子供ではない。
フェリスを抱く腕も力強い。声も低い。子供らしい丸い輪郭ももうない。
至近距離で見上げると、たしかに子供マオの面影がある。それなのに、その面影が霞むほど今の大人マオは艶めいていた。
変わらないのは、封印した魔王とは違って邪悪さがないこと。
(な、なにがなんだか……ていうかリオンたちやっぱり本気だったな……)
ツンと鼻の奥が痛みを訴えた。ほおを打つ風の冷たさに、マオの体温が余計に際立つ。
自分は本当に闇堕ちして、今は魔王と世界を滅ぼす存在になったのだ。かつての友達は、フェリスを討伐しに来る勇者。
(うう、人生が不運すぎる……)
こぼれ出した涙を隠すように、マオの胸に額を埋めた。
「泣いてる推しも尊いけど、僕がフェリス様を笑顔にするんで」
低い声がフェリスの耳朶をかすめたが、それは風の音で聞こえなかったことにする。
なんだか恥ずかしい。
(そうよ、こうなったら世界、滅ぼしてやるんだから……!)




