23.聖力の制御
左手を天に掲げる。そこから飛び出した闇の塊が、群衆の頭上を飛び越え馬車へと迫った。
誰かが闇の塊に気づいて悲鳴を上げる。だが魔法は放たれた後だ、止めることは出来ない。
「行けぇっ!」
フェリスの叫びに後押しされるように、闇の塊が馬車の側面に激突する。穴を開けることは出来なかったが、衝撃で馬車が傾いた。
驚いた馬が暴れる。その勢いで、傾いていた馬車が完全に横倒しになった。群衆から悲鳴が上がる。
「やったわ!」
地面に投げ出される瞬間に馬車から飛び降りた御者が、慌てて暴れる馬をなだめている。
息を吸ってしまったせいなのか、思ったほどの威力は出ていない。馬車の壁の一部が陥没しただけだ。とはいえ、聖力をこれまでよりも抑えられていたのは明らかだ。
「聖花が出てないわよマオくん!」
「す、すごいよフェリス」
心なしかマオの声が暗い気がしたが、気のせいだろう。ずっとフェリスをサポートして、応援してくれていたのだから喜んでくれているはずだ。すごいと言ってくれたのだし。
そう気を取り直して、もっと良く見ようと背伸びをする。
馬車は、護衛たちに取り囲まれていた。
幸いにしてドアを上にして倒れたため、護衛たちが上に登りドアを開けて中へと声をかけている。
どうなっただろう。復讐出来ただろうか。恐ろしさに震えていればいいのに。そんな暗い気持ちが胸の奥からわき上がってくる。
(わたしを大聖女に据えていいように使ったのに、王子たちは誰もわたしを娶りたくないと揉めて。そんな息子たちを諌めることもしなかったし)
別に王子と結婚したかったわけではない。それでも、押し付け合いをする王子たちの姿には少し傷付いた。
それでリオンが慰めてくれて……。
(でも結局みんなわたしのことなんてどうでも良かったんだわ)
護衛が中へと手を差し伸べた。豪奢な服を着た国王を引っ張り上げている。
引き上げられた国王は、青白い顔をしていた。いつも上品なほほ笑みを浮かべているのに、今は見る影もない。それが、フェリスの胸に高揚感をもたらす。
今までフェリスを蔑ろにしたからそうなるのだ。つまり、日頃の行いである。
(今更後悔しても遅いんだから)
国王が、護衛に抱き抱えられて地面へと降ろされた。その後ろでは、王妃が救出されている。
王妃のほおは、涙で濡れていた。地面へと降ろされた王妃が、国王へと駆け寄る。
「あなた、大丈夫ですか⁉︎」
悲鳴のような声。仕返ししてやったという優越感をもたらしたその声に、国王が顔を上げた。
縋り付いた王妃をなだめるように、その背をなでる。
「なにが起こったのだ?」
「どこからか魔法が飛んで来て馬車を直撃しました! 護衛の不得と致すところ大変申し訳————」
「いや、いい。その魔法はきっと神のお導きだ。命拾いしたよ」
「んっ?」
思わずフェリスののどから変な声が出てしまう。命拾いしたとは? どういうことだ?
「マオくん……?」
そう言えば、詠唱の最後に息を吸ってしまった。あれが良くなかったのかもしれない。
まさか、またやらかしたのでは……。
「あれ? どういうことでしょうね?」
マオが首を傾げた。フェリスを見上げて、でも闇力出せてましたよと頷く。その子供の手が、元気付けるかのようにフェリスの手をにぎった。
「王は、馬車の中で急に苦しみ出して……一時心臓が止まっておいででした」
涙を流しながら護衛たちに説明する王妃に、顔を見合わせる。
フェリスが闇魔法を放つ前にもう心臓は止まっていた? であればなぜ、今生きているのか。
「それが、突然の衝撃で息を吹き返して……良かった、本当に良かったわ」
群衆もわあっとわき上がった。国王陛下万歳の声がこだまする。
国王の顔色が悪いのは、恐怖に怯えているわけではなく体調不良なのだ。
「そんなことある?」
思わずマオと顔を見合わせてしまう。
闇魔法を使わなければ、おそらく王はここで命を終えていただろう。今までよりも聖力を抑えて闇魔法を放てたのに、結果的に憎き国王の命を救ってしまったなんて。
「や、やっぱり最後に息を吸い込んだから……」
世界を滅ぼすどころか、復讐もままならない。その事実に落ち込む。
「復讐したい相手の命救っちゃうなんてバカみたい、ぐすん……」
目頭が熱くなる。
マオの手が離れた。次の瞬間、フェリスはさっと抱き上げられていた。
小さく悲鳴を上げて顔を上げると、そこには大人マオの美貌があった。胸が鼓動を早め、思わず息を飲む。
真紅の瞳がぎらりと輝いた。
「マオくん……?」
* * *
その黄金の輝きを、真生は見逃さなかった。
(うわ、しつこ……さすがは勇者だな)
勇者リオン。その金髪が、視界の端に映ったのだ。
いつでも逃げられるように、大きくなってフェリスを横抱きに抱え上げる。
「マオくん……?」
「リオンたちです、フェリス」
国王の方へと視線を向ける。フェリスの目もそれを追った。その先に現れた人物に、目を見張る。
国王に駆け寄ったのは、王都にいたはずの勇者リオン。遅れて、ミリアの手を引いたガルドがやって来る。
三人は、群衆の後ろにいる二人にまだ気が付いていないようだ。
「なんでここに。王都からはずいぶん遠いわ。前会ったとこよりも……」
「勇者補正なのかな」
フェリスを抱く腕にぎゅっと力を入れ、真生はリオンの姿を視線で追った。
国王の前に跪き、体調を伺う。その後、ミリアが大きな杖をふり、なにやら呪文を唱えた。杖の先から出た緑の光が国王を覆っていく。
少し顔色の戻った国王は、ガルドが支えて立ち上がった。ちょうど、粗末ながらも駆け付けて来てくれた馬車に乗るのに手を貸している。
その後に王妃が続き、ガルドがドアを閉めた。馬車が走り去る。
沿道の人々はそれを見送っていたが、少なからず見物の波から離れる者も現れ始めた。
「今のうちに行きましょう」
「リオンとは戦わないの?」
「気が進みません。これも勇者補正なのかなあ……」
わかりやすく眉をハの字にして見せる。嘘だ。
気が乗らないのは本当だが、戦いたくない理由は勇者補正などではなく別のところにある。
フェリスは、聖力の制御を身につけ始めている。息を止めるなんていう雑なイメージでは習得出来ない。そう思っていたのは誤算だった。
近いうちに、フェリスは本当に人を傷つけるだろう。
そんなことにはしたくなかった。たとえそれが、勇者リオン一行だとしても。
群衆の向こうで話し込んでいるリオンとガルド。その側で手持ち無沙汰にしていたミリアの瞳が、こちらを向いた。
ミリアが叫び声を上げるのと同時に、空中へと飛び立つ。
さすがのミリアも、この群衆の中で魔法を放ったりはしないだろう。
「フェリス様!」
リオンの叫び声。
別にリオンのことを嫌っているわけではない。真生にとっては、大好きなレクイエム・オブ・ダークネスの主人公だ。むしろ好意的ですらある。
その主人公は、真生にはっきりと敵意を向けていた。
「フェリス様を、俺たちのフェリス様を返せ! 元に戻せぇっ!」
「なに言ってるんだろ」
誤魔化すように言って、どんどん高度を上げる。幸いにも、フェリスはなにも疑問には思わなかったようだ。
真生の腕の中で、べーっとリオンに舌を出している。
(リオンは、僕がフェリスをこんなにしたって思ってるんだよね。あーあ、破滅エンドフラグ立ちまくりだなあ)
推しと自分の命、どちらも守る方法があれば良いのに。
もしもの時はもちろんリオンとも戦わなくてはならない。だけど、気が進まないのは確か。
フェリスに気づかれないよう小さく嘆息し、真生は帰路を急いだ。
* * *




