21.知らなかった気持ち
「おぉ〜! リリーありがとう!」
子供マオが歓声を上げている。その両手に、マオ風に言うペンライトを持って。
フェリスは、マオとともにリリーの作業部屋に来ていた。服でも魔道具でもなんでも器用に作るだけあって、部屋の中はなんだかわからない道具や材料であふれている。
「待望のペンラがついに……!」
ふるふるとペンライトを持つ両手を震わせるマオ。そのペンライトは、今は発光していない。その理由は、新たに取り付けられた持ち手にある。
光鉱石は、聖力を込めると光る。それは、込められた聖力を徐々に放出しているからだ。つまり、光が消えている今は、その放出が押さえられているということだ。
「リリー、手先が、器用! だから!」
えっへんと腰に手を当てて胸を逸らしたリリーに、本当に器用だよとマオがさらに褒めた。
光鉱石は、そのままだと光り続けて聖力をどんどん消費して行く。そこで、その消費を押さえたり、聖力をいろんな力に変換したりするのが魔道具だ。
その最もシンプルなものが、明かり。聖力の消費を押さえ流出を遮断することで、光を点けたり消したり出来るようにするのだ。
マオは、メメ用の加熱石板や魔王城の明かりの後で良いからと、ペンライトの加工を頼んでいたらしい。あの持ち手の部分が魔道具なのだ。
「マオくん、それまたふるの?」
「もちろんですよ!」
力強く頷いて、マオが持ち手に取り付けられたボタンを押した。すると、ぱっと光鉱石の部分が光る。
「僕、前世ではこういうの人前でしたことなかったんです。でも、今なら出来る! なぜなら、推しが尊いから!」
マオが両手を上げると、光の筋が二本走った。上でくるくると回したかと思うと、腕を上下にふる。その動きはなかなかコミカルでありながら、キレがいい。
「フェリスかわいい! リリー器用!」
「リリー器用!」
瞳を輝かせたリリーが復唱し、楽しそうに手拍子を始めた。その音に乗ってマオもペンライトをふる。
ひとしきりペンライトをふり終わると、清々しい笑顔でマオはペンライトの光を切った。
「魔王城メンバー最高〜!」
「ふふふ、ほんとね」
「そうだ、これも見てくださいよ」
マオが差したのは、自分の腰。そこには、細長いホルダーポシェットが取り付けられていた。元々は、リオンと戦った時に使っていた短剣を付けていた場所だ。
どう見ても短剣よりも長い。
「それってもしかして」
「そうですペンライトホルダー!」
自慢げに胸を張ったマオが、リリーが作ってくれたと教えてくれる。
「すごい! けど、持ち歩くの⁉︎」
「もちろん! 短剣なんて持っててもふれないですし!」
「判断基準おかしくない⁉︎」
「おかしくありません! いつも心の中でしかふれなかったペンラがこの手に! ある! ふらないわけにはいかない!」
ちょっと意味のわからない理論を披露し、マオが嬉しそうにペンライトをホルダーにしまった。二本入れてぴったりサイズのようだ。
(マオくんが嬉しそうだから、まあ、良いのかしら)
子供マオは、こう見るとなんともほほ笑ましい。これがあの美青年になるなんて反則も良いところだ。
中身は変わらないはずなのに、やはり破壊力が違う。
「そうだフェリス、出かけよ!」
「え⁉︎」
「復讐するんでしょ? 闇魔法の練習も兼ねて」
それはなんだか違う気がする。マオが外でペンライトをふりたい欲が勝っているのはフェリスにもわかる。
(でもそうね、練習は大事だわ。復讐を遂げるために、世界を滅ぼすためにも)
だから、ここは乗っても良いだろう。
「良いわよ、行きましょう」
「やった!」
ぴょんと跳ねて喜びを表したマオに、口角が上がる。
リリーにお礼を行って部屋を出ようとふり返った瞬間——そこにはどアップの霊子の顔があった。
それが霊子だと自覚するより早く、驚きで心臓が跳ね、身体が縮み上がった。
「ぎゃーーー!」
叫んだ途端に、すとんと身体から力が抜ける。倒れる! と目をつむったフェリスを、がっしりした腕が支え、抱き止めた。
「フェリス大丈夫っ⁉︎」
その声は低く、フェリスを支える胸板は細身ながらも広い。
大人マオだ。こんな時なのに、ほおに血が昇る。
マオと出かけるということは、大人マオにお姫様抱っこされるということなのを失念していた。
マオが、フェリスの力の抜けた身体を抱き寄せ支えた。密着した身体に、驚きとは別の意味で身体が縮む。それに、熱い。
こんなにくっ付いたら、全身が熱いのがバレそうだ。そもそも、どうしてこんなに熱いのだろう。
「心臓止まったかと思った……」
いろんな意味で、だ。
止まったかと思われた心臓は、今はうるさいくらいに拍動している。
いや、それより足に力が入らない。
「ちょ、ちょっと腰抜けちゃったかも」
「僕が支えてますから大丈夫ですよ。霊子さん、どうしたんですか?」
マオはなんだか不思議そうに、まだそこにいる霊子を見ている。
その息が首筋にかかり、ぶるっと背筋が震えた。
「フェリスをやたら驚かすなんて霊子さんらしくないですよ」
「……気に、なって」
ぽそりと声を出した霊子が、一歩フェリスに近づいた。相変わらず陰鬱な顔をぐいと近づけ、フェリスの胸辺りをまじまじと見ている。
「な、なにが気になるの霊子さん……?」
心当たりは全くない。これまで霊子とは、まともに喋っていない。急に現れて驚かされたくらいだ。
「驚かせる、つもり……は、なかった。ごめん」
「う、うん……」
「いつもシャイで全然出てこないのに、フェリスのことは気になるんだ……霊子さんまで虜にするなんてさすが」
マオは、全然別の方向で感動しているらしい。
「あなた、気になる……」
首を傾げた霊子が、すすっと後ろへ下がった。そのまま踵を返し歩き出したかと思うと、空気に溶けるようにかき消えてしまった。
霊子がなにを気にしているのかはわからずじまいだ。
それはそうと、まだ足にはうまく力が入らない。そのせいで、マオはまだフェリスを抱きしめたままだ。
「マオとフェリス、らぶらぶ?」
「ち、ちが……これはその」
「そう、らぶらぶ」
「ひゅー!」
わしゃわしゃと八本の足を音も立てずに動かしながら、リリーが手を叩いてはしゃぐ。
(も、もうマオくんなんでそんなこと————)
リリーだってフェリスが腰を抜かしたところを見ていたはずなのに、ノリが良すぎる。
「残念だけど、外出はおあずけだね」
低い声がフェリスの耳をかすめた。次の瞬間には身体がふわりと浮き上がり、マオの胸に抱き上げられていた。
もう何度もこうしてお姫様抱っこをされているのに、早くなった鼓動がおさまらない。
「少し休もう」
真紅の瞳を細め、小さくほほ笑んだマオが歩き出した。
すぐそこにあるマオの顔をなぜだか直視出来ず、視線を下げる。視界の端で、マオの黒髪が束になって揺れていた。
やがて、たどり着いたのはフェリスの自室だ。
ふわりとベッドに下ろしてくれたマオが、優しく掛け布団を被せてくれる。
「ありがとうマオくん」
「どういたしまして」
「お出かけ出来なくてごめんね?」
「フェリスのせいじゃないし」
ベッドの端に座ったマオが、布団の上のフェリスの手をにぎった。
なんだか、大人マオはスキンシップが多めだと思うのは気のせいだろうか。……嫌では、ないが。
「フェリスは闇魔法の練習も頑張っているし、疲れていたのかも? 今はゆっくり休みましょう」
「うん、ありがと……」
むしろ、なんだか今は心地が良い。さすがに密着するとどきどきするが、今触れているのは手だけ。
なんだか、パンケーキを食べた時のようなじんわりとした心地良さと、少しの気恥ずかしさを感じる。これまでに感じたことのない感情だが、嫌なものではない。
「少し寝ますか? それとも、なにか話します?」
「ええと、ね、寝ようかな……?」
気恥ずかしさが勝ってそう言うと、頷いたマオが立ち上がった。するりと繋がれていた手が離れる。
「ゆっくり寝てください。夕食の時間に迎えに来ます」
にっこりほほ笑んだマオが、ベッドから離れて行く。その背をつい目で追いかけてしまう。
静かに部屋から出て行ったマオを見送ると、先ほどまで繋がれていた手を見る。
なんだか、離れてしまったぬくもりが消えて行くのが名残惜しい。
(な、なに考えて……ね、寝よう)
布団を被り、息を吸い込む。
(マオくん……)
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