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20.魔王のマカロンと恋の味

「わあ、中庭が花畑になってる〜」


 背後から高い少年の声がした。ふり向くと、そこにいたのはもちろん子供マオだ。

 その手には、小さなバスケットを持っている。


「マオくん!」

「フェリスさ……あ〜、えっと……」


 こほん、とわざとらしく咳をしたマオが、闇に包まれた。その影が大きくなる。

 闇が晴れると、そこにいたのは大人マオだった。子供マオのかわいらしさとは打って変わり、息を飲むほどの美青年だ。


「フェリス。おやつ作って来たから、一緒に食べよう」


 ほほ笑んだマオが、バスケットをかかげる。その中におやつが入っているようだ。

 正直、練習でちょっと小腹が空いていた。しかもマオが作ったおやつだ。甘くて美味しいに違いない。


「あ、ありがとう! マオくん、なんでおっきく……?」

「えっと……雰囲気?」


 マオが照れたように笑って頭をかいた。その姿も、大人マオだと妙に絵になっている。


「子供姿の方が楽なんだけど、なんていうか……」


 低い大人の、男性の声。

 リオンだってガルドだって、大人の男性だ。それなのに、あの二人とはなんだか違う。

 家族、だからだろうか。


「やっぱ見上げるとつい手の届かない人みたいな気持ちになっちゃって」

「な、なに言ってるのよっ」


 手が届かない人? では、大人なら手が届くと思っているのだろうか。


(待って手が届くってどういう意味⁉︎ って、なに考えてるの自意識過剰過ぎっ!)


 マオは元々フェリスのファンだった。手が届かないと思っていたのは無理もない。フェリスを聖女と有り難がる民もみんなそうだ。

 それを、今は対等でいたい、家族になりたいとフェリスが望むからそうしてくれているのだろう。

 マオは本当に優しい。


「ま、とにかく食べましょ。僕、フェリスのために心を込めて作りました」


 にこりと笑ったマオが、フェリスの両手をにぎった。その大きく骨ばった感触に、背筋がざわつく。

 にぎられた手が、熱い。いや、それだけじゃなくて顔も、耳も。

 マオにはそんなつもりなどないのだろうが、大人マオはあまりにも美青年だ。そんな美青年に手をにぎられるなど、破壊力が強すぎる。


「魔王城にいながらにしてピクニックですね」


 うふふと含み笑いをしたマオが手を離し、下に座ってフェリスを促す。

 慌てて髪を手櫛でとかし、耳を隠す。こんなに熱かったら赤くなっているかもしれない。

 すとんとマオの横に座る。


「はいこれ。マカロンです」


 マオがバスケットから取り出してフェリスに差し出したのは、白くころんとしたお菓子だった。

 白いクリームを上下から白い生地で挟んでいる。生地は最初クッキーのように見えたが、少し力を入れるとパリッと薄皮が割れた。


「あっ、割れちゃった」

「あはは、あるあるなんで気にしないで。アーモンドと卵白と砂糖で作るシンプルなスイーツなんですけど、ふわっと膨らませてるだけだから割れやすくて。でも形がかわいいでしょ?」

「うん」


 ころんとしたフォルムは、確かにかわいい。割れてしまったが。


「食べてみて下さい」

「うん……わぁ!」


 生地を噛むと、表面はパリッと割れるが、中はふんわりとした食感だ。

 味自体は甘さ控えめで、上品。


「なにこれ美味しい!」


 ふわっとした生地は、何個でも食べられるくらいに軽い。

 マオが作ってくれるスイーツはどれも美味しいことに違いはない。だが、がつんとした甘さではないのに、これほど美味しいなんて。しかも見た目もかわいい。


「いっぱいありますから、どんどん食べてくださいね!」


 マオがバスケットを傾けて中を見せてくれる。そこには、マカロンがたくさん入っていた。


「すごい!」


 身を乗り出してバスケットの中を覗く。

 心が躍った。こんなに美味しいスイーツを、こんなに食べて良いなんて。

 マオくんありがとう! と顔を上げると、吸い込まれそうな真紅の瞳が至近距離にあった。目が合う。

 途端に、鼓動が暴れた。


「ひえっ⁉︎」

「あはは、かわいい」

「も、もう!」


 怒ったふりをしてそっぽを向く。まだ胸がどきどきしている。子供姿とのギャップが大きすぎる。


「マオくんが大人だと、ちょっと格好良すぎて刺激が強い……リオンとは方向性が違うわ。リオンなら見慣れてるのに」

「心の声漏れてますけど?」

「えっ⁉︎」


 慌てて口を塞ぐが後の祭りだ。あくせく仕事ばかりしていたせいで、リオンたち以外と会話することが少なかった。

 会話の代わりに、独り言を言いながら仕事をこなしていた弊害がこんなところで!


「でもそう言ってもらえて嬉しいです。初めてこの顔を鏡で見た時は、ゲームにありがちな典型的魔王顔だなと思ったんですよ。でも、この顔に転生出来て良かったなあ〜」


 ちらりとマオの方を向く。マオは両手をほおに当てて、嬉しそうに悶えていた。

 美青年が悶えているのは、それはそれでギャップがあってなにか、来るものがある。


 手の中にまだ残っている残りのマカロンにかぶり付く。美味しい。とんでもなく美味しい。

 その美味しさに集中して、マオから気を逸らす。


「まあでも、フェリスのかわいさには勝てないって言うか〜」

「そんなこと言われたことないわよ」

「じゃあ、この世界のみんなの目が腐っているんじゃないですかね。そんな腐った世界、滅ぼしてやりましょうか……」


 真紅の瞳が剣呑けんのんにぎらぎらと輝いた。薄く、それでいて怒りに満ちた表情は、いっそ艶めいている。

 その表情のまま、マオはフェリスに向けて指でハートを作って見せた。そのギャップに、思わず吹き出してしまう。


「もう、笑わせないでよ」

「僕の推しへの愛は世界より重いんです。フェリスは誰がなんと言おうとかわいいです。伊達だてに前世から推してません!」


 きりっとした顔でそう言い切ったマオが、相好を崩した。にこりとほほ笑む。


「勇者を助け、民を想い、有り余る慈悲と聖力で神に仕える大聖女。だけど、気さくで等身大で、一生懸命。前世でそんなフェリスがずっと好きでした。実際に会ってみて、その思いは余計に強くなりました。もっと好きになりました」

「すすすす……」


 好きとはなんだ、好きとは。

 まるで告白でもしているかのような台詞を、マオは早口で喋り出す。


「フェリスはとても人間臭くて、だからこそ面白いしかわいいです。レクイエム・オブ・ダークネスの主人公は勇者リオンなので、僕はリオンを通してこの世界をプレイしていました。リオンも、フェリスには一目置いていましたよね。今は敵ですけど、気持ちはわかります。特別だなんだって担ぎ上げられて、もちろんそれに見合った力も持っていて、だからこそリオンにはリオンの孤独があった。でも、フェリスは特別な勇者にもフラットでした」

「そ、そうだったかしら……」


 そもそもリオンたち以外と話すことが少なかったから、良くわからない。彼らは、フェリスを見つけると自分から話しかけて来てくれていた。それだけのことだったように思う。


「そうそう、その特別感もなにもないところが良いんです」

「リオン、そんなこと思ってたの……」


 マオの前世の話を、信じたわけではない。だが、なぜか説得力がある。

 リオンも、ガルドも、ミリアも、友達だと思っていた。そう思えるほどには、話す機会が多かった。

 フェリスがいつもどこかで孤独を感じていたように、リオンもそう思っていたのだろうか。だから、他愛もないことを話しに来てくれていた?


「そして僕にも。魔王である僕にも、フェリスはフラットに接してくれています」

「それは、わたしが闇堕ちしたから……」

「でも、一度はフェリスが封じたんでしょ? それなのに、今は信じてくれている。僕の中身を、見てくれている」


 マオがすっとフェリスの両手を取った。それに、またしても鼓動が速くなって行く。

 手をにぎる大きく骨ばった温もりが、否応なくマオが同い年なのだと教えて来る。


「僕、フェリスを絶対に守ってみせます。リオンなんかには渡しません。フェリスのためにスイーツ作ります!」

「あ、ありがとう……」

「と、いうことで!」


 手を離したマオがバスケットからマカロンをつまみ出した。それを、フェリスの前へと差し出す。


「はい、あーん」

「ひっ」


 変な声が出た。

 子供マオ相手には、スイーツ食べたさに負け、なんとかあーんを耐えられた。しかし、大人マオを目の前にすると、恥ずかし過ぎて想像だけで顔から火が出る。


「かわいい」

「もう! からかわないでよ!」

「からかってませんよ」

「じゃじゃじゃあ、マオくんがまずやってみてよ」


 バスケットの中に手を突っ込み、フェリスもマカロンをつまみ出す。それをマオへと差し出した。


「は、はい! あーん」

「⁉︎ 推しからのはい、あーん⁉︎ 今日が命日……いただきます!」


 躊躇するかと思いきや、マオは躊躇いなく差し出されたマカロンに食い付いた。慌てて引っ込めようとした手は素早くにぎられ、マオの口が指先からマカロンを奪い取って行く。

 あー無理、尊い、墓に入りたいなどぶつぶつ呟きながらも、マオは満面の笑みでマカロンを頬張っている。

 やがて、そののどが上下に動き、マカロンは完全にマオの中へと消えた。

 マオが、にっこりと笑う。


「じゃあ、次はフェリスの番だよね?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」

「はい、あーん」


 再度差し出されたマカロンを、目を瞑って勢いで食べる。ほおが熱い。

 なんだこれは。恥ずかし過ぎる。まるで、まるで昔読んだ本の中の恋人みたいではないか。


(や、やだなに変なこと考えてるの)


 これはマオがあまりにも美青年で、フェリスを甘やかすからだ。

 これまで、恋など考える暇も余裕もなく生きて来た。それなのに、そんな王子様みたいなことをする、から……。


「尊い……フェリス生きててくれてありがとう……」

「お、大袈裟よ」


 つぶやくように言って、視線を落とす。そこにある自分の手と、マオの手。その指には、お揃いの指輪が輝いている。

 バスケットに手を伸ばし、もう一つマカロンを取り出した。


「マオくん、食べる……?」


 おそるおそる聞いたフェリスに、マオは勢いよく頷いた。真紅の瞳がきらきらと期待に輝いている。

 それは大人の男性に違いないのに、なんだか可愛らしく見えた。フェリスの口元に、知らず笑みが浮かぶ。


「はい、あーん」

「いただきます」


 フェリスの手からマカロンを食べたマオが嬉しそうにほほ笑んだ。

 視線が交わる。自然と笑い合った。次はマオが差し出したマカロンを、フェリスが食べる。


 もし、普通に恋をすることがあったのなら、こんな感じなのだろうか。

 そんな普通の日常は、フェリスにはなかった。それがもし、与えられるのなら。

 聖花の香りが鼻腔をくすぐる。良い香りだ。


「ありがと、マオくん。とっても美味しい」

「良かった。僕、これからもフェリスのためにスイーツ作るから。だからいっぱい食べてくださいね」

「うん」


 なんだか、恥ずかしいけど幸せだ。これまで知らなかった世界がここにはある。

 こんな時間が、ずっと続けば良いのに。ずっと。

 そう思いつつ、フェリスはマオにマカロンを差し出すのだった。


   * * *


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