19.ベルの闇魔法レッスン
「うーん、手強いわぁ……」
魔王城の中庭。そこで、可愛らしく咲いている聖花の白い花を見ながら、ベルが思案している。
その横で、緑でふわふわの地面に腰を下ろしたフェリスは、ため息をついた。
闇魔法のレッスンをベルから受けていたのだが、どうにも上手く行かない。中庭には、どんどん聖花の花が増えて行っている。
「聖力が強すぎるのかしらねぇ」
「そんなぁ……」
聖力は、フェリスが望んで得た力ではない。生まれながらに持っていた力だ。
孤児院にいた頃は、その力の使い方を知らなかった。聖力であることもわからなかった。
ただ、なんとなく手当で怪我の治りが早くなるとか、身体があたたまるとか、そういう自覚があっただけだ。
シスターが、特別な力かもしれないと神殿に連れて行ってくれなければ、平凡な人生を送っただろう。聖女なんて、貴族の令嬢と相場が決まっているからだ。
「聖力じゃ世界滅ぼすどころか復讐も出来ないわ」
「そうでしょうねぇ」
聖力は、なにかを傷つけることが出来ない。魔道具などを使って、光鉱石に込められた聖力を操るなら話は別だ。だが、直接聖力を注ぐ場合は傷つけられない。
「闇力はある。それを集めることも出来る。放出も出来ているように見える。でも、最終的に途中でかき消えて聖力が残るのよねぇ〜」
ベルが言うには、フェリスは闇力と聖力を同時に放出しているようだ。その際、聖力が優ってしまい闇力を打ち消してしまうということらしい。
だから、最終的に聖花を出して終わってしまうのだ。
「聖力を封じる方法ってあるの?」
「う〜ん。なくはないわよ? でも、フェリスには光鉱石に聖力入れて欲しいしぃ……」
「あ、そうだったわ」
「それに封印って、つまり回路を閉じるってことでしょお? そしたら、闇力だって出て来れないわよ〜」
言われてみればそうだ。聖力だろうが闇力だろうが、魔法は回路が開けなければ使えない。
「じゃあ、世界滅ぼせないじゃない……」
「別に滅ぼさなくっても良くなぁい?」
「そんなわけには行かないわ。あなた達も、仮にも魔王の味方でしょ?」
「そうだけどぉ〜。マオっちだって世界滅ぼそうとまでは思ってないっていうかぁ〜」
そういえば、マオと出会ってすぐに世界を滅ぼしたくならないのかと聞いたことがあった。マオは即答でならないと答えたのだ。
「ででででも今は協力してくれてるし」
「それはそうだけどぉ。ま、マオっちがフェリスに協力するなら、アタシも協力するけど〜」
ベルがそう言いつつ、聖花に顔を近づけた。くんくんと匂いをかいで、うっとりした顔をする。
「でもぉ、この花をいっぱにしてくれるのは、それはそれで歓迎かもぉ」
「そんなこと言ってると、本当にもう要らないってくらいいっぱいにしちゃうから」
むうとほおを膨らませると、ベルがおかしそうに笑った。
「アタシはピクシーよ、花が好きなの。まあでも、そうねぇ……真面目に考えるなら、闇力だけを放出出来るようになればいいわけよぉ」
聖力と闇力を同時に放出しているのが、今のフェリスだ。これだと、無尽蔵の聖力が勝ってしまう。
それならば、闇力だけ出せるようになれば解決だと言うのがベルの考えのようだ。
「そんなこと出来るのかなあ」
「さあ? 聖力と闇力が同居してるなんて聞いたこともないもの。でもぉ、フェリスって聖力だけを出すことはもう出来てるじゃない?」
「え?」
「だって、光鉱石に聖力入れてくれたでしょ〜? おかげで一部だけだけど明かりが出来たし、メメ用の光鉱石石板で加熱自由自在になったしぃ」
光鉱石。聖力を込めることで光る石。それだけではなく、魔道具でその出力を操作したり、聖力を変換したりすればさまざまな応用が出来る万能鉱物。
「でも光鉱石に闇力を込めた人はいないわよ。もしわたしが闇力を込めてても、誰もわからないんじゃない?」
「じゃ〜ここにぃ」
ベルが、フェリスの足元の草の上を指差す。
「聖力を注いで聖花を咲かせてみてよぉ」
「良いけど……」
草の上にそっと指先で触れる。その指が微かに輝いたかと思うと、草の下からにょきっと緑が立ち上がった。葉が生え、蕾が付き、あっという間に聖花の花が咲く。
「ほらね。聖花は聖力でしか咲かないわ〜」
「そ、そっか……」
ベルの言いたいことを理解する。たしかに、フェリスは聖力だけを放出することは難なく出来るようだ。
これまで、息を吸うように聖力を操って来ていたから、逆にそんなことにも気が付いていなかった。
「闇力を左手に集めてるのはいいアイデアよぉ。今はまだ聖力もそこを通しちゃってるみたいだけどぉ、意識してめちゃくちゃ練習すれば闇力だけ集めて放出出来るようになる、かもぉ? ま、わかんないけどぉ」
「ありがとうベル!」
ぱっと視界が開けた気分になり、元気良く立ち上がる。
練習、やはり練習なのだ。聖力があまりにも自然に苦労なく使えていたから、闇力もそうなのだと思っていた。
マオだって練習しようと言ってくれていたではないか。
「がんばる!」
「その意気ぃ〜!」
羽根を羽ばたかせ、ベルが宙に浮く。そして、飽きたからもう行くわねと手をふり去って行った。その背に、ありがとうとお礼を言う。
闇力を左手に集める。そう意識するだけで、身体の奥から闇がわき上がってくる。
「闇よ左手に集まれ」
フェリスの中の回路が開く感覚。聖力の時はそんなことを意識したこともなかった。つまり、今回路を意図的に開いているのは、闇の力を通すため。
闇だけを通す、闇だけを通すと呪文のように念じながら闇力を左手へと集めて行く。
「聖花を全て燃やし尽くせッ!」
手のひらを地面に向けると、そこから闇の炎が迸った。
勢い良く地面を覆った炎が聖花を焼いて行く。
「やったわ!」
と思ったのも束の間、炎が輝き出す。その聖なる炎が、焼けたはずの聖花を再生させて行く。そればかりか、地面からは新たに無数の聖花が芽を出した。
あっという間に、聖花は倍になり炎が消えて行く。
「んも〜ッ! 増えてるじゃないもうやだ! って、ここで挫けちゃだめよね。闇の炎は出せていたもの。聖力を制御出来れば……」
フェリスにとって、聖力は呼吸と同じくらい当たり前に使える力だ。それを制御するなど考えたこともなかったから、方法もわからない。それでも、なんとかなるのではとフェリスには思えていた。
聖力だけを出せるのだから、聖力だけを抑えることも出来るはずだ。
世界を滅ぼすためだ、やらなくては。
(世界を滅ぼして、それで……)
その先を考えようとして、思考が止まった。首をふる。今はそんなことまで考えている場合ではない。とにかく、全ては世界を滅ぼしてからだ。
「よ、よし練習よ練習!」
そうして、どれくらいの時間練習していただろう。




