18.聖女の家族と決意
魔王城のバルコニーに降り立つと、光鉱石の紙袋はマオがさっとフェリスから取り上げた。そのまま室内へのガラス戸を開く。
そこを潜ろうとした瞬間、フェリスの鼻先に逆さまの生首が上からにゅっと生えた。
「ぎゃー!」
突然のことに驚き、叫ぶ。
後ずさろうとしてバランスを崩したフェリスを、力強い腕が抱き留めた。マオだ。
思わずその肩にすがり付く。そのフェリスの背を、マオの大きな手があやすようになでた。
「まままマオくんお化けが!」
「霊子さん! フェリス様を脅かさないでくださいよ〜」
「えっ……? 霊子さん……?」
ゆっくりと首だけふり返ると、生首はまだそこに生えていた。いや、逆さまなだけで首の上にはちゃんと胴体も手足もある。逆さまだが。
その顔をよく見ると、たしかに昼間に会った霊子だ。青白く半透明な身体は、夜になるとほんのり発光しているように見える。
ぱちぱちと瞬きを数回した霊子は、ふわりと空中で一回転して地面に降り立った。陰鬱そうな表情は相変わらずだ。
「おかえ、り」
「しゃべっ、た……」
呆気に取られている間に、霊子はくるりと踵を返し暗がりへと消えて行った。
「び、びっくりし……ひぃッ!」
そこでようやく、大人マオと密着している事に気が付く。しかも、自分がすがり付いている形だ。
慌てて身体を離そうとするも、今度はマオの腕がフェリスの背に回りそれを許さなかった。
「まままま、マオくん⁉︎」
「フェリス様。僕、絶対にフェリス様を守るんで」
ぎゅっと抱きしめられ、あっという間に全身が熱くなった。胸が早鐘を打つ。
マオとはいえ、大人だ。こんなの、恥ずかし過ぎる。
「さ、行きましょ」
身体を離し、何事もなかったかのようにマオが笑った。途端に闇がマオを覆い、子供マオへと姿を変えた。フェリスの手を取り歩き出す。フェリスの手を引いているのは子供マオなのに、繋いだ手が、熱い。
城の中は明かりもなく暗い。その中を、発光したままのペンライトが照らし出した。
やがて食堂へと入ると、やっと燭台の明かりが見えた。そこにはすでに、湯気を立てた料理が並んでいる。絶対に美味しいと確信できる香りが、フェリスのお腹の虫を刺激した。
食堂には、すでに霊子以外の三人も揃っている。
「みんな!」
「もう、いちゃいちゃしてないで早く座ってよぉ」
空中を縦横無尽に飛び回りながらベルほおを膨らませる。
「ち、ちがッ……待っててくれたの⁉︎」
「リリー、みんなでお食事、するっ!」
巨大な蜘蛛の足で器用に足踏みしながら、リリーが鼻息を荒くする。
「さっき霊子さんが教えてくれたから、ちゃちゃっと配膳したのよ。感謝してよねぇ」
ベルがテーブル上へ降り立った。そこには、ベルサイズの小さな食器が並んでいる。なかには、さらに小さな食材の数々。
あの小ささをメメの巨体で作っているかと思うと、フェリスの顔に自然と笑みが浮かんだ。
メメが一生懸命に作ってくれた料理だ。
「ありがとう!」
マオと顔を見合わせて、席に着く。
椅子を壊さないように、メメもゆっくりと腰掛けた。リリーに至っては、下半身が蜘蛛で巨体のため椅子はなしだ。それで、上半身がちょうどいい高さでテーブルの上に出ている。
「ふふ、なんだか家族みたいね」
かつての孤児院での生活が胸を過ぎる。大変だったが、あの場所ではみんなが家族だった。家族だから助け合えた。
「リリーみんなと家族ッ!」
「そうだね。じゃ、食べましょ! いっただき————」
「ねぇマオくん!」
家族。そう思った途端に、フェリスの中でなにかが動いた。
「えっ、なんですかフェリス様?」
「マオくん、その、みんなも。フェリス様っていうのやめて欲しいの。フェリスでいいわ」
「ええっ」
困惑した表情のマオが、動きを止めた。
「フェリスね、おっけ」
ベルはあっさりと承諾して食事を始める。
「ふぇふぇフェリス、さん……?」
「フェリス! リリーと家族!」
メメとリリーも頷き、食事を始めた。待たせていたのだから、お腹が空いていたのだろう。
「マオくんも。ね? マオくん、同い年なんでしょ?」
「え〜、でも、推しを呼び捨てとかそんな」
「対等でいたいの。わたしだけ持ち上げられるのは、もうたくさん」
「あ……」
マオかはっとしたように唇を引き結んだ。
フェリスは聖女として祭り上げられ、特別視され、あれもこれもと押し付けられて来た。
対等な人は誰もいなかったから、いつもどこか孤独だった。だから、ますます忙しく働くしかなかった。
フェリスが友達だと思っていたリオン達だって、対等ではなかった。
「フェリス……?」
「うん!」
元気に頷くと、マオが困惑しつつも少し笑みを浮かべた。
「えっと、フェリス……冷める前に食べよう」
「うん! いただきます!」
「いただきます」
スプーンを手に取り、湯気の立つポタージュを口へと運ぶ。
濃厚でクリーミーで、まるでスイーツを飲んでいるかのようだ。あまりにも美味しい。
家族での食事は、本当に久しぶりだ。懐かしく、嬉しい。
(ああ、こんな感覚ずっと、忘れてたな……)
ほんわりと胸が温かくなるような、存在しているだけで嬉しくなるような。
それは、おそらく聖女として神殿に入った初期にも感じていたもの。
いつから、その気持ちを忘れてしまったのだろう。
「メメ、本当に美味しいわ。ありがとう」
「へへ……フェリスさん、に、ほめ、褒められた……」
一つ目を忙しなく瞬かせるメメに、鼻の下伸ばしてるんじゃないわよとベルが悪態を付く。その言葉に、メメは余計に眦を下げた。
ここでなら、自分らしく生きられる気がする。そう思うと、胸が熱くなった。
(守らなきゃ……わたしが。リオン達から)
やっと見つけた場所を壊させはしない。壊れるのは、向こうの方だ。
胸の奥に渦巻く闇を感じる。そうだ、この闇の力で世界を染める。全てを闇に堕とす。
(絶対に復讐して、全部壊してやるんだから……)
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