17.勇者の勘
リオンは焦っていた。空が暗くなって来ている。
(やはり、勘違いだったのかもしれない)
なぜか、行かなければという気持ちに突き動かされて王都を飛び出した。向かう先もわからずに。
やがてたどり着いた街で、リオンは目に見えない気配を探していた。
「なァ、もう宿でも探そうや」
「お前たちはそうしてくれ」
ずっと馬で走り通しだった上に、街に入ってからは延々歩き回っている。疲れていても無理はない。
勇者の名で馬を商人の屋敷に預けさせてもらったが、それも引き取りに行かなくてはならない。
「おおお姉さまの気配、ある……?」
「気のせいかもしれないが、いる、気がする」
「じゃ、じゃあ、探す……」
ぐっと拳をにぎったミリアに、なんだか切ない気持ちになる。
ミリアは本当にフェリスを姉のように慕っていた。そんな相手を倒さなければならないのは辛いだろう。
ガルドだって、そして自分だってフェリスを慕っていた。
「っち、なんだよ。いいぜ、とことん付き合おうじゃねェの」
「恩にきる」
もう少し、もう少しだけ。
ところどころ街に灯りが付き始めた。ふと見上げると、光る宝石の看板が照明で照らされている。
(フェリス様は、光鉱石に聖力を込める作業も毎日毎日他人の分まで……)
聖力は有り余ってるから平気よ。そう言って笑っていた。
フェリスがいなくなってから、神殿では大量の光鉱石を前に皆が疲弊している。まだ目に見えた不足は出ていないが、これからどんどん聖力を込められた使える光鉱石は減っていくだろう。
民はまだフェリスが闇堕ちしたことを知らないが、そうなればもう隠せなくなる。
(もう元のフェリス様には戻らないのか……?)
もしそんな方法があるならば……そう考えて首をふる。
フェリスがリオンに託した頼みは、約束は、元には戻らないことが前提だ。フェリスは、こうなることを予測していただろう。
ならば、約束を果たすのが自分の役目だ。
宝石の看板から視線を逸らす。余計な感傷に浸るのは良くない。この決心を揺らがせては。
「リオン、あああっち、行ってみる……?」
「そうだな、行ってみよう」
頷き、ミリアが指差した街外れの方へと歩を向けた。街へ来てからは、主に中心部を探し回っていた。
もう暗くなる。最後に、街外れの方を見てから宿を探そう。
「おおお姉さま、どこかな……」
「いるかもわかんねェって」
「でででもりりリオンが言うから、いる、よ。たぶん」
「お前ら、フェリス様のこと好き過ぎんだろ……。もっとドライにいかねェと身が保たないぞ」
ガルドとミリアの声を聞きつつ足早に歩く。
(もっとドライにか……そう出来るならどれほど楽か)
それに、そんなことを言うガルドだって、フェリスは他の女とは違うと一目置いていた。
リオンだけではない、ミリアもガルドも辛いはずだ。それでもやめないのは、ただフェリスとの約束を果たすためだ。
そのまま、どれくらい歩いただろう。それは突然だった。リオン達の背後から、強烈な闇の気配が噴き出したのだ。
「おいこれッ!」
ガルドの焦った声。ふり返ったものの、目当ての人物はいない。
「ぴゃー! おおおお姉さま⁉︎」
ミリアが真っ先に元来た道を駆け戻り始めた。それにはっとして、リオンとガルドもミリアを追って走り出す。
闇の気配。これはフェリスか、もしくは魔王だ。そして、その闇の中にあってもなお輝きを失わない圧倒的な聖は——フェリス以外にいない。
「やっぱり勇者様の探知能力は特別だなぁ!」
叫んだガルドがミリアを追い越す。運動が得意ではないミリアにリオンが追いつき、その手をつかんだ。ミリアを引っ張って走る。
(間に合ってくれ! フェリス様に人を傷つけさせる前に、この手で)
かなり遠くで、闇の炎が尾を引いて空に打ち上げられたのが見えた。
間に合わない!
闇の炎は上空で大きく破裂し——夜空に大輪の花を咲かせた。遅れて、空気を震わせるほどの爆発音が耳に届く。
「なんだ、ありゃあ」
思わず足を止めたガルドにつられるように、リオンとミリアも足を止めた。次々と夜空を彩る黄金の花に呆気に取られる。
あまりにも美しい光。神々しく夜空を彩る大輪の花。闇の力のはずなのに、そこには美しい祈りのような荘厳さがある。
「き、きれーい! ねねリオン、ガルド、すごいね!」
状況も忘れてミリアが飛び跳ねた。道行く街の人々も、初めての光景に皆空を見上げている。その顔は、困惑もあるもののほとんどが笑顔だ。
花。フェリスが魔法を使うたびにあらわれる、象徴のようなもの。それは人々を喜ばせる。
「あああの花? お姉さまの聖力だだだよね?」
「そうだな間違いねェや。こんな膨大な聖力はフェリス様しかいねぇ」
「お姉さま、お花を出すことしししか、してない、よね?」
唇を噛む。
フェリスは闇堕ちしている。世界を滅ぼすと宣言もしている。それなのに、やっていることと言えば花を出すくらいだ。
闇堕ちしているのは間違いない、そう思っていた。フェリスは闇の力を得て、性格すら変わったように思える。だがこれは、闇堕ちと言えるのだろうか?
夜空には、次々と大輪の花が咲き乱れている。
「だとしても、俺たちの使命は闇堕ちしたフェリス様と魔王を倒すことだ」
今更疑問に思ってなんになるだろう。フェリスが花を出そうと、彼女は世界を滅ぼすことを目的としている。その結果花を出しているだけだ。いつ何時、その力が人を害するかわからない。そう思うのに、胸がざわつく。
ミリアをガルドに托し、再び走る。闇の炎が打ち上がる方へ向けて。
やがて、ひときわ大きな花が打ち上がったのを最後に、周囲に静寂が訪れた。それでも、リオンの足は止まらない。
この先に、いる。感じる。
空からひらひらと白いものが舞い落ちて来た。聖花の花びらだ。
一目散に駆けるリオンに、人々がぎょっとしたように避けていく。
(フェリス様……!)
そのまま走って走って、街の中心部へと入った。フェリスの気配がいっそう強くなる。
視界の向こうに、中央広場が入った。そこから、一条の光が空へと昇ったのが見えた。
その光はスピードを上げながら飛び去って行く。同時に、フェリスの気配も遠ざかった。
「くそっ」
中央広場に走り込んでリオンの足が止まる。膝を付いた。
間に合わなかった。すぐそこにいたというのに。
「一足遅かったな」
ミリアとともに追いついて来たガルドの声に、やっと立ち上がる。二人へ向き直った。
「しかしまあ、お前さんの勘とやらは正しいってことはわかったな」
「偶然かもしれない」
「偶然じゃないよ、リオンはいい今までもフェリスお姉さまのいい居場所すぐわかってたもん」
ミリアが励ますように言い、リオンの背中をさすった。
「どうする?」
「俺の勘を信じてくれるなら……行こう、魔王城へ。きっとフェリス様はそこにいる」
「う、うん。そそそれでも良いよ。リオンを信じる。お姉さまはまま魔王には渡さない。わたしたちが」
きゅっと唇を噛んだミリアが、その大きな瞳を潤ませた。それを見ないふりで視線をそらし、馬を引き取りに行こうと歩き出す。
後ろから、二人の足音が付いて来ているのを確認し、リオンは嘆息した。
(フェリス様を倒すことは、正しい。彼女もそう望んで……いるはずだ。なのに、なぜ)
闇堕ちしたはずのフェリスは相変わらず膨大な聖力を保持し、無から美しいものを生み出す。それが本当に闇堕ちと言って良いのか、リオンにはわからなくなりつつあった。
見上げた夜空は、静まり返っている。先ほどの大輪の花がまるで幻だったかのように。
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