15.チーズケーキと闇と復讐心
「ななな、なにこれ⁉︎ あまりにも美味しいんだけどマオくん⁉︎」
光鉱石を持てるだけ買い込み、二人はカフェのテラス席で休憩をしていた。
おすすめを店員に聞くと、チーズケーキと言われ紅茶とチーズケーキを二人で注文したのだ。
チーズは食べたことがある。味も好きだ。だから、おおむね味の予想は出来ていた。と、思っていたのだが。
「チーズってこんなにまろやかじゃないし、甘くもないし、え、なにこれ⁉︎」
「あははは、かわいい」
「というかチーズの味が凝縮されてて……チーズってなんかこう、もっと違うよね⁉︎」
フェリスの知っているチーズは、硬くて淡白な味だ。それでも、チーズはご馳走だった。
「ん〜! かわいすぎる推しを前に絶品チーズケーキ。幸せ……僕、心の中でペンラふってます……早く実際にふりたい……」
もぐもぐと口を動かしながら、マオが瞳を細めた。大人マオがそうすると、辺りが暗くなりつつあるせいか妙に艶がある。
チーズケーキにフォークを入れたマオの右手薬指で、蒼玉の指輪がきらりと光った。
自分の右手に視線を落とす。そこには、紅玉の指輪。マオとおそろいだ。
初めてもらった、プレゼントというもの。
フェリスもチーズケーキにフォークを入れ、口へ運ぶ。あまりにも自分の知っているチーズとは違うのに、絶対にチーズという味。
あまりにも美味しい。世界には、あまりにもたくさんの美味しいスイーツがあるのだ。
「気に入ったんでしたら、僕、今度作りますね」
「作れるの⁉︎」
「もちろん。チーズケーキって奥が深いんですよぉ。いやあ、レクイエム・オブ・ダークネスがその辺ゆるくて助かりました。光鉱石がガスや電気の代わりになるから、結構なんでも出来ると思います」
デンキ。また知らない単語だが、それに慣れつつある自分もいる。
それはなにと聞いたところで、多分わからない。マオの言い方だと、光鉱石と似たようななにかなのだろう。
(あぁ、それにしても美味しい。また魔王城でも食べられる……)
マオが作ってくれると言うなら間違いがない。彼が作ってくれた祈りのシュークリームは、店のものとほぼ同じものだった。
マオのお菓子作りの腕は確かだ。
名残惜しいが、次を楽しみにしてチーズケーキを食べ切る。紅茶を飲んで、ほっと息を付いた。
「美味しかった……」
「良かったです。時間が時間なので、夕食は少し遅めにしましょうか」
「うん」
美味しいスイーツを食べて、魔王城に帰ったら美味しい食事がある。
なんて幸せなんだろう。こんな幸せ今まで知らなかった。
「……って、ちょっと待って? わたし今日なにもしてないわ!」
「ん?」
「マオくん、わたしせっかく街に出て来たのに、幸せ感じてた!」
「いいことじゃないですか。僕も今幸せですよ?」
「そうなんだけど、そうじゃなくて!」
危うく目的を見失うところだった。
今日の目的は、光鉱石を買うこと。それは達成できた。
それとは別に、フェリスには自分を断罪した奴らに復讐し、世界を滅ぼすという大きな目的があるのだ。
「闇こそパワー!」
「覚えたばかりの言葉を使いたいのかわいすぎ」
「もう、そういうのはいいの。闇こそパワーよ! この街を闇に染めるの! 大輪の闇の花を咲かせてやるんだから!」
声をひそめつつも、強く言い切る。
王都でのうのうと過ごしてる王家や神官聖女たち、そして勇者リオン。みんな驚き、悔しがればいい。
人は長距離の移動にものすごい時間がかかるが、マオならあっという間だ。たとえリオンでも、自分たちは止められない。それをわからせなくては。
「もう花を出すのは確定なんですね」
「こ、言葉の綾だし! それに、花が出ても闇の花なら良いのよ!」
この間みたいに、闇の動物、出来れば怖い猛獣なんかが出てくれればいい。出なくても、とにかく闇で染めることが重要だ。
「空はすっかり暗くなって来ましたから、ちょうど良いですね。闇にまぎれて闇で街を包むなんて冴えてます!」
「ありがとうマオくん! じゃあ、詠唱呪文考えなくちゃね」
前回の反省点を洗い出す。
呪文が、そもそもしっかり考えられていないせいで失敗したのかもしれない。
「えーと、前回の呪文忘れちゃったんだけど……」
「新しく考えたので問題ありませんよ。詠唱は、内容ではなくて詠唱によって魔法の回路を開くのが目的なので」
「そっか、無詠唱のときも回路は開くものね」
ミリアは、無詠唱で回路を開くことが苦手だ。そのかわり、詠唱して回路を開けさえすれば、王国内にその威力と持続力で右に出る者はいない。
フェリスは聖力を使う際は、無詠唱で回路が開いていた。魔法にも向き不向きがあるのなら、闇力を使う時に回路が開きにくいというのも、まあ頷ける話だ。
それを詠唱で補えばいい。ミリアだって、王国一の魔法使いとして活躍出来ているのだ。
「えーと。疼きし左手に?」
「わー、そこは引き継ぐんですね」
真顔になったマオに、大きく頷く。せっかくマオが考えてくれたものだし、左腕に魔法を集めるなんてちょっとかっこいい。
「闇よ集え」
「良い感じ」
「空に大輪の闇の花を! 闇よ降り注げ! 街を闇で覆い尽くせ! みたいな?」
「かっこいいです!」
小さく拍手したマオに、ほっと胸をなで下ろす。これで、今度こそ街を絶望に陥れるのだ。
「じゃあ早速行きましょう! やっぱり街の中心でやるのが良いわよね?」
「そうですね! 中央広場ありましたからそこが良いですよね!」
頷き合い、一緒に立ち上がる。
空はますます暗さを増して来た。完全に日が落ちるのも時間の問題だろう。
「フェリス様」
周囲に人がいないことを確認して、マオがフェリスを呼んだ。その左手をフェリスへと差し出して来る。
「どうしたの?」
「手を。もう暗いので」
「へぇっ⁉︎」
にっこりほほ笑んだマオに、変な声が出る。ほら、と促して来るマオは、子供ではない。
「まま迷子になんてならないわよ⁉︎」
「それ完全にフラグなんで、手を繋がなかったら確実に迷子ですよ?」
「ええ……」
そっと右手を伸ばす。触れた体温が思いのほかあたたかく、照れ臭い。
ほおが熱い。明るくなくて良かった。
マオが手を引き歩き出す。その横に並ぶと、マオの肩の位置は女性としては長身のフェリスよりも高い。
「デートイベント?」
「そうですよ」
嬉しそうに笑ったマオの瞳に、なぜか胸がざわついた。
「今日は僕が最後までしっかりエスコートしますから」
声だって低い。いつもの高い子供の声ではない。なんだか調子が狂う。
並んで街を歩く。それはフェリスの経験したことのなかったデートイベント。照れ臭いが、悪くはない。
聖女として神殿にいた頃は、とても忙しかった。たまに顔を合わせるリオンやガルド、フェリスに付いて回っていたミリアくらいとしか話すことがなかった。
そう思うと、その数少ない友人たちに裏切られたのだという気持ちがさらに強くなる。
(絶対に許さないんだから……見てなさいよ)
ここでの騒ぎが王都に届いて、大いに悔しがればいい。
次は自分たちの番だと恐れ慄けばいいのだ。
(あんなやつらなんて、大っ嫌いなんだから!)
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