14.デートイベント
「ねえマオくん。どうしておっきいままなの……?」
王都から少し離れた街で、マオは大人姿のままフェリスと歩いていた。魔王城から持って来た外套のフードを被っている。
フェリスはと言えば、外套は着ているがフードまでは被っていない。
王都では知らぬ者のいない顔も、少し離れれば誰も知らない。
なにより、フェリスはこの街に来たことがない。おそらく誰もフェリスの顔を知らないだろう。
「デートイベントだから!」
真紅の瞳を輝かせマオが断言する。その真っ直ぐな言葉に、フェリスのほおが熱くなった。
その顔面で直球を投げないで欲しい。耐性がないからもろに食らってしまう。
「それに、大きいほうが色々交渉ごとには良いでしょ?」
「そっか、それもそうね」
たしかに子供が光鉱石を欲しいと言っても取り合ってもらえないかもしれない。
「たくさん買いたいけれど、光鉱石を使うための魔道具もいるし……少ししか持てないわね」
「魔道具は、リリーに作ってもらいましょうか。彼女、手先が器用なんで」
「出来るの?」
「たぶん。光鉱石はないですけど、魔道具の材料なら魔の国でも手に入りますよ」
だから、持てるだけの光鉱石を買いたいとマオは意気込む。
「光鉱石をこう、IHみたいに使えたら、熱をコントロールしやすいですからね。スイーツも料理ももっと美味しく出来ます」
「あいえっち?」
「インダクションヒーティング……ま、まぁつまりは火の代わりってことです」
光鉱石を使った魔道具を料理に使うのは、聖クリスティア王国ではごく一般的な方法だ。フェリスだって知っている。それなのに、マオはフェリスの知らない単語を使って話す。
もしかして、本当に異世界から来たのだろうか?
「明かりも欲しいから小さい光鉱石をいっぱい……あ、フェリス様。ちょうどありましたよ!」
マオが指差した先には、光る宝石の絵が描かれた看板だ。
躊躇いなくドアに手をかけたマオに続き、フェリスも店へと足を踏み入れる。
そこには、ガラスケースに入った光鉱石と、宝飾品としての宝石が半々の割合で並んでいる。
「いらっしゃいませ」
中にいた中年の男性が、ガラスケースの向こうから声をかけてくる。
マオが、その男に向けてにっこりと笑った。男は、惚けたようにマオに目を奪われている。
「僕の顔になにか?」
「い、いや……こんな美男美女は見たことないなと……失礼、なにがご入用ですか旦那」
男は顔を引き締め、宝石の方を指し示す。
「綺麗でしょう、どれも一級品の宝石ですよ。おすすめはこの金剛石です。でも、彼女に贈るなら瞳の色と同じ蒼玉とかいかがですか?」
「なるほどいいチョイスですねご主人」
「そうでしょう」
「ちょ、ちょっと待って?」
二人ともなんの違和感もなく会話しているが、ここには宝石を買いに来たわけではない。
「それか、お二人の瞳の色を交換してペアで付けるのも良いのではありませんか? お嬢さんには紅玉の指輪を、旦那には蒼玉の指輪を」
「ご主人!」
マオが瞳を輝かせ、男と熱い握手を交わしている。すっかり意気投合した様子だ。
「紅玉はここには並んでいないみたいだけど?」
「奥にあるんですよ! ちょうど蒼玉と紅玉のペアリングが。持って来ましょう。少しお待ちを」
男はありったけの笑顔を見せて、店の奥へと姿を消した。
「マオくん⁉︎」
「大丈夫です金ならある!」
「そうじゃなくて!」
言い募ろうとしたフェリスに、マオは口の前で人差し指を立てた。
しーっと言いながら、フェリスの耳元に口を寄せる。
首筋にかかった息に、思わず背筋が震えた。
「高い買い物したら、融通利かせてくれるかなって。光鉱石をちょっと加工して欲しくて」
「で、でも……」
「金こそパワー。聖クリスティア王国のお金を稼いだ甲斐があります。リリーの作る生地が良く売れるので」
「まあ!」
この魔王、結構したたかだ。やはり大人。孤児院や神殿であくせく働いてばかりで世間知らずなフェリスより、ずっとしっかりした大人だ。
「あっちじゃ貨幣の価値がこちらほどないですし、聖クリスティア王国のお金使えませんし」
「でもどうして外貨なんかを……?」
「だってフェリス様がいる国のお金ですから。役に立つかなって」
推しに貢ぐにはお金がいるでしょ? とマオが悪戯っぽい顔でウィンクした。その仕草に、不覚にも鼓動が跳ねた。
子供マオならいざ知らず、美青年がそれをやるとなんだかこう、来るものがある。しかも、今は顔同士が至近距離だ。不慣れなせいで自意識過剰になってしまうのかもしれないが、心臓に悪い。
「マオくん、わたしと会う前からお金を……?」
鼓動を誤魔化すように、マオに聞き返す。
フェリスと出会って以降、マオが祈りのシュークリームを習いに行った時以外はほぼ一緒にいた。その場にはいなくても、呼べばすっ飛んで来ていたから、城の中にはいたはずだ。
お金儲けする時間があったとは思えない。
「はい。推しに貢ぐにはお金がいりますからね。こっちに転生して来てからしばらくは軍資金集めしてました」
マオは、会ったこともないフェリスのことを最初から知っていたということなのだろうか。
いや、フェリスは王都の大聖女と謳われていた。姿を知らずとも、その噂は遠くにも届いていたはずだ。会ったことはなくても、知っていること自体はおかしくはない。やはり前世の話はなにかの思い込みではないだろうか。
そっとマオの顔を見上げる。にこりと笑ったマオに、おかしなところは感じられない。
「お待たせいたしました」
店主の男が戻って来た。その手の中には、手のひらサイズの木箱。そこには、二つの指輪が入っていた。
小さいものの、蒼玉と紅玉がそれぞれ指輪の胴に一石埋め込まれている。
「見たところ、これくらいのサイズかと思いますが……付けてみてください」
「えへへ、推しとペアリング……」
目尻を下げたマオが、紅玉の指輪を右手の薬指に通した。サイズはぴったりのようだ。
買うか買わないかはともかく、マオが指輪を付けたから自分も大きさを試すべきかと右手を伸ばす。
その手を、マオが横からにぎった。その指がわずかに震えている。
まるで、世界で一番大事なものを扱うように。
(って、なに自惚れてるの⁉︎ マオくんは元々わたしのファンなんだから)
薬指にすっと指輪を入れられる。
「わ……!」
マオの一挙手一投足がいちいち絵になる。まるでどこかの物語のようなシーンに、フェリスの胸は再び跳ね、ほおが熱くなった。
まるで、お姫様になった気分だ。
「これが、デートイベント……!」
「あははかわいい。心の声漏れてますよ」
「だって!」
指輪を指ごと目の前にかざす。そこに煌めくのは、マオの瞳の色と同じ真紅の石。
まるでマオの特別みたいだ。いや、フェリスに推しと言ってくれる辺り、特別ではあるのだろうけど。
「じゃ、これください」
「本当に買うの⁉︎」
「はい! そのためのお金ですし! ちょ、ちょっとはカッコつけたいというかぁ……」
照れたように笑ったマオが、急に真顔になってフェリスの手を取る。
そのぬくもりと視線に、なんだか落ち着かない気分になり、つい目を逸らしてしまう。
「外しちゃだめですよ」
「う、うん……」
なんとか頷くと、マオが嬉しそうに笑った。マオが喜んでいる様子に、なんだかほっとする。離してくれた手をまた目の前にかざした。
綺麗な赤だ。
(マオくんにもらった指輪……ふふ、嬉しい)
誰かからプレゼントをもらうなんて経験は、これまで一度もなかった。
いや、正確には民からフェリスへのプレゼントは神殿に届いてはいた。それは、聖女から神殿勤めの者たちに下賜される習わしだ。孤児院から神殿に引き取られてからそう教えてもらった。だから、自分の元に来たことはない。
「綺麗ね。本当にマオくんの瞳の色みたい」
「かわいい」
「おやおや、お熱いですねぇ」
「ちがっ」
ほおに血がのぼった。男は含み笑いをしながら、マオに金額を提示する。
世間知らず過ぎてそれがどれくらい高額なのかはわからなかったが、安くはないのはさすがにわかる。
ご主人いい仕事してますねと言いつつ、マオは金貨を取り出した。おつりはいらないからと、三枚を男ににぎらせる。
「こんなに……⁉︎」
「うん。それとは別に、光鉱石も欲しいんだけど」
「も、もちろん見てってくださいよ!」
「加工とかもしてもらえる?」
「少し時間をいただければ、最優先でやらせてもらいますよ!」
わかりやすく手をこねながら、男が光鉱石の方へ二人を導く。
ちらっとフェリスに顔を向けたマオが、悪戯っぽい笑みでウィンクした。
金こそパワー。
そして、やはり大人マオで正解だった。フェリスではあんなに上手く立ち回れない。そもそも、お金の価値すらよくわかっていないのだ。
(お金かあ……使う暇も使うお金も、なかったなぁ……)
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