象牙の檻
私が毎日、欠かさずその白い頬に塗り広げてあげている日焼け止めの効果は、恐ろしいほどに顕著だった。六月の暴力的な陽光を拒絶し続けた隼人君の肌は、かつての瑞々しい透明感を取り戻すどころか、内側から発光するような病的なまでの白さを取り戻していく。 それは、私の胸を焦がす愛おしさの象徴であるはずだった。しかし、白くなればなるほど、彼の顔立ちにはあの隣人の女の面影が色濃く差していく。光が強く差し込む昼下がりの室内で見つめる彼の横顔は、時に衝撃的なほどあの女に似ていた。女性のように長く、伏せられた影が頬に落ちるほどの睫毛。筋の通った鼻梁。それらが織りなす中性的な美しさは、私の脳裏にあの幽霊のような女を容易に連想させた。まるで、あの女の弟であるかのような、あるいは血を分けた半身であるかのような錯覚。それは、言いようのない気味の悪さを私の脊髄に走らせた。 「由紀子さん、どうしたの? じっと僕の顔を見て。……僕、何か顔についてる?」 隼人君が不思議そうに首を傾げ、覗き込んできた。その瞳の澄んだ輝きに、私はハッと我に返る。 「……ううん。お肌、すっかり白くなったね、隼人君。これで大学でもモテモテね」 「別に、全然モテないよ。僕、大学じゃ基本一人なんだから」 私は、彼の言葉に安堵しながら、彼を包み込むように母親のごとく優しく抱きしめた。その華奢な肩、私の胸の中にすっぽりと収まる彼の体躯。私はその耳元で、祈りにも似た呪文を囁く。 「どこにも行かないでね。私を捨てないで……。ずっと、私のそばにいて」 「……行かないよ。どこにも」 抱きしめた彼の身体に触れる布地の感触が、私の指先に古い記憶を呼び起こした。 「隼人君、その服……」 それは、私がまだ社会人時代の貯金にわずかな余力があり、彼がまだ高校生から大学生になろうとしていた頃に買い与えたものだった。当時は私もまだアルバイトをこなしており、経済的な「余裕」という名の優越感に浸っていた。 あの頃の私にとって、隼人君に服を着せることは、人生で数少ない純粋な娯楽の一つだったのだ。ファッションのブランドも、店の名前すら知らない、無垢で無頓着な彼を連れ回し、鏡の前で着せ替え人形のように服を選んであげる。彼を自分好みの「理想の男」へと少しずつ作り替えていく悦び。それは、私の内側に眠っていた支配欲と母性を完璧な形で満たしてくれた。 (母親って、きっとこういう気分なのね……。自分の血を分けた子供を、自分好みの色に染めていくような、甘美な全能感) けれど、今の私にはそれができない。貯金は底をつき、仕送りは目減りしていく。もっと彼に似合う夏服を買ってあげたい。もっと最新の流行を取り入れた、洗練された彼を見ていたいのに。彼がずっと前の服を大切に着続けていることが、私の無能さを証明しているようで苦しかった。 「隼人君、もうすぐ期末試験なんでしょう? ちゃんと対策はできてるの?」 「たぶん大丈夫だよ。授業もちゃんと出てるし、提出物の評価もいいんだ」 「ねぇ……やっぱり、私、アルバイトを始めようと思うの」 「どうして? またそんなこと言って」 隼人君は、私の腕の中から顔を上げ、少しだけ眉を潜めた。 「ほら、あなた、服を全然持っていないでしょう? 夏服だって、もう何年も前のものばかりだし。新しいのを買ってあげたいのよ」 「大丈夫だよ。今の服で十分足りてるから。それに……」 彼は、諭すような、どこか超越した学者のような口調で続けた。 「由紀子さん、僕はやっぱり、人は働かない方が幸せだと思うよ。労働という行為の根源には、ただ苦痛と搾取があるだけだからね。意味のない歯車運動に何時間も人生を費やして、その対価としてわずかな金をもらったところで、失った魂は戻ってこない。由紀子さんは働かなくてもいいんだよ。お金には今のところ、困っていないんだから。ね?」 ウフフ、と私は力なく笑った。 「隼人君は、本当に優しい子ね」 彼の語る「労働の忌避」は、私にとっては免罪符であり、同時に私を社会から永遠に隔絶する檻の鍵でもあった。 「そうだ、見てよこれ」 彼はそう言って、カバンからクリアファイルを取り出し、ホチキスで丁寧にまとめられたレポート用紙を差し出してきた。 「由紀子さん、見て! 前の提出物、教授から満点をもらえたんだ!」 その時の彼は、大学の知的な講義を受けているエリート学生などではなく、テストで良い点を取ったことを母親に報告する、幼い子供そのものだった。 「すごいわね、隼人君。さすがね」 私は満面の笑みを浮かべながら、彼の柔らかい黒髪を何度も、何度も撫でてやった。彼は、目を細めて本当に幸せそうに私の手のひらに頭を預けてくる。 彼は昔からそうだった。受験生の時も、模試の結果が出るたびに真っ先に私の元へ駆け寄り、偏差値や判定を自慢げに見せに来た。そのたびに私は彼を最高の言葉で褒め称え、幼子をあやすようにその頭を撫でてやった。 彼が私の賞賛を求め、私が彼の優越感を肯定する。このクローズドな関係性の中では、学歴の差も、年齢の差も、経済的な不安も、すべてが一時的な忘却の彼方へと追いやられる。 彼が私の手のひらの中で、満足げに喉を鳴らすような吐息を漏らす。 この歪で、閉鎖的で、依存しきった幸福。 社会の歯車になれなかった女と、社会の歯車になることを拒絶する天才少年。 こんな日々が、外の世界の風にさらされることなく、永遠に続けばいいのに。私は、彼のレポート用紙に記された赤い「満点」の文字を見つめながら、どうかこの平穏な悪夢が覚めないようにと、心の底から祈っていた。




