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怨嗟の記憶と引き裂かれる二人


郷土資料館の薄暗い一角で、貞子は古い写真の一点を見つめたまま立ち尽くしていた。


指先が微かに震える。かつて自らの負の感情の脱け殻――「もう一人の私」と対峙した際、頭の中に直接流れ込んできたあの悍ましい記憶が、今、この島の空気と共鳴して鮮明に蘇っていた。


「……これ、私と同じだわ」


貞子の脳裏に、村を襲う突風と鉛色の空が広がる。パニックに陥り逃げ惑う人々の中で、両親の手を離れ、たった一人で崩れゆく家の中にうずくまっていた無力な自分。


そして、背筋を凍らせるあの感覚。井戸の底へと落ちていく瞬間の浮遊感と、全身を包む冷たい水。息ができない苦しみの中で、助けを求めても誰にも届かなかった絶望。


「『私があなたに伝えたかった、悲惨な記憶の全て』……あの時、脱け殻の私が言った言葉。この島に眠っているのは、単なる祭祀の跡じゃない。私と同じように、井戸に置き去りにされ、世界を呪いながら消えていった魂たちの残響なんだわ」


貞子の瞳に、かつてない執着の光が宿った。これはもはや調査ではない。自分自身の根源に触れるための、避けては通れない巡礼のようなものに変わりつつあった。


その時、栞のリュックの中で、スマートフォンのバイブ音が静寂を切り裂いた。

舞子からの着信だった。画面越しに聞こえる舞子の声は、かつてないほど切迫していた。


「栞……! 今すぐ大島に、羽田家に戻って! 奈緒がおかしいの。私が知らないはずの家の古い記憶を、まるで自分のことのように語り始めたわ。……彼女の影が、私たちの知らない『何か』に入れ替わっている!」

電話を切った栞の顔は、血の気が引いて真っ白になっていた。


「貞子さん……! 大変です、舞子姉さんが……。奈緒ちゃんが、影に飲まれかけているみたいなんです! すぐにフェリーに乗って戻りましょう!」


しかし、貞子は動かなかった。彼女の視線は依然として、壁に貼られた古い島の地図に注がれている。


「栞ちゃん、あなたは行きなさい。大島には、羽田の巫女であるあなたと舞子さんが必要よ」


「何を言ってるんですか、貞子さんも一緒に……!」


「いいえ。……この島の井戸の底で、何かが私を呼んでいるの。私がかつて脱け殻と向き合ったように、この島の『影』もまた、誰かに見つけてもらうのを待っている。これを見届けないと、奈緒ちゃんを救うための本当の鍵は見つからない気がするのよ」


窓の外では、貞子の内面を写したかのように、急激に鉛色の雲が広がり始めていた。風が唸り声を上げ、木々が激しく揺れる。嵐が来ようとしていた。


「貞子さん、でも……!」


「行きなさい、栞ちゃん。羽田の家を、姉妹を守って。私は、ここでもう一人の自分たちの『声』を聞いてくるわ」


貞子の強い意志を孕んだ瞳に気圧され、栞は唇を噛んで頷いた。


港へ向けて走り出す栞の背中を見送りながら、貞子は一人、激しさを増す雨の中に歩み出した。


自分を井戸へと突き落とした世界への、深い深い怨嗟の記憶。


その正体を暴くために。

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