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三人の歩み





九条が去った後の海猫亭は、いつもの穏やかな午後の時間を取り戻していた。


貞子は、ポケットに入れた名刺の感触を確かめながら、カウンターで『雫』の器を片付けていた。そこへ、学校から戻り、水野の家で着替えを済ませた奈緒が、鳴海と一緒に再び店を訪れた。




「貞子さん、お待たせ! ……あれ、なんだか店の中が少しだけ、不思議な匂いがする」




奈緒が小さく鼻を動かした。伊勢で光の巫女としての力を得た奈緒は、空気の中に残る「古い記憶」の断片に敏感になっていた。




「……わかるの? 奈緒ちゃん。さっきまで、あの男性が来ていたの」




貞子は二人を促し、店の奥の落ち着ける席へと座らせた。葉月や沙織は仕込みのために厨房の奥へ引っ込んでいる。




「これ、あの人が置いていった名刺よ」




差し出された名刺を、鳴海が指先でそっとなぞる。鳴海は意識を研ぎ澄ませ、九条が残していった思念に触れようとした。




「……冷たいけれど、鋭利な刃物のような殺気はありません。でも、深い。まるで、何代も前からずっと同じ場所で、静かに海を見つめ続けてきたような……そんな、気の遠くなるような時間の積み重ねを感じるわ」




「彼、自分のことを『観測者』だって言ったの。私が何者かを知る必要はないけれど、この味を作り続ける限り、また来るって」




貞子の言葉に、奈緒が『雫』の残った香りを吸い込みながら、優しく微笑んだ。




「貞子さんの作るお菓子が、あの人の心の『どこか』に触れたんだね。敵じゃないなら、少しだけ安心かな」




「ええ。でも、彼らが何を『観測』しているのか……。それが私たちの歩んでいる道と、どう重なるのかは、まだ見極める必要があるわね」




鳴海は名刺を貞子に返し、力強く頷いた。




「貞子さん。まずは明日からの毎日を、これまで通り大切に過ごしましょう。九条という人が、もしまた現れたなら……その時は、私たち三人で向き合えばいいんですから」




三人は顔を見合わせ、小さく笑った。




大島で絆を深めた姉妹たち、そして博多で自分の居場所を守る貞子。




それぞれの場所で、彼女たちは「日常」という名の盾を持ち、静かに動き出した運命の歯車を、しなやかに受け入れようとしていた。

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