消された家系と、島の語り部
蔵で見つけた「魂の外科手術」を思わせる記述。その生々しい筆致に、貞子は胸のざわつきを抑えきれなかった。彼女は古文書を抱えるようにして蔵を出ると、宿の店主のもとへ急いだ。
「ご主人、この記述……『影を削り取る』という言葉について、何か心当たりはない? それから、この島に伝わる古い血筋について、もっと詳しく知っている人はいないかしら」
店主は、貞子の差し出した古文書を一目見るなり、苦虫を噛み潰したような顔をして視線を逸らした。
「……あんた、そんなもんを持ち出して。それは『触れずの記録』だ。島じゃ、その話は死んだことになってるんだよ」
「死んだこと? でも、現に記録は残っているわ。それに、昨夜の嵐……あれはただの自然現象じゃない。島が何かを吐き出そうとしているように感じたの」
貞子の真剣な眼差しに、店主は深くため息をつき、帳場の奥から古い地図を取り出した。
「……本気なんだな。なら、島の北端にある『隠居所』へ行ってみな。あそこに住んでいる老婆・お静さんなら、あんたの求めてる答えを持ってるかもしれん。彼女の家系は、代々資料館の裏にあるあの蔵を管理してきた『墓守』の一族だ」
貞子は教えられた通り、潮風にさらされて今にも崩れそうな北の果ての民家を訪ねた。
そこで待っていたのは、白髪をきっちりと結い、盲目ながらも鋭い気配を纏った老婆、お静だった。
「……ほう、羽田の娘でもないのに、あの蔵の冷気に耐えられる者が来るとはね」
お静は、貞子が名乗る前にそう呟いた。貞子が古文書の内容について問うと、老婆は乾いた笑い声を上げた。
「影を削る、か。……それはね、あんた。この島が生き残るための『間引き』だったのさ。かつてこの島には、ある特定の血筋だけが住んでいた。彼女たちはあまりに清らかで、人の負の感情を際限なく吸い寄せてしまう。そのままじゃ、島全体が呪いで沈んでしまうからね。だから、選ばれた一人の娘から『影』を無理やり引き剥がし、それを生贄として地下に埋めた。……残された娘は、心のない『聖女』として祀られ、短くも清らかな一生を終える」
「……その一族の名前は?」
貞子の問いに、お静はゆっくりと首を振った。
「名前などない。ただ『鏡の家』と呼ばれていた。だが、その因習を忌み嫌った一族の半分が、数百年前に島を捨て、本土へ渡ったという記録がある。……あんた、自分のルーツを探していると言ったね。本土へ渡ったその『鏡の家』の末裔が、どうなったか知っているかい?」
お静は、見えない瞳を貞子の方へ向けた。
「本土へ渡った一族は、自分たちの正体を隠すために名を捨て、各地に散った。だが、その血に刻まれた『影を吸い寄せる力』だけは消せなかった。……あんたがもし、その血を引いているのなら、あんたが今抱えているその『脱け殻』の正体も、自ずと知ることになるだろうよ」
貞子は息を呑んだ。
自分のルーツは、猫島に捨てられた「影」の残滓なのか、それとも、呪いを避けて逃げ出した「本体」の末裔なのか。
「今日の夕刻、百年に一度の『大干潮』が来る。波が裂けたその先に、かつて影を剥ぎ取られた娘たちの『本当の墓標』が現れるはずだ。……そこへ行けば、あんたの血が答えてくれるだろう」
貞子はお静に深く一礼し、家を出た。
空は異様なほどに澄み渡り、水平線の彼方では、潮が音を立てて引き始めていた。




