系譜の慟哭
大島の羽田家
嵐の風圧でガタガタと鳴る窓が、まるで見えない軍勢が家を取り囲んでいるかのような威圧感を与えていた。
いつもの奈緒に戻ったはずの彼女だったが、その口から漏れる言葉は、次第に彼女自身の意志を離れ、「声の重なり」へと変わっていく。
「……ねえ、聞こえる? 舞子お姉ちゃん。私のすぐ耳元で、女の人たちが代わる代わる名乗るの」
奈緒は虚空を見つめ、何かに耳を澄ませる仕草をした。
「羽田……ハツ。羽田……キヨ。それから、サエ……。みんな、この家にいた巫女さんたち。でも、家系図のどこにも名前がないの。浄化に失敗して、『汚れ』として蔵に閉じ込められたり、若くして里子に出されたりした……忘れ去られたお姉さまたち」
その名を聞いた瞬間、舞子の顔から血の気が引いた。かつて当主を継ぐ際、蔵の奥に秘められた「禁じられた血統の記録」の中で、一度だけ目にした名が含まれていたからだ。
「奈緒、その名前を呼んではだめ! 彼女たちは……彼女たちの思いは、もうこの世の理の外にあるものなのよ」
舞子が制止しようとするが、奈緒の体からは、実体を持った「影」が染み出し始めていた。その影は奈緒の足元から畳を這い、部屋の四隅へと広がり、かつてこの家でひっそりと命を散らした女性たちのシルエットを形作っていく。
「(……なんて冷たくて、重い感情なの)」
鳴海は必死に奈緒の手を握り続けた。鳴海の読み取る力に流れ込んでくるのは、強烈な「孤独」と、それ以上に深い「羽田家への執着」だった。彼女たちは奈緒を傷つけようとしているのではない。自分たちの悲しみを知る唯一の存在である奈緒の光を分かち合い、自分たちもまた、この家の「正当な歴史」の中に混ぜてほしいと、必死に縋り付いているのだ。
「私たちは、いなかったことにされた……。光を守るための、ただの『掃き溜め』にされた……」
奈緒の口から、複数の女性の声が重なって響く。
その時、玄関の引き戸が激しく開き、雨風と共に栞が飛び込んできた。
「舞子姉さん、鳴海姉さん! ……奈緒ちゃん!」
栞の視界に飛び込んできたのは、居間にうごめく無数の女の影と、その中心で力なく微笑む奈緒の姿だった。栞が抱えていたリュックの中で、白紙だったはずの「羽田家の巻物」が、異様な熱を放ち始めていた。
「栞……! 来てくれたのね。でも、近づかないで! この影たちは、羽田の血を持つ者にしか見えない『家の記憶』そのものよ!」
舞子が叫ぶ中、影たちは栞の登場に呼応するように、一斉に首を巡らせた。
羽田家という大きな檻の中で、数百年分の「無念」が、ついに一族の末裔たちを審判の座に引きずり出そうとしていた。




