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血脈の枷


大島の羽田家を揺らす嵐は、次第に「外」の風雨とは異なる響きを帯び始めていた。


舞子と鳴海に抱きしめられ、いつもの笑顔を取り戻した奈緒。しかし、彼女が再び茶を飲もうと湯呑みに伸ばした指先が、わずかに空を切った。空間そのものが歪んでいるかのように、彼女の存在が現実から数ミリ浮き上がっている。


「……ねえ、舞子お姉ちゃん。私、さっき言った『白闇』のこと、少しだけ思い出したの」


奈緒が穏やかに話し始めた内容は、羽田家の禁忌に触れるものだった。

それは猫島の事件とは無関係な、この大島という土地に深く根を張った、羽田の巫女たちの「負の系譜」


「代々の巫女たちは、この地を浄化するために、人々の負の感情を自分の中に一度取り込んで、それを『無』に還してきたでしょう? でも、還しきれなかったかすは、どこへ行くの?」


舞子は、曾祖母から聞いた古い言い伝えを思い出し、震え上がった。

羽田の巫女は、輝かしい光の守護者である一方で、浄化しきれなかった怨嗟や悲しみを、自身の内側の深い場所に溜め込む「器」でもあった。報われぬまま若くして命を散らした巫女たちの、泥のように重い感情の堆積。


「……それらが、奈緒を選んだというの?」


鳴海が問うと、奈緒は悲しげに微笑んだ。


「選んだんじゃないわ。……私が伊勢で『光の巫女』になったから、彼女たちには私が見えちゃったの。暗闇の中で唯一灯った、眩しすぎる光として」


羽田家という家系が、その繁栄の裏側で切り捨ててきた 「犠牲になった巫女たちの残滓」

彼女たちは、今の羽田家で最も純粋で、最も脆い奈緒の光を、自分たちの「正当な居場所」だと誤認して集まってきているのだ。


一方、嵐の猫島


貞子は石仏の前で、静かに掌を合わせたまま、島の郷土資料館で見た記述と、今この土地から感じる波動を反芻していた。


(……この島にあるのは、もっと古く、原始的な影の祭祀。でも、今、大島の方から流れてくる気配は違う)


貞子は、海を越えて伝わってくる微かな「身内の呼び声」を察知した。それは猫島の井戸とは繋がっていない、別の、だがもっと切実な「家庭内の悲鳴」


貞子にはわかる。それは猫島の怨念のように外から襲いかかる呪いではない。羽田という家、その血脈そのものが内側に抱え込み、長い年月をかけて発酵させてしまった、身内による「身内のための呪縛」だ。


「……大島の闇は、私には触れられないものかもしれない」


貞子は、土に還った石仏たちを見つめながら呟いた。猫島の影たちは、外から来た貞子の祈りに救いを見出した。しかし、大島の奈緒を蝕もうとしているのは、彼女自身の血に流れる「先祖たちの慟哭」だ。それを解けるのは、同じ血を分けた舞子、鳴海、そして今こちらに向かっている栞だけ。


「頑張って、みんな。……私はここで、この島の影たちと共に、あなたたちの無事を祈るわ」


貞子は、自分には自分の役割があることを悟っていた。彼女がこの島の影を鎮めることで、霊的な負荷を減らし、大島の姉妹たちが自分たちの家の問題に専念できるよう「道」を整える。


大島では、羽田家の屋根裏や壁の隙間から、実体化した「過去の巫女たちの溜息」が漏れ出し始めていた。


奈緒という器が耐えきれなくなる前に、舞子たちは一族の歴史が隠してきた「最も暗い真実」と対峙しなければならない。

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