できないことと夢
「やることがない」私はそう思った。
今は24xx年、AI及び人類の共同作業によってかつてより遙かに効率的に発電をする「ダイソン球」というものが作られた。
過去地球で使われていた太陽光パネルを太陽の周りに衛生として飛ばし、直接エネルギーを採取できる。
火力発電に比べるとほぼ無限に近いエネルギーをCO2無しで獲得できる。
全ての仕事はAIが行うので、人間は娯楽に集中できる…はずだった。
さて、何をしよう。宇宙旅行。太陽系なら簡単に旅行ができる。木星の衛星に実際に行ってみたら地球には無い景色と原生生物が広がっていた。
人類はさらに遠くの星に好奇心を向けている。私も太陽系外の惑星に行ってみたい。というか、既に探査ロボットによって人類が住めるようにはなっている。
問題は、距離が遠すぎることである。1番近くて4.2光年先。
どれだけ人類が発達しても、不変の物理学には逆らえず、光速を超えることは不可能だ。
ロボットとは違い、往復で10年ほど宇宙の景色を見続けることはきっと精神がだめになってしまうし、寿命の1/20も使うのはもったいない。
ならば小さい頃からの夢を叶えよう。空に浮かぶ自分だけのお城で過ごす。
これなら実現できそうだ。アインシュタインの質量とエネルギーの等価性より、莫大なエネルギーがあれば好きな物体を生み出すことができる。
空中で自分の好きなように城をつくるのは、遠い昔ゲームでしか出来なかったことを実際にリアルで行うことはこんなにも楽しいことなのかと思う。自分で何かを達成した時の快感というのはやはり文明が発達しても変わらないらしい。
数日後、とあることに気がついた。建築の美しさをどのように引き出すのかわからない。
しかし、すでに人類はそこまで到達する能力を失っている。全ての仕事と開発はAIが行っているからだ。
何をしてもいい世界なのにできることが少ないので、私は読書をすることが多い。読書は自分の考えつかなかったことを教えてくれる。昔の人々が書いた歴史書を読んで思いを馳せることもまた素晴らしい。
…
やはり読んでいて面白いのは21世紀を題材にした物語だ。
この辺りで人類はできることが大幅に増え、衝突と合意を繰り返しながら少しずつ文明を発達させる。わずか100年の間にさまざまなものが作られては時代遅れになっていった。
新しい技術の発明に全世界が競争、協力し、新発明を喜んでいたそうだ。私も人類史を変えるような発明が起きたところを生で目撃したい。
しかし、人類はもう「この世界」をクリアしてしまったようで、それはもう人類では起こせないらしい。
ならばそうだ、それがある世界を作り上げよう。エネルギーさえあればきっと出来る。
仮想空間上に2000年前後の地球を再現して、ランダムに生まれた人に私の意識が一生乗り移るようにする。
場所は…日本なら戦争によって死ぬ可能性は低いだろう。そして、この世界のことはそっちで死ぬまで記憶から消して…
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こうして仮想空間上に生まれた僕は、今日も人類史で最も面白い21世紀を生きている。この後に起こる様々な人類史に残る発明も知らずに。
お読みいただきありがとうございました。
初投稿作品です。
学生時代に課題として小説の作品を求められた時に書きました。
何をしてもいい祝日に「やることがない」と思った経験を元に、未来に思いを馳せてこの小説は生まれました




