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異世界人は日本円を持っていない・短編版

愛されたかった女忍者のフルーツサンド

作者: 桜雨実世

 いつもきららさんはうつむき加減で、地味な雰囲気の女性だ。もっとも着ている服は小袖と呼ばれる着物の一種。


 だから、私が暮らす町を歩けば、注目を浴びるに違いない。

 でも、そんなことは絶対にない。


 なぜなら、彼女は異世界の住人だからだ。

 そして、私は異世界人ばかりが集まるカフェの経営者だ。


「今日もフルーツサンドでいいですか?」

「はい! お願いします」

 私の問に、きららさんは二つ返事で頷いた。


 私は冷蔵庫に常備しているホイップクリームを、格安のボソボソとした食感の食パンに塗りたくり、フルーツをサンドした。


 フルーツは赤くて丸いが、中身はピンク色。異世界のもので、名前は知らない。客がお代として置いていったものだからだ。


 きららさんはフルーツサンドを頬張ると、

「おいしいです。私の世界にもこういうのがあればなー」

 残念そうに言った。


 なぜだかわからないが、和風の世界は日本と、洋風の世界はヨーロッパと共通する点が多々ある。もちろん、中華風世界は中国と似ている。


 彼女が住まう和風世界ではパンそのものがないのかもしれない。 


 きららさんは食べる手を止めた。改まった様子で、

「……あの。私が実はくノ一だって、前に話したのを覚えてますか?」

「覚えてますよ。えっと……偉い人に近づいて、妾とかになって、情報を聞き出したりするお仕事でしたっけ?」


 彼女は頷いてから、俯いて、

「実は里から抜けようと思うんです」

「そうですか。私の世界の忍者は里から抜けると、追っ手に追われて殺されるのがルールなんですよ」


「……同じですね」

「それでも逃げようとしてるんですか」


 きららさんは涙声で、

「お館様に報告に伺った時に、たまたま聞こえちゃったんです。姫と私が片思いをしている方との会話を」


『きららなんてのは、誰とでも寝る股が緩い女なんだぜ』

『あの子、どんくさいから、そういうお仕事しかできないのよ。それに、根暗で辛気臭いし』


「ああ、結構酷いことを言われているんですね」

「でも、事実……なんです。索敵とかしてもおっちょこちょいでうまくいかないし、火薬や薬の調合も不器用で無理で……」

「忍者の里に生まれたのが間違いだったんでしょうね。残念でしたね」

「はい。そう思います」


 きららさんはとうとう泣き出した。

「そのあと、皆が私のことなんて言っているのか知りたくて、里の中をこっそりと回ったんです。そうしたら……」


『あんたも勉強できないと、きららみたいな仕事させられるよ』


「そんなふうに私の名前が使われていたんです。里の皆のために、お館様のために、こんなに頑張っているのに、皆からそんなふうに思われていたことがショックで……」


 まだ二十歳にも満たない少女には辛い状況だろう。


「私がお館様の命令で、とある大名の妾になったのは十四才の頃でした。その頃から里の皆は私のことをそんなふうに思っていたんだろうなと思うと、死にたくなったんです」

「辛いですもんね」


 きららさんは持っていた短刀を首元に持っていき、

「何度も、自分の喉笛を刺そうとしたんです。でも、とうとう怖くてできなくて……」

「死ぬのって怖いですもんね。死んだあとどうなるかよくわからないし」

「わかっていたとしても、怖いですよ」


 大粒の涙をぼろぼろこぼすきららさんは短刀を仕舞い、

「でも、抜け忍になったら、殺してもらえるじゃないですか」

「なんて言えばいいか全くわかりませんね。おめでとうとも言えません」

「そ、そうですよね」


 私はふと、

「もしかして、そんな中でも生きてるといいことがあるから、抜けずに生きろって言ってほしかったですか?」

「いえ。店主さんはそういうことは言わないって知ってるから、このお話をしてるんです」


 私はほっと胸を撫で下ろした。

「ああ、良かった。無責任に、不幸な状況でも生きてください、生きていればいいこともあります。なんて言いたくなかったんです」

「嬉しい」

 きららさんは泣きながら言うから、全然嬉しそうに見えない。


 そして、彼女は、

「里を抜けてから、あることをしたいんです」

「へー。それはなんですか?」

「……は、恥ずかしいから、内緒で」

 恥じらいながら、フルーツサンドを食べることを再開した。


 十日後にやって来た彼女は随分と疲弊をしていた。疲れた表情で幾分痩せて、目の下にはクマができている。


 私に代金として、櫛を渡した。江戸時代に使われているような木製の櫛だ。

「私が普段使っているものですけど、いいですか?」

「いいですよ」

 これは江戸時代とか明治初期あたりの櫛とかって言えば売れそうだ。


 私が、

「その黄色い着物似合ってますね」

「ありがとうございます。追っ手から逃げている最中に、着物がぼろぼろになったので、町で適当に盗んだものです」

「そうでしたか」


 私はまたフルーツサンドを作った。今日は安い輸入もののフルーツの缶詰だ。

 きららさんはフルーツサンドを頬張りながら、

「久しぶりの食事なんです」

「やっぱり抜け忍生活は辛いですか?」

「そうですね。でも、殺される前にどうしてもあることをしたくて、そのために頑張って逃げてます」

「無事に、目的達成まで逃げられるといいですね」

「はい。町に入ることができたので、あと少しで達成できそうです」


 私は素朴な疑問を投げかけた。

「追っ手ってどういう人なんですか?」

 きららさんは言いづらそうにしている。

「言いたくなかったら言わなくてもいいです。失礼な質問でしたね」

「いえ! 違うんです。決してそういうわけではないんです」


 強く否定してから、少し恥ずかしそうに、

「私に殿方を喜ばせるためのまぐわい方を教えてくれた人です。いわば、私の師匠です」

「あんなことやこんなことの師匠ですか。そういうのって女の人が教えてくれるんですか?」

「いえ。師匠は男性です。すごく強くて、立派で……。里でも一目置かれてるんです」


 きららさんはポツリと、

「はい。私の体のすべてを知ってるのはその人だけです。他の人は全員、師匠に殺されてしまいましたから……」


 そして、遠い目をしながら言った。

「どうして、師匠は皆から慕われて、私は蔑まれるんでしょう」

「世界って、人間って、不公平ですから。そういうものですよ。世界は違っても、大抵、色々な男と寝る女は蔑まれることが多いです」

「なんか少し安心しました」

 そうは言いつつも、彼女は少し涙ぐんだ。


 フルーツサンドを全て食べ終わると、店を出ていった。


 私は次の日からフルーツサンドに一番合う食パンである生食パンを常備するようになった。これは値段が少々高いが、人生の最後に食べるのに相応しいパンだろう。


 そして、彼女が店に来た時、ちょっとだけ余裕がある感じだった。

 短刀を差し出して、

「これを代金の代わりにしてくれませんか? 私の大事な守刀なんです」

「わかりました」

 私は受け取った。

 残念ながら、これは売ることができないから、現金にできない。


 私は生食パンを、指の跡がつかないように気をつけながら取り出した。

 とてもふんわりと柔らかいから、集中しながら、パン切り包丁で丁寧にカットする。

 

 冷蔵庫でよく冷えたキウイとパイナップルをカットし、表面の水気をキッチンタオルで拭き取る。


 そして、最後にホイップクリームとフルーツをサンドしたら完成だ。


 きららさんは私が差し出したフルーツサンドを愛おしそうに見つめ、

「これが、私にとって、最後のフルーツサンドです」

「じゃあ、目的を果たしたんですね」

「いいえ。でも、もう逃げるのも疲れました。師匠から逃げること自体、もう限界ですし」


「目的を果たせなくて残念です」

「少しだけ果たせたんです。それで、満足できましたし、それで、満足しなきゃいけないし」

 心境としては複雑なのだろう。


 それでも、きららさんは満足そうに、フルーツサンドを一口かじってから言った。

「今日のパンはいつもよりも甘くてふわふわしていて、とってもおいしい」

「そうですか。いつもと同じなんですよ」

「不思議だな……。いつも食べてるのに、こんなにもおいしいなんて」


 パンが柔過ぎて指の跡がついたフルーツサンドを皿の上に置いてから、

「本当は、私、誰かを好きになって、その人と体を重ねたかったんです。好きな人との交わりはとても幸せな気持ちになるって聞いたので」

 私は黙って彼女の言葉を聞いていた。


「でも、町に行ってすぐに好きな人なんてできません」

「一目惚れでもしない限りはそうですよね」


 きららさんは頷いてから、

「だから、せめて、自分が選んだ男性とまぐわってみることにしたんです。今まではおじさんやおじいさんばかりで、選べませんでしたから」

「すぐに、そんなに関係を持てるものですか?」


 きららさんは私の問いに対して、

「色仕掛けは得意なので」

「そうでしたね。で、どうでした?」


 彼女はかすかな微笑みを浮かべながら、

「別に。なんとも。おじさんやおじいさんよりは臭くないな、力強いなっていう程度でしたね。でも、試すことができてよかったです」


 微笑んでいるけれど、どこか悲しさが込められているように感じた。


 きららさんは、

「私の全てを一切否定しないで、認めてくれるのは店主さんだけでした。本当にありがとう」

「いいえ。こちらこそ」


 微笑みながらも彼女はやるせなさをにじませながら、

「私はお館様や里にとって、必要とされていました。でも、里の人々には実際のところ、蔑まれていたんです。結局、私という存在はなんだったんでしょう」

「そういう存在もいますよ。世界は、人生は、集団は、不平等ですから」

「ああ、そうなんですね。私は、あまり恵まれていないだけだったんですね」


 納得したように頷いてから、一言ポツリと、


「ああ、誰かに心から激しく愛されたかった」


 そういう彼女に悔しさは感じられなかった。悲しみながらも自分の人生の終わりに満足しているようだった。


 きららさんはフルーツサンドを食べ終わると立ち上がり、

「黄泉で末永く店主さんのことを待ってますね。また、フルーツサンドを私のために作ってください」

「もちろんいいですよ」


 彼女は笑顔で、店を出ていった。

短編版1

https://ncode.syosetu.com/n9771kt/

連載版もあります。

https://ncode.syosetu.com/n3452ku/1


良かったら、読んでくれると嬉しいです。

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