『猫文藝』より拔粋
〈我が躰打ち棄てたとて万緑よ 涙次〉
今回は趣向を變へて、テオ=谷澤景六の随筆集、「本屋大賞」を獲つた『猫文藝』から、キモのところをお送りしたい。なほ、後書きにも書かれてゐるが、谷澤はウィキペディアを使はない人(?)なので、特にテレビの話題等、記憶に誤りがあつたら、濟みません、との事。
【ⅰ】
警視庁「魔界壊滅プロジェクト」の佐々圀守警部補。さつさと云ふのは珍名であるが、彼は『水戸黄門』で名髙い、佐々木助三郎(助さん)の直系の子孫である。佐々木、と云ふのは、お茶の間に通りの良いやう、後世の人が勝手に變名したのであつて、本名は佐々(さつさ)と云ふのが正しい。その証左に、佐々キャップは、ご隠居・黄門様の名前、水戸光圀から一字取つて、圀守と名付けられた。名門の出なのである。
僕は黄門様を東野英治郎さんが演じてゐた頃のテレビ時代劇『水戸黄門』が好きだ。助さんは、里見浩太朗さんだつたね。格さんは確か杉良太郎さんだつた、と思ふ。杉さんは、里見さんと比べて惡つぽくつて、良太郎などゝ名乘る人は、大體惡である事が多いんだな。笑。
何故佐々キャップの話から始めたか、と云ふと、彼が左利きだから。だが拳銃のホルスターは、左に提げてゐると云ふ。尤も、彼がピストルを使ふ場面は、想像出來ないが。カンテラ兄貴も、僕も、それから僕の同人誌仲間の永田さんも、左利きである。カンテラ兄貴は、左利きと云ふ事を最大限に生かした、刀術を使ふ。だから、と云つちやなんだが、あんなに強いのだ。永田さんは右腕に、ケロイド狀の火傷があつて、彼は説明してくれないけれど、そのせゐで左手を使ふやうになつたのだと思ふ。
【ⅱ】
僕の躰は、動物としてあり得ない要素を、これでもか、と詰め込んでゐて、例の天才脳のほか、左利きぢややつて行けない野生の法則も度外視されてゐる。中野區野方にも雀はゐるが、その雀たちが利き手(利き翼、か)左だつたら、生きてゆけないと思ふ。僕は、生まれて1年後にカンテラ事務所に拾はれてきたのだけれど、不便はした事ない。永田さんの世代では、左利きは右を使ふやう、學校で矯正されてゐたらしい。今では考へられない事だ。だから、カンテラ兄貴のポートレイトで、左に刀を提げてゐるのを描いたら、モグリの証拠。
水戸光圀は、日本で最初にラーメンを食べた人、として知られてゐる。僕は猫だから、当然猫舌で、ラーメンは食べられない。だけど、冷やし中華なら食べた事あるんだ。悦美さんとフルくんの共作の胡麻だれの奴で、豚の耳が載つてゐて、頗る美味だつた。あゝさう、僕は味蕾も一般猫とは違つて、異常発達してゐる。先の左利きの件と云ひ、言葉は惡いが、動物として一種の「畸形」なのだ。で、冷やし中華、錦糸卵製作と、豚耳の下拵へはフルくんが担当したんだよね。でゞちやんは食べるのに一苦勞したらしいが、僕にはまさしく「甘露」だつた。夏の暑い盛りでね。
【ⅲ】
永田さん、と云へば『斬魔屋カンテラ!!』なんだけれども、彼が何故か書き落としてゐるエピソオドがある。カンテラ兄貴を先祖の仇、と付け狙ふ、内藤主馬と云ふ男がゐたのだが、その家臣のそのまた子孫、蓮田右馬之進てのが、東京中方々で放火した罪を、カンテラ兄貴は引つ被らなけらばならなかつた。所謂デマ。で、勿論の事、兄貴とじろさんが退治した譯だが、内藤家の墓處、市ヶ谷駅近く、番町(『番町皿屋敷』を思ひ出す。血塗られた地だ)にあつて、その前で血闘が繰り廣げられた。内藤は相当の遣ひ手だつたらしいが、結局、兄貴・じろさん組が圧勝。内藤は兄貴に斬られ、蓮田はじろさんに「空氣投げ」でぶん投げられた後、兄貴に耳を差し出さねばならなかつた。兄貴が耳を斬り取つた譯。鬼気迫る復讐である。因みにじろさん、この二人の事を「馬・馬コンビ」と呼んでゐた。笑。強いのに、おとぼけなところは、当時と今と變はつてゐない。
左利きの話に戻る。カンテラ兄貴の精妙なそつくりさん、* 伊達剣先との死闘を覺えてゐますか? 剣先は左利きにインプットされてゐて、そのせゐか、兄貴、やり難さうだつた。結果としては、脳がショートして、剣先(ロボット剣客)は自滅・お陀佛したんだけどね...
* 当該シリーズ第59話參照。
【ⅳ】
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〈或る女子宮つんざく音慾しと夜な夜な出たり巷なる場へ 平手みき〉
...まあつらつら(私が出てくる箇所を)抜粋してみたが、こんなところ、である。私・永田は、八重樫火鳥の事が終はつてから讀んだのだけど、カンテラ係累の神秘のヴェールが、多少は透けて見える、天才猫の日常雑記。記憶力の良さは云ふに及ばず、語りの上手さは、エッセイとして絶品である。尠なくとも、私には書けないシロモノだ。皆さんも、本を持つてゐらつしやらないのなら、今すぐ書店にGO!! である。尤も、賣り切れ・再版待ちだとは思ふし、圖書館でも貸し出し中だとは思ふが。なほ、文中の脚註は私が付けた。
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〈餡パンの臍の櫻花や夏は來ぬ 涙次〉
と云ふ譯で、『猫文藝』ごく一部でしたが、お送り致しました。私の某誌新連載『火鳥のゐない事』も宜しく!! ぢやまた。お仕舞ひ。