勝手に側近になってた!
一部最終話まで後5話
神殿の祭壇前の壇上には、ユング王子の家族のゴルドファブレンの王族と、リリお姉様の家族のナトゥーアの王族が並び立っている。
「さすが王族ですね。皆様、美しいですわ」
特に、ナトゥーアの王は顔がすごくいい。
——びっくりするほどカッコ良いわ。
「リリお姉様のお父様、カッコイイですわね。でも、誰かに似ている気がする。誰かしら?」
私は式の最中にもかかわらず、余計なことを考えていた。
だって、勝手に私の人生のレールを引かれたんだもの、不貞腐れたくもなる。
——ちょっと腹立たしかったのよ。
「……アウスリーベン先生だろうね」
アズ兄様は、複雑そうな顔で教えてくれた。
——あ、確かに。スッキリしたわ。
大司教は祭壇中央に佇み、誓約台には婚約を取り交わすための書類が置かれ、ユング王子とリリお姉様が並んで署名をしている。
——王族の婚約式はやっぱり違うわね
先日まとまったばかりの、お気楽な私の婚約とは全く違うわ。
ピンと張りつめた静粛な空気の中、ペンが紙の上を走る音だけがシャラシャラと響く。
——ユング王子もリリお姉様も嬉しそう。
サインが終わり、大司教は書類を確認すると、婚約証書を頭上高く掲げ、署名が記載されていることを皆に知らしめた。
「アレクサンディー山脈を司る、三柱の女神の御前において」
大司教が高らかに宣言を始めた。
「ユンググリューン・ゴルドファブレンと、リープリッヒ・アウスリーベンの婚約が成された事をここに宣言する」
大司教の言葉に、参列者が揃って胸に手を当てて頭を下げ、三柱の女神に祈りを捧げる。
「参列せし者よ、この誓約の証人として、その成立を見届けよ」
祈りを終えたら婚約式も終わりを迎えた。
——案外あっさり終わるのね?
引き続き厳粛な空気のまま、誓約台の前から大司教が一歩下がり、代わりにゴルドファブレンの国王が中央に立った。
——国王様、初めて見たわ。
リリお姉様は一歩後ろに下がり、音も立てずに優雅にナトゥーアの王の横まで移動した。
——これから、王子の戴冠式が始まるのね
私は周りの大人たちの厳かな雰囲気に圧倒され、緊張していた。
「ユングの戴冠式だな。資料で知ってはいるけれど、見るのは初めてだ」
私の緊張をよそに、アズ兄様はいつも通り、普通に話しかけてくる。
神殿内に入ってからずっと防音結界は張っているけれど、厳かな祝典中に気楽に話しかけると、気が抜けてしまうから辞めてほしい。
「アズ兄様、お気楽すぎです。もう少し緊張感を持ってください」
私がさすがに失礼だと、自分の事を棚に上げて小声で文句を言うと、
「ああ、済まない。式典関係はユングの傍ではヘルグと三人で、小声で会話しているんだ。口さえ動かなければ誰にも分からないだろう?」
確かによく見たら、アズ兄様の口はさっきから閉じたままだ。
——器用なことをするのね?
(知らなかった。私は正式な式典は初めてなので、さっきから粗相をしないか心配していましたけど、それを聞いてなんだか安心しました)
私は口が動いてしまうので、面倒になり、念話で会話をすることにした。
(こっちのほうが楽だな。どうせ今頃、ヘルグは腹減ったとか、剣技の事しか考えてないだろうと思うよ?)
(アズ兄様、これ以上は笑ってしまうのでやめてください)
私が拒否すると、隣からフッと鼻で笑われたことを感じ取った。
どうせ真顔でしれっとしているだろうから、あえてアズ兄様のことは見ないことにした。
(ユング王子、忙しくなりますね)
国王がゴルドファブレンの歴史を語り、これからユング王子に課される責任を伝え、その責務を全うする心づもりを訪ねている。
(そうだな。ユングの責任は更に重くなるな)
今後、ユング王子は少なくとも、重鎮の大人たちを中心とした組織の長となり、老齢の者まで配下に据えて行動していくのよね……
それは、13歳の青年が担うには大きすぎると純粋に思った。
(こうやって考えると、ユング王子って今までもかなり大変だったのでしょうね)
(ユングは生まれながらに責任があった。幼少期から本当に頑張っていたんだよ)
アズ兄様は、王子を尊敬してるのだろう。
(だからこそ、俺とヘルグにしか我儘を言わなかった……これからは、もっと大変になる)
(側近の二人は、ユング王子を随分慕っているのね?)
王子とは一緒にご飯を食べているけど、取り立てて魅力も凄さも全く感じないけど……
——きっと本当は違うんだろうな。
(まあ、小さいころからいつも一緒だし、ユングの頑張りも見ているから。これから先も支えたいし、一番の味方でいたいと思っているよ)
頭のいいアズ兄様が、こんなにも心酔しているのだから……
——ユング王子は本当にすごい人なのかも。
壇上では膝まづいたユング王子に、国王がいつの間にか冠を載せていた。
「この冠をもって、ユンググリューン王子を、王太子と認める。王国の秩序と安寧を守る者として、汝に三柱の女神の英知があらんことを」
立ち上がってこちらを見たユング王子は誇らしげにアズ兄様と目を合わせて頷き、私に目を向けると、嬉しそうに目を細めた。
——いやだわ
お話に意識が持ってかれて、ろくに見ていなかったわ。
貴族としての人生において、王太子の戴冠式に招かれるなんて、滅多に無い事だったのに、
ちゃんと目に焼き付けなくちゃ
「三柱の女神よ、この王太子の歩みを護り、王国に平安あらんことを。ここに立ち会う者すべて、心を合わせてこの祈りに加わらんことを」
国王の祈りの言葉に慌てて胸に手を当て、頭を下げた。
——今日は、淑女として散々だわ。
お母様がいなくてよかった。お母様がいたら、きっと念話でずっとお説教だったわね。
集中力に欠けたけど、ユング王子の戴冠を見届けることが出来たので良しとしよう。
「ここで、参列の皆様に改めて王太子の側近の紹介します」
宰相が、壇上に上がってきた。
——アズ兄様のお父様だわ。
先日の穏やかさとは、真逆の雰囲気だわ。
「ここにいない者には後日書面で通達するが、今から名前を呼ばれた者は、壇上まであがってくるように」
——え、壇上?
何それ、聞いてないんだけど……
困って思わずアズ兄様を見たら、
「あー、この感じだと、呼ばれるよな?」
アズ兄様は少しだけ眉根を下げている。
周りの大人たちは、知っているからか、微笑まし気にこちらを見ている。
「まさか……この高位貴族の中、一人で壇上に向かえと言うのですか?」
——酷すぎるわ!
とんだ無茶ぶりもいい所だ。緊張で思わず涙が出そうだった。
「まずは、王太子のご学友でもある、アズールブラウ・グランディエラ並びに、ヘルグラウ・フェルトシュパート」
真っ先にアズ兄様とヘルグ兄様が呼ばれた。
「そして、グランディエラ家と婚約を結ばれているティーフロート・シュピネル。壇上に上がりなさい続きまして……」
呼ばれる順番は……王子との距離が近いもの順よね?
——3人目で呼ばないで!!
「ティト、よかったね、俺と一緒に行けるよ」
アズ兄様はにこやかにエスコートの手を差し伸べているけど……
いきなり『アズ兄様の婚約者としての立ち回り』まで、しなければならなくなった私には全く余裕がなく、
「アズール様、よろしくお願いいたしますわ」
目が全く笑っていない笑顔を張り付け、貴族令嬢の仮面をかぶり、アズ兄様から差し出された手を握ると、
アズ兄様は苦笑いしたままエスコートをし、
私を見たヘルグ兄様は、そっと目をそらし、
リリお姉様は私の迫力に思わず涙目になり、
——後で、絶対覚えてなさいませ!
私は、ユング王子を瞳の奥で、がっつり睨みつけてやった。
周りの大人たちは、初めての正式な式典参加が戴冠式では緊張するのも仕方がないと、温かく見守ってくださったのが幸いだった。
「——あの時のティトの睨みが怖くて、いまだに逆らえない」
大人になった後も、そう言われ続けた。




