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✽ 卒業式は華やかに ✽第72章 卒業ダンスパーティー (エリック視点)

これが最終章になります。

   

 ユリアーナの瞳のアンバー色のスラックスに、これまた彼女の髪の赤茶色の上着を身に着けた私は、かつての母校の庭を目的地に向かって歩いて行った。

 相変わらず何やら甲高い声があちらこちらから上がっていたが、そんな雑音など気にしてはいられない。どうせこの先、もっと大きな悲鳴が響き渡るに違いないのだから。

 

 そしてそれは正解だった。

 待合室になっている教室に顔を出すと、

 

「キャー!!」

 

 という、耳をつんざくような歓声が湧き起こり、たまたま横にいた青年が躓きそうになったので、慌ててその彼を支えた。

よく見ると、その青年も卒業生で、しかも顔見知りだった。

 

「大丈夫かい、カートナー卿?」

 

「ありがとうございます。なんか、すごいですね。いつもこうなのですか? 大変ですね」

 

 ずれ落ちかかった丸眼鏡を慌てて押し上げながら私の顔を凝視したのは、隣の領地の辺境伯の三男だった。


「ははっ、まあね」

 

 私が苦笑いすると、彼はなぜか顔を赤らめてこう言った。

 

「今日僕は、写真機を持ってきたのです。もしよろしかったら、パーティー終了後に記念に一枚お撮りしましょうか?」

 

 それは素晴らしいと私は思った。ユリアーナと揃いの衣装が出来上がったときに、一応記念写真は撮ったけれど、やはりイベントの写真の方が思い出になっていい。

 

「よろしく頼む」

 

 そう言って私は部屋の中に入り、ユリアーナの前に立って、左腕を差し出した。

 

「待たせてしまったね。さあ、行こうか」

 

「お迎えありがとうございます」

 

 ユリアーナがそれはそれは愛らしい笑みを浮かべて私の左腕に手を置き、周りに向かって軽く会釈をした。

そして二人で教室から出ようとした時に、背中からは何故かおめでとうございます!コールが響き渡った。

 えっ? おめでとうって君達もだろうと思いながら廊下に出ると、歩きながらユリアーナがこう言った。

 

「あの祝辞は卒業祝いではなくて、私達が婚約をしたことに対するものですわ」

 

「えっ?」

 

 驚愕する私に、ユリアーナはしてやったと少し自慢気な顔をした。

 

「「攻められることがわかっているのなら、その前にこちらから先に攻め込んでやりなさい。勝算が見込めないのならなおさらね。そうすれば気持ちだけは負けていないから」

 

 幼いころ剣術の練習試合をしていたときに、相手に敵わないとわかっていながら、それでも負けるのが嫌で姑息にも逃げ回っていたことがあったの。その時 、お祖母様にそう言われたの。

 剣の腕そのものというより、私は精神で負けているのだということを、お祖母様は教えたかったのだと思うわ」

 

 私もお祖母様に昔同じことを言われたことがあったな、と懐かしく思った。 

 私達二人の婚約、そして結婚は貴族社会で大きな話題になるだろう。そして色々騒がれ、詮索されることだろう。中には貶めようとする連中も出てくるかもしれない。

 しかし、それを怯えるよりも自分の方から迎え撃ってやろうと、ユリアーナはわざわざ宣戦布告したのだろう。

ユリアーナを守りたい一心で、ただ時間を遅らせていた臆病な私と違って。

 敵わないな。全く。さすが女魔王の孫娘だよ。

 

「それじゃあ、二人で仲良く敵陣に向かおうか」

 

 止まった足を再び動かし始めると、ユリアーナも満開の笑顔でそれに応えてくれた。

 

「私達の熱烈ぶりを見せつけて、敵を翻弄してやりましょう!」

 

 



 そして、とうとう卒業ダンスパーティーが始まった。

 会場となった講堂の中では、多くの参加者達が私とユリアーナのダンスシーンに見惚れていた。

 しかし、三曲目くらいからはようやく我に返ったようで、皆がそれぞれのパートナーとのダンスに真剣に向き合うようになった。それを見て内心ほっとした。

 せっかくの卒業ダンスパーティーなのだから、卒業生全員に大切な思い出を作ってもらいたからな。

 そして、そういえばと、ようやくあることを思い出してユリアーナにこう囁いた。

 

「陛下が今朝無事に帰還されたよ」

 

「まあ。それは良かったですね」

 

「そのせいで早朝から王城に召喚されたんだ」

 

「まあ。何か重大なことでも起きたのですか?」

 

 ユリアーナが目を丸くした。

 

「ああ。ブライアン殿下を廃太子にして、ブライトン侯爵夫人を王家に戻して王太女にするそうだ」

 

「まあ!」

 

 ユリアーナは一応驚く表情を見せた。もし誰かに聞かれていても、前々からわかっていたと思わせないためだろう。

 

「廃太子になった後、ブライアン殿下はどうなるのでしょうか?」

 

 やはり元婚約者のことは気になるのかと、少々ムカッときたが、それを堪えて淡々と告げた。

 

「王位継承は剥奪されたが、王族の地位までは奪われなかった。

 ただし、王族ならばそれなりの仕事をしなければならない。ということで第二騎士団に見習いとして入団することになったよ。

 社交も書類仕事も彼には絶対に無理だろう?」

 

「そりゃあそうでしょうね。でも、騎士になるのが一番無理のような気もするのですが」

 

「しかし、体を鍛えてどうにかするしか、殿下には他にできることがないんじゃないかな。

 ヘンリー叔父上が彼の面倒をみるそうだ」

 

 私がそう言うと、ユリアーナは呆れたようにため息をついた。

 

「ヘンリー叔父様って本当に人がいいのだから。駄目人間を見るといつもほっとけなくなって。

 あんなに甘くてよく騎士団長が務まりますね。お兄様の冷酷さを一欠片でも分けて貰えばいいのではないですかね」

 

 辛辣だ。元婚約者や叔父だけでなく、婚約者である私に対しても容赦がないな。

 

「いや、叔父上もずいぶん変わったと思うよ。まあ、色々あったからずいぶんと厳しくなったみたいだし。

 それに、いくらなんでも叔父上がただの善意であの王子の面倒を見るわけがないじゃないか。

 大切な唯一の可愛い姪っ子を蔑ろにして苦しめてきたのだぞ。正当に復讐するために引き受けたに決まっているだろう。

 スコットも面倒見る気満々だしな」

 

 私がにやにやしてそう言うと、ユリアーナは

 

「それは良かった。モントーク公爵家の騎士二人にしごかれたら、いくらあの怠け者でも少しは使いものになるでしょう」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべた。この会話が聞こえたのか、隣で踊っていた青年が少し引きつった顔をしていた。

 

「でもそうなると、陛下ばっかりなんのペナルティがないなんて理不尽ではないですか?」


誰かに聞かれたら不敬罪に問われそうなことをユリアーナが口にしたので、ギュッと彼女を抱きしめて、耳元でこう言った。


「可能な限り早く王位をカタリナ様に譲ったら、その後は王妃殿下に許しを請うために離宮で暮らしたいそうだ」


「それって、王太后殿下がお許しになるの?」


「いや、難しいだろうな。だから、そのお許しをもらうまでが罰なんだろうな」


ユリアーナは遠い目をした。ようやく王太后殿下に少しだけ甘えられるようになったという王妃殿下。

このままあとしばらくは、陛下には会わせないであげて欲しい、とそう考えているに違いない。


「それと、もう一つニュースがあるんだ。お祖母様が君の卒業を祝うためにわざわざ王都にやって来たんだよ。

 丁度こちらに向かう途中で出くわしたんだ。物凄い偶然だよな」

 

「そんなことはあり得ないわ。だって、一昨日領地にいるお祖母様と魔電話で会話をしたばかりなのよ。それなのに今王都に居るわけがないわ」

 

 まあ、ユリアーナがそう思うのも無理はない。

 今朝、馬も引いていないのに、四角い箱が疾走して来るのを見たときは、魔物が出たのかと思わず身構えたくらいだ。

 すると、私の馬車の前で急に止まったその箱の窓から、なんと見知った人物が顔をのぞかせたのだった。そしてそれは、満面の笑みを浮かべた祖母だったというわけだ。しかも

 

「私もすぐに卒業パーティー会場に向かうから、ユリアーナによろしく伝えてね」

 

 とだけ言うと、その四角い箱ごと屋敷の方向に走って行ってしまったのだ。

 前方の席で面舵のようなものを握りしめていたのは、叔父のケンドルだったのだが、その美しい顔に、やたらとやつれて悲壮感を漂わせていた。

 

「まあ。ケンドル叔父様の魔動車が完成したのね。今回が試行運転だったのかしら」

 

 ユリアーナの言葉になるほどと思った。試運転の協力をしてやるからとか言われて、叔父上は祖母に利用されたのだろう。

 それにしても、王都と領地間を往復させられたのならば、叔父上も相当疲れたことだろう。

 あのスピードで走って来たのなら、途中でよく事故を起こさなかったものだな。取り敢えず成功したようでなによりだ。

 

 祖母は叔父に発明品の特許権を買い上げたと言ったらしいけれど、そんなのは嘘だ。

 今、バークス子爵家は商会を立ち上げる準備をしている。もちろんケンドル叔父の妻である叔母ナンシーと、祖母が送り込んだ敏腕経営コンサルタントによって。

 ケンドル=バークス製の魔電話や魔動車が世界中に普及するのは、そう遠い未来ではないだろう。

 まあ、義叔母のために作ったオードトワレだけは絶対に売らないと思うが。

 それらの素晴らしい発明品を生み出した国として恥ずかしくないように、私もどんどんと社会改革を進めて行かなければいけない。

 ユリアーナと共に手を取り合って。

 

 私がユリアーナをくるりと回転させると、ユリアーナが小さな声で「あっ、お祖母様……」と呟いたので、そちらへ顔を向けた。

 

 すると、なんと講堂の一番高い目立つ場所で、祖母が皇太后殿下と対になって、共に笑顔でダンスを踊っているのが見えた。

 二人ともまるで少女に戻ったかのような、それはとても晴れやかで軽やかなダンスだった。

 

 私とユリアーナは思わず足を止めて、抱き合う形で祖母達のダンスに魅入ってしまった。

 そして私達は多分同じことを思ったはずだ。それは二月前に祖母に言われた言葉だ。

 

「エリック、ユリアーナ、王太后殿下と私がやり遂げられなかった問題を色々と解決してくれてありがとう。

 これでやっと肩の荷が下りたわ」

 

 私達は祖母達に向けていた視線を再び戻して互いに見つめ合った。

 そして微笑み合うと、ダンスを再開させたのだ。祖母達に負けないくらい軽やかに、華やかに。

 踊りながら、私は愛する婚約者に向かって呼びかけた。


「ユリアーナ」

 

「何ですか、エリックお兄様」

 

「皆に婚約したことを発表したことだし、そろそろ違う呼び名をしてくれてもいいんじゃないかな?」

 

 少し照れ臭かったが、以前からずっと言いたかったことを言ってみた。

 すると、ユリアーナはきょとんとして私を見た。

 

「今さら変えられませんわ」

 

「しかし、お兄様では誤解を招きかねないだろう? この先夫婦になるのに」

 

 夫婦……

 自分で言っていて無性に恥ずかしかった。

 しかしユリアーナは恥ずかしがることもなく、なるほどと頷いたが、兄妹だという事も間違いじゃないでしょう? などと言った。

 たしかにそれはそうなのだが、やはり違う。私は悶々とし始めた。

 すると、ユリアーナがうふふと笑った。そして、

 

「わかりました。誤解を避けるためにも、お兄様と呼ぶのは二人きりのときだけにします。

 うーん。それなら人前では、私が十二歳の時から密かに呟いていた呼び名でもかまいませんか?」

 

 と訊いてきたので、もちろんだと応じると、なんとユリアーナは眩い笑顔でこう言ったのだ。

 

「愛しの王子様、愛しています。昔も、今も、これからもずっと……」

 

 と。

 嬉しくて舞い上がりそうになったが、同時に死ぬほど恥ずかしくなった。

 だから私は最愛の人を思い切り抱き締めて、その柔らかな赤茶色の髪に、真っ赤であろう自分の顔を埋めて隠したのだった。

 








最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。

リアクションボタン、誤字脱字報告、感想をくださった方々にも深く感謝します。

おかげでなんとか完結まで投稿することができました。

これからも別の作品を読んでいただけると嬉しいです。

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