✽ 卒業式は華やかに ✽ 第71章 揃いの衣装 (マリアーナ視点)
卒業式が終わると在校生は帰宅したが、卒業生は学園の食堂で最後のランチを食べた。
そしてその後、ご令嬢方は特別に入出を許可されたメイドや侍女達にドレスの着替えを手伝ってもらい、化粧を施され、髪を整えられた。
私もアンによって綺麗に仕上げてもらった。彼女は美の拘りが強く、化粧やヘアメイクの腕もかなりのものだ。
彼女曰く、モントーク公爵家は美に溢れているので最高の職場らしい。
まあ、彼女にとって一番の美はお祖母様らしく、部屋には祖母の姿の描かれた絵皿が飾られてあるくらいだ。
「それにしてもユリアーナ様はますますフランソワーズ大奥様に似てこられましたね。嬉しい限りですわ」
近ごろ皆によくそう言われる。自分ではよくわからないけれど、どうやら少し貫禄がついてきたらしい。
つまり、態度が大きくなったということかしら? まあ、私も色々あって神経が図太くなったような気はするけれど。
というより本来の性格に戻ったせいかしら。それに、ようやく覚悟が決まったせいだと思うわ。だって生半可な気持ちではモントーク公爵家の女主の役なんて務まらないもの。
私はあの、王国一の貴公子と呼ばれるエリックお兄様の妻になるのよ?
今後この国だけでなく、大陸中の女性に敵視され続けるのよ?
そして、今日がその洗礼を受ける初日なのよ。緊張と不安で胸が圧し潰されそうだわ。でも、もし誰かに何か言われたら
「私は女魔王の孫なのよ、何か文句があるのかしら?」
と言い返してやるわ。たとえ虎の威を借りるなんて卑怯だと批判されようとも、それくらい図々しい胆力を持たないと、お兄様の隣に立つ資格がないもの。
言えるし、言ってやるわ。
私が武者震いをしながらそう意気込んでいると、アンが夢見心地な顔で呟いた。
「全身エリック旦那様の色のユリアーナ様に、ユリアーナ様の色の旦那様。お二人が並び立つお姿をしっかりとこの目に焼き付けますわ。
私にとって人生最高の美として、心に深く刻み込まれることになるでしょう。お二人は私にとって美の象徴ですわ」
いくらなんでも大袈裟過ぎるわよ、アン。
私がエリックお兄様のパートナーとして初めて人前に出たのは、二月前のマックスお兄様とスレッタ様の婚約式の時だった。
しかし、その時は元々予定されていたものではなく、急遽決まった事だったために、当然エリックお兄様との衣装合わせなんてできなかった。それをアンは非常に悔しがっていたのだ。
でも、正直なところ、エリックお兄様になにも私の色合いの衣装を着せなくてもいいのに……とは思う。
お兄様の気品ある美しさは、一般的な黒や紺色のスーツでも十分際立たせると思うからだ。
むしろ私の色であるアンバーとか、赤茶色なんて地味過ぎるし、まるで晩秋のイメージで、これから春本番のこの時期には合わないと思うわ。
そして今私が着ているこのドレス。胸元はプラチナブロンドで、下へ下りて行くと段々と赤紫色にグラデーションしていき、とても美しい。エリックお兄様の髪の色そのものだ。
その上、お兄様の瞳の色であるペリドット色の石が付いたネックレスはとても素敵。 だけど華やか過ぎて、地味な私には不相応な気がしてならない。
パートナーが迎えに来てくれるまでの待機場となっている教室の中で、私は同級生達の視線にさらされていた。
なぜそんなにみんな私を見るのかしら? やっぱり衣装が似合っていないのかしら?
それとも、あまりにもエリックお兄様の色だと丸わかりで、皆さん引かれているのかしら。
パートナーの色を取り入れるのは普通だから、別に兄の色味でもおかしなことではないはずなのに。
そう。私とお兄様の婚約はまだ世間には浸透していない。別に隠しているわけではないけれど、招待客を招いた盛大な婚約式は行っていないからだ。
お兄様曰く、わざわざそんな婚約式を催す暇があるのなら、早く結婚式を挙げたいのだそうだ。
お兄様からすると、婚約を結んでからもう八年も経っているのに、今さらだというのだ。
私にとっては、婚約してまだたった二月なのだけれど。
居たたまれない気持ちでそわそわしていると、ドロシー様がやって来てにこやかな笑顔で話しかけてきた。
「ユリアーナ様、今日もとてもお美しいですわ。眩くて目が潰れそうですわ」
「そうでございましょう。これこそこの世に残したい美百選のぶっちぎり一位だと思いませんか?」
アンのとんでもなく恥ずかしセリフに、なぜかドロシー様までこくこくと頷いた。
そして初対面のはずなのに、二人はすっかり意気投合してしまった。
まあ、領地と王都で距離は離れてしまうけれど、職場仲間になるのだから、それはもちろん良いことなのだけれど。
「今日、モリス=カートナー様が写真機を持ってきてくださるそうです。
できれば、ユリアーナ様とのツーショットを撮っていただきたいのですが、よろしいですか?」
ドロシー様のお願いに私が頷くと、アンが瞳を一層キラキラと輝かせて
「焼き増しをするのでしたら、私にもその写真をちょうだいできませんでしょうか。家宝にしたいので」
なんて再びとんでもないことを言い出したのだが、ドロシーはこくんこくんと頷いた。
「私も家宝にします」
と。
ドロシー様とモリス=カートナー様は、私を通じて親しくなり、今日の卒業ダンスパーティーではペアを組むことになっている。
ドロシー様は今朝、登校前に役場に離籍届を提出して、晴れて自由の身になった。そのため、まるで人が違ってしまったと思えるほど明るくなっていた。
今日のドロシー様は普段の彼女からはイメージできないような、桃色の可愛らしいドレスに、大粒の真珠のネックレスをしていた。
すごく似合っていて素敵だわと褒めると、ドロシー様は珍しく自慢気にこう言った。
「「私の最初で最後のお願いです。卒業パーティーのドレスを作ってくれませんか」と両手を組んで涙目で両親にお願いしてみたのです。普段の姉の真似をして。
すると、さすがに両親も良心の呵責に襲われたようで、初めて私にまともなドレス作ってくれたのです。これまでは姉のお下がりしか着たことがなかったのですが。
どうせ、もうすぐ私が嫁げば、お相手からお金を融通してもらえるとでも思ったのでしょうね。
これまでの労働に対する対価としては安すぎますが、まあ仕方ありませんね。一応気に入っています」
そう言ってドロシー様は笑った。
パーティーが終わったら、すぐさま彼女はモントーク公爵領へ向かう。領地に戻るモリス様が彼女を屋敷まで送ってくれることになっているのだ。
おそらく数日後、ガーガリー子爵は自分が勝手に決めたドロシー様の婚約者から、結婚詐欺だと訴えられることだろう。
なぜなら、お相手は結婚準備金として多額のお金を渡していたのに、肝心のドロシー様が消えているのだから。
そして訴えられるのは子爵であり、ドロシー様は関係がない。
なぜなら受取証のサインは父親のもの。しかも、婚約契約書に綴られていた名前はドロシー様のものではないのだから、そもそも婚約は成立していなかったことになるからだ。
ドロシー様はわざとスペルを間違えてサインしておいたのだ。余計な母音を一つ書き入れて。それに気付きもしなかった両家が愚かなのだ。
貴族も商人も書類をきちんと確認することが基本中の基本でしょうに。
彼らが没落し逮捕されようが、貴族籍から抜けたドロシー様にはもう関係がない。
これはレノマン先生からのアドバイスによって成し遂げられたのだという。
親子以上に年の離れた商人と無理矢理に婚約させられそうになって、ドロシー様はひどく落ち込んでいた。
そのとき、彼女の様子が変だとレノマン先生が気付いてくれたらしい。
しかしその話を聞いた時、こんな腹黒い計画をレノマン先生が思い付くはずがないと私は思った。
そして最近になって、やはりそれがエリックお兄様の発案だったことを知った。
なんでも第二騎士団の騎士であるスコットお兄様が別件で調査していた際に、ドロシー様の縁談相手の商人が、かなりあくどい商いをしていたことがわかったのだという。
そんなやつなら、たとえ嵌めてもドロシー嬢が気を病むこともないだろう。子爵家同様にひどい目に遭わせてやろう、とエリックお兄様が言い出して、改革派仲間で計画を立てたのだという。
この作戦を立てたのが、私の兄二人だと知った時、ドロシー様は泣いて感謝したらしい。しかし兄達はこう言ったという。
「君が色々な不正のある書類やら帳簿を提出してくれたおかげで、マクレズ伯爵家やガーガリー子爵家の犯罪を追求することができたのだ。
君の協力に深く感謝している。本当に助かった。ありがとう」
「そんな功労者である君が理不尽な目に遭いそうになっているのなら、我々が手を貸すのは当然なことだ。
それに優秀な君は、これからこの国のために働いてもらわないといけない大切な人材だ。
それをあんなろくでもない年寄りのためだけに搾取されたのでは、この国の大きな損失だ」
その芝居がかった二人の大げさな台詞回しに、ドロシーは思わず吹き出しそうになったという。けれどそれと同時に、自分を認めてもらえたようで、とても嬉しかったと彼女は言っていた。
私がドロシーとにぎやかに話をしていたら、恐る恐る様子を窺っていた他のご令嬢方も次々と近付いてきて、私に話しかけてくれた。
勉強会の仲間とは大分親しくなっていたけれど、それ以外のご令嬢からはどこか線を引かられていた気がしていた。それがこうやって気安く話をして卒業することができて本当に良かったと思った。
だから、今日はお兄様にエスコートされるのですか? と訊ねられて、私はまずはこのクラスメイト達に知ってもらいたいと思ってこう答えた。
「今日は婚約者にエスコートしてもらいますの」
すると、案の定驚きの声が上がった。
「半年前の王太子殿下とのことは、私達も腹立たしく思っていたのです。
けれど新たなお相手が見つかったのですね。良かったですわ」
「でも、それならなぜその色合いの衣装を身に着けていらっしゃるのかしら?」
「それって、お兄様のモントーク公爵様のお色ですわよね?」
ドレスに関して言うのならば、それは父の色でもある。
しかし、領地へ行ってしまったことを皆知っているので、私のエスコートをするのは長兄で現公爵のエリックお兄様だと皆思っているのだろう。
まあ、間違いではないけれど、彼は兄だけではなく、婚約者でもあるのだ。
「これまでは家庭の事情ですのでわざわざ公にはしてこなかったのですが、実は、兄のエリックは遠縁から我が家に入った養子ですの。
ですから、私達兄妹といっても義理の仲なのです。
そして兄には長らく婚約していた方がいたのですが、悲しいことに数年前に諸事情で白紙になりましたのよ。
そこへ今度は、私までも王太子殿下から婚約破棄されてしまいましたでしょ。
お互いにこの年齢で次のお相手を見つけるのも難しいということで、それならばと兄と私は婚約致しましたの」
私がいかにも困惑しているという表情を作ってこう説明すると、教室中にものすごい悲鳴というか、驚きの声が上がった。それはそうよね。
そしてそのざわめきの中で私はこう考えていた。
きっと今日中にこの話は王都中に広まるわ。その方がいちいち聞かれるより、面倒がなくていいわ、と。
いつも読んでくださってありがとうございます。
次章で完結になりますので、最後までお付き合いしてくださると嬉しいです。