✽ 卒業式は華やかに ✽ 第69章 友人の進路(エリック視点)
ドロシー嬢はマリアンヌ女史から勉強会ができた経緯を聞いていた。
ユリアーナが自分の置かれていた辛い状況をただ嘆くだけでなく、似たような状況にあるご令嬢達(中には令息もいた)のために、始めたのだということを。
「幸せになるためには、まず幸せになろうと願うことが一番大切なのだそうです。
なぜならそもそも願わなければ、その願いに向かって努力しようとは思わないでしょう?
幸せになる道のりはそんなに簡単なものではないけれど、まずその一歩を踏み出さなければ、永遠に近付かないのです。
だからほんの僅かでもいいから一歩でも前に足を進めれば、ふと気付いたときには、今さらもう戻りたいとは思えないくらいに、元の場所からは遠く離れた場所に来ていることでしょう。
そして周りを見渡せば、自分は一人ではない。たくさんの仲間が側にいることにも気付くとことと思います」
これはユリアーナが勉強会を始める際、皆の前で語ったという言葉だ。
この話をマリアンヌ女史から聞かされて、ドロシーはいたく感動して涙した。
そして密かにユリアーナに憧れを抱くようになったと、ドロシー本人から聞かされて照れてしまったと以前ユリアーナは語っていた。
あの王太子の婚約破棄騒動の後、ドロシー嬢とマクレズ伯爵令息との婚約は解消となった。
彼女の父は当初婚約解消を望まなかった。ところが、令息のやらかしによって、伯爵家自体が、色々と調べられてしまった。
そして、脱税や収賄をしている証拠が次々と出てきて、お家が取り潰しになってしまった。
元々婚約解消をするつもりなどなかったくせに、慰謝料が取れなかったとガーガリー子爵は怒り狂った。
そして今度は、ドロシー嬢を金持ちの商人の後妻として嫁がせることにしたのだ。
それを聞いたマリアンヌ女史は、自分のとき以上に怒り狂った。
それ故に私に相談をしてきたのだ。どうかドロシー嬢を助けて欲しいと。
ガーガリー子爵が、ドロシー嬢を金持ちの商人の後妻として嫁がせることにしたと、いう話を聞いて私もまた腸が煮えくり返った。
しかし、公爵家当主になったとはいえ、私は王城ではただの宰相補佐に過ぎない立場なので、大っぴらに誰かに指図はできない。
そこで、第二騎士団団長であるヘンリー叔父上にその話をしてみた。
すると、私が依頼するまでもなく叔父上は怒り心頭になって、ガーガリー子爵家と相手の商人を潰してやると意気込んだ。
叔父は人情深い。その上、マリアンヌ女史には負い目を持っていたので、名誉挽回しようと躍起になった。
その結果、色々と悪事の証拠を掴んだようで、ドロシー嬢が学園を卒業するころには、逮捕状が出るだろうと叔父上は言っていた。
だから、私はその話をマリアンヌ女史に伝えてこう言った。
「ドロシー嬢もすでに成人したことだし、本人に独立する気があるのなら、もう親に従うこともない。
早めに卒業後の準備を進めた方がいいだろう。親が何か手出しをしてきたら、第二騎士団団長が後ろ盾になってくれていると言ってやればいいよ」
と。
マリアンヌ女史はそれを聞いてほっとした顔をした。それから、何か含みのある顔をしてこう言った。
「色々とありがとうございます。冷酷だと人からは噂されているようですが、やはりエリック様は、相変わらずお優しくて面倒見がよろしいですね」
「長男気質ってやつなのかな。クールを気取っても結局お節介を焼いてしまう」
「そうかもしれませんね。
でも、貴方も大人になられましたよね。他人から誤解を受けないように、裏からこっそりと援助なさるようになりましたもの。
それが正解ですわ。大切な婚約者の方を不安にさせてはいけないですものね」
「・・・・・」
マリアンヌ女史のその言葉に私は固まってしまった。
そして以前ブライトン侯爵夫人から言われた言葉を思い出した。
幼い頃から私が彼女を守っていたことで、自分達は両思いなのだとずっと思い込んでいたと。
そして学園時代には私がマリアンヌ女史の境遇に同情して、なんとか彼女を救い出そうと動いていたことで、彼女が私に恋心を持っていたと。
ただし、マリアンヌ女史はカタリア元王女とは違い、自分の片思いを自覚していたらしいが。
「貴方にはこれまでずっと守ってきてもらったわ。だから感謝しているし、恨むなんて筋違いだということも重々わかっているのよ。頭ではね。
でも、感情だけで言えば、女心が全くわかっていないその鈍感さに怒りさえ覚えていたのも事実なのよ。
この天然スケコマシ! タラシ!」
元第三王女から思いも寄らないそんな言葉を吐き捨てられて、私は喫驚し過ぎて、木偶の坊のようにソファーに座ったまま長時間固まってしまった。
そして双子の元第一と第二王女に両肩をポンポンと叩かれるまで、私の意識は飛んでいた。
もっとも、その後で私は再び意識を無くしたけれど。なぜなら、双子の王女方から、
「私達の初恋の相手も貴方だったのよ、知らなかったでしょう?」
と怖い笑顔で囁かれたからだった。
そのときまで私は、自分に言い寄って来るご令嬢なんて、所詮自分の家柄や容姿に目がくらんでいるだけだと思っていた。
だから知り合いになる前から冷たい対応をとって、女性を自身に近付けさせなかった。まさか本気で自分のことを好きになる女性がいるなんて、本当に考えてもいなかったのだ。
そもそも王女方は幼なじみで、自分が守るべき貴い方。そして生徒会メンバーは大切な仲間で友人だという認識だった。そのために彼女達は、私の恋愛の対象になどなり得なかったのだ。
そうは言っても、私が彼女達に辛い思いをさせたことに変わりはなかった。
それ以降私は、誤解をされるような真似をしないように、常に心掛けて行動するようになったのだ。
そんな過去を思い出し、マリアンヌ女史がかつて自分のことを好きだったことを私は知っているのだと、今彼女に悟らせるわけにはいかない。その時私はそう思った。
彼女が今、私を友人だと望んでくれているのなら、私もまたこれからも彼女の友人であり続けたいから。
そのために私は、彼女の前ではいつまでも鈍感で冷酷な男でいなければなない。
「彼女は意外に焼き餅焼きらしいのだ。だからできるだけ嫌な思いをさせたくなくて、気をつけようと思っているのだよ。
前の婚約者は地方にいたから、そんな気遣いもしなかったけれど」
「前の婚約者?」
「ああ。色々訳ありでずっと公表できなかったのだけれど、これまた諸事情があって、数年前に婚約を解消していた女性がいたのだよ」
「・・・・・」
マリアンヌ女史は怪訝そうな顔をしていた。
しかし、私はその嘘を一生つき続けるつもりだ。どんなに疑惑を持たれようともだ。
当時何故ユリアーナとの婚約を隠さなければならなかったのか、その理由は私の出生の秘密に関わることだからだ。そして王家を騙していたと父が責任を問われないためにも。
ドロシー嬢は婚約解消後、家の手伝いを拒否して、勉強会に参加するようになった。
帰りの遅くなった娘に父親は怒って殴ろうとしたが、第二騎士団団長の名を出されては、さすがにその手を下ろすしかなかった。
しかしドロシー嬢はそれ以上のことは何も話さなかった。
家を出ると言ってしまうと、卒業を待たずに商人に売り飛ばされてしまう恐れもあったからだ。
そしてその後ドロシー嬢は、学園に復学したユリアーナと親しくなり、意気投合したようだった。
そのことは私もマリアンヌ女史から聞いていた。それ故に、ユリアーナからドロシー嬢のことを依頼されて、私は当然受け入れると即答したのだった。
ただし、四か国同盟が結ばれてからというもの、加入を望む国々がかなり増えて、父上達はもう大わらわだ。そのため、実際に連盟の組織を正式に立ち上げまでにはあと数か月はかかりそうだ。
それ故に、職員採用試験の詳細そのものがいつ決まるのが、まだ定かではなかった。
そのため、ドロシー嬢には卒業式が終了後、すぐに離籍届を提出してもらい、その足でモントーク公爵家の領地へ向かってもらい、侍女見習いとして住み込んでもらうことにした。
それはガーガリー子爵家が取り潰しになったときに、彼女が巻き込まれないようにするためだった。




