✽ 卒業式は華やかに ✽ 第67章 変革(エリック視点)
「陛下は、ブライトン侯爵夫人となったカタリナ様を後継者に指名されるのでしょうか?」
「おそらくね」
ユリアーナの問に私は頷いた。
帝国の祝賀パーティーの様子は、ヤマトコクーン国の王妃殿下から報告を受けている。一昨日無事帰国されて、すぐに連絡を下さったのだ。
王族の結婚式はある意味大きな国際会議の場とも言えるだろう。
帝国側は自国の力を各国に見せつけようとして、王族の出席を半ば強制した。しかしまさかそれが、諸外国にとっても他国との契約や条約を締結しやすくなるとは、考えもしなかったようだ。
ヤマトコクーン王国やブリテンド王国、そして双子の王女殿下の嫁ぎ先のシルベルトン王国とバリスコット王国の皆様は、帝国の祝賀パーティーの席で予定どおり、四か国で同盟を結んだと周りの方々に話されたそうだ。
もちろんわざわざ大声を上げてこれ見よがしに発表したわけではなかった。しかし、それはあっという間に各国の招待客の中に広まってあった。
それを耳にしたた我がサーキュラン王国の国王陛下は、案の定喫驚したらしい。
多くの国々がその話に興味を抱いたのがわかり、周辺国の中で我が国だけが取り残されたことを知って陛下はかなり焦ったようだ。
そりゃあまともな頭を持っていたらわかるじゃないか。その四国が手を組めば、帝国の横暴に対抗しうるということが。
そしてそれと同時に、しかも、娘二人の国はその同盟に加わっているのに、自国だけが孤立すると知って、さぞかし世界から取り残された気分になったことだろう。
陛下も為政者としてはそれなりの能力を持ち合わせているので、すぐに双子の娘達と話をしようとした。
ところが、多くの人間に囲まれている彼女達の側には簡単に近寄れそうにもなかった。
そこでもう一人の娘であるカタリナ様に繋ぎを取ってもらおうとしたらしい。
しかしそれをあっさり拒否されてしまったという。
彼女曰く
「これまで陛下は、お姉様方のお話には一切耳を貸そうとはなさらなかったでしょう? 私の話もそうでしたけれど。
ですから今さらあの方達に何か頼もうとしても無駄だと思いますよ。
それに、そもそも私はただの侯爵夫人ですから、一国の王妃殿下方とのつなぎ役なんて畏れ多くてできませんわ」
とね。
その言葉で陛下は、初めて自分が娘達にどう思われているのかを気付いたらしい。
信じられない話だが。
そして、堂々と世界各国の要人達と交渉をしている三人の娘達の姿を、陛下はただ呆然と見つめていたらしい。
あの愚息とは比べものにならないくらい優秀な人材を、己自身が放出してしまった事実をようやく悟ったのだろうね。
しかし意外と陛下の回復力は早かったみたいなのだ。それと決断力も。
まあ、帝国へ行く道すがらで、すでにある程度の覚悟は決まっていたのだろう。
陛下はなんと、ブライトン侯爵夫妻にその場で頭を下げて懇願したらしい。
「ブライアンを廃嫡する段取りを付けている。だから、カタリナに王籍復帰してもらい、王太女になって欲しい。
ブライトン侯爵には誠に申し訳ないが、我が国のため、娘を返してもらえないだろうか。
侯爵家からの謝罪要求はどんなことでも受け入れる故に。どうか頼む」
それを聞いたブライトン侯爵は、暫く間を置いてから
「私は愛する妻と別れるつもりは毛頭ありません。ただし、私や息子共々王家に入れというのなら別ですが」
と答えたという。すると陛下は驚嘆し、信じられないという顔をしていたという。そして再び深々と娘婿に頭を下げ直したという。陛下からすれば、それこそが望むことだったからだ。
フランドール=ブライトンが優秀な男であることは、陛下自身百も承知だった。
しかしいくら将来の王配とはいえ、まさか名門侯爵家の当主を王家に引き入れるなどという暴挙ができるわけがない、そう思っていたのだろう。
優秀だと評判だった娘を三人とも嫁がせておきながら、今ごろになって臣下の家を潰すような真似をするのかと。
しかも、王子がだめでも王弟がいるではないか。そんな至極真っ当な声が上がることぐらい、陛下自身がよく理解していたのだと思う。
すると、若き侯爵は悠然とこう言ったという。
「我がブライトン侯爵家のことなら心配はいりませんよ。
現在私を補佐してくれている弟のラドクリフトは、かなり優秀ですので、十分に当主としてやってくれると思いますから」
それを聞いた陛下は感無量になって、涙までこぼして何度も娘婿に礼を言ったという。
そして、その場で二人に、我が国も同盟国に加えてもらえるように交渉して欲しいと懇願したらしい。
「お兄様は、ずいぶん詳細なやり取りまでご存知なのですね」
「ブリテンド国の王妃殿下と三人の王女殿下方は、今では親娘のような関係だからね、彼女達からパーティー後にばっちり報告を受けたそうだよ」
「まあ! でも、王妃様方が無事お国に戻られたということは、我が国の陛下方もあと数日後には帰国されるということなのですね?」
「ああ。そうなるとますます忙しくなるぞ。王室典範を改正しないといけなくなるからな。
それにカタリナ様の王籍復帰手続きや、王太女のお披露目の準備。
まあ、正直なことを言えば、それらの手筈はとっくに整っているけれどね。
だから、今私は、男子のみを後継者とする家父長制度の改正や、五か国連盟の本部作りの方に力を注いでいるのだけれど」
「大変だと思いますが、よろしくお願いします、お兄様。
女性の権利や価値が少しずつでも認められるような流れができれば、とても素晴らしいことだと思います」
ユリアーナがきらきらした目を私に向けて、嬉しそうにそう言った。
私はこれまで陰で色々と謀を巡らせてきた。
彼女はそれを知ってもなお私を忌み嫌うこともなく、尊敬の眼差しを向けてくれる。そのことに正直ほっとしている。
筆頭公爵家の令嬢として生まれ育った彼女は、上に立つ者が清廉潔白、聖人君子では務まらないということをよく知っているのだ。
そして、間違いや失敗を恐れてただ過去の伝統やしきたりだけを重んじていたら、新しい事例に対処できないということも。
この国はそれができないが故に、生きた化石と呼ばれているのだ。
我がモントーク公爵家は、これまでその古い伝統とやらを色々と打破しようと努めてきた。
しかし、我が家だけが特殊だという見方をされ、それが周りに普及することはなかった。
それは王家や旧態然とした議会のせいだった。
なにせ議員が世襲制で、しかも終身制だったため、無駄なプライドだけが高い高齢老人ばかりだったからだ。
「高齢者と言っても一括りにはできませんよね。お祖父様やお祖母様みたいな方も実際にいらっしゃるのだから。
それでも議員の八割以上が七十歳以上なのは異常です。
だって、ひ孫までいるお年なのに当主の座にもしがみついているのでしょう?
そんなご自分のお子様や孫のことも考えられないような方々が、国のことなんて考えられるわけがありませんもの」
これはユリアーナがまだ十歳になるかならないころ、何気ない会話で発した言葉だった。
それを聞いたときに父ハロルドは、この国の改革をしようと決意したらしい。
(そして私は、彼女を一生の伴侶にしようと決意したのだ)
父はその時から後継者問題だけでなく、議会の改革も練り出していた。
議員をしている貴族達の家を密かに調査させて、不正や犯罪の証拠を集め、その特権を取り上げる準備をしていたのだ。
今、その証拠をもとにヘンリー叔父が次々と逮捕しては取り調べをし、裁判所へと送っている。




