✽ 公爵領は国際交流の舞台となる ✽ 第65章 母への思い
モントーク一族の者達は私達の関係を知っている。そしてマックスお兄様繋がりで、シルベルトン王国とヤマトコクーン王国の皆様も。
もちろん、八年も前から婚約しているとは知らないはずだけれど。
しかし私達の関係を知らなかった元王女様三人とブライトン侯爵、そしてヴァルデ公子様の驚きようは半端なかった。
お兄様には学生のころから秘密の婚約者がいるという噂が流れていたが、それは私だったのかと五人が詰め寄ってきた。
その中でも、なぜかカタリナ様とランドール様は物すごい勢いでエリックお兄様を睨み付けていた。
ところがお兄様は、子供のころに婚約していた相手とは、三年前に婚約解消となったと、平気な顔で嘘をついていた。
だってその相手が私だとわかったら、それこそ我が家は大変なことになるものね。王家をだまくらかしていたことになるのだから。
いくら王太子と私の婚約が王家に強制された、強引で無理やりなものだったとしてもだ。
エリックお兄様はモントーク一族の伯爵家から入った養子だということを父が皆に説明した。
その伯爵家はお祖母様の従兄弟の家系で、我が一族に多いとされる、ほんのり赤紫色がかった私のプラチナブロンドの髪を持つ者も多く、疑われることもないだろう、とお祖母様は言っていた。
二十二年前、エリックお兄様を養子にするときにはすでにその筋書きが出来上がっていたみたいだ。
それ故に、伯爵家のご令息方は皆今でもエリックお兄様のことを実の弟だと思っているそうで、昔から可愛がってくれていたそうだ。
たしかに言われてみれば、エリックお兄様も伯爵家のお兄様方には甘えていた気がする。
真実を知った以降も、皆様のことをずっと兄上と呼んでいるし。
お兄様は昨日こう言った。
「ユリアーナと婚約したいと言い出したときのことを今思い返すと、あの頃自分はまだ子供だったなと感じるよ」
「私と婚約したことを後悔しているのですか?」
「違うよ。後悔なんてするわけがないだろう。ただね、今頃になって母上に申し訳なかったと思うのだよ。
だって、私の存在のために、母上は亡くなった最初の子のことを隠さなければならなかったのだから。
そして今度は私がこうして皆の前で養子だと告白すれば、母上が流産したことを公にしなければならなくなるのだよ。
これまで大切に育ててくれた愛する母上に、二度もそんな辛い思いをさせるなんて、なんて恩知らずなんだと思ったんだ。
しかも、もっと悪いことに、申し訳ないと思いながらも、ユリアーナへの気持ちを消すことができない、自分の業の深さに嫌気が差したんだ」
「お兄様……」
顔を歪めて苦しそうなエリックお兄様を見て、私の胸も苦しくなった。
そうだった。私はお兄様が養子だったと知らされたときに、初めてお母様が最初の子を流産していたことを知ったのだわ。
自分を責めて責めて、本当に可哀想だったとお祖母様が言っていた。
お母様がどんな気持ちでお兄様を自分の産んだ子としようとしたのか、その気持ちはまだ私にはわからない。そしてそのことを聞く胆力もまだ私には備わってはいない。
黙り込んだ私に、やがてお兄様がこう言った。
「今さらだけど、昨日母上に謝罪したんだ。母上の子の立場を奪って申し訳ありませんでしたと。
そうしたら母上は驚いたような顔をした後で、本当に優しく微笑んでくれたんだよ。
「貴方をあの子の代わりにしたつもりはないわ。あの子はあの子、エリックはエリック。どちらも私の大切な我が子なの。
あの子のことをようやく皆に話せることになって、私はとても嬉しいのよ。あの子は生まれてこれなかったけれど、たしかに存在した大切な子だったから。
でもね、流産したときは人に話せる状態ではなかったの。だから貴方のせいで公にできなかった、というわけではないの。
でも、貴方がこうして人の気持ちを思いやれる子になってくれて嬉しいわ」
って言ってくれたんだよ」
やっぱりお母様は優しくて強い女性だわ。たくさんの痛みを知っているからこそ、人に優しくできるのね。
お母様みたいな女性になりたいと素直にそう思った。
私はそんな夕べのことを思い出しながら、愛おしそうな瞳で見つめてくれている皆様に目をやった。
お祖母様やお母様、義叔母様達、そしてこれまでエリックお兄様を守ってきてくださった隣国の王妃様方……
皆様はずっとお兄様の幸せを願ってきてくださった。だから、私が皆様の分もお兄様を幸せにして差し上げないといけないのだわ。
そのためにも、私はもっと強くならないといけないのだわ。
だって、お兄様が帝国の祝賀パーティーに参加したら、大陸中の女性に囲まれてしまう。
そしてその後で山のような釣書が届いて、モントーク公爵家の家令や執事の業務が滞ってしまうに違いない。
そんなことにならないように、公爵夫人となる私が断固阻止しなければならないのだ。
だから、ブライトン侯爵夫妻には申し訳ないけれど、お兄様を帝国へは行かせないわ。
私が内心、鼻息荒くそんなことを考えていたら、お兄様がこう言葉を続けた。
「兄としてエスコートしているのだと思われるは嫌だから、王都に戻ったら、急ぎお揃いのドレスを作ろうね。
今日だって、本当はマックスやランドール卿のようにお揃いで登場したかったんだけれどね。悔しかったよ」
それは仕方ないわ。私達の婚約発表は予定外だったのですもの。
でも、たしかにお揃いのドレスを着てみたいわ。
王太子殿下と婚約していたときは、お揃いの品を身に着けようなどという発想はお互いに全くなかった。
けれど、エリックお兄様は私の婚約者だということを、周りに知らしめなければならないわ。
私は嫉妬深いの。だから、誰にもお兄様を奪わせないわ。
学園の卒業式に出たいと言った気持ちは本当のことだ。
けれど、帝国の祝賀パーティーにお兄様を行かせたくないからという理由も大きい。
エリックお兄様が外国でもかなり人気が高いということはわかっているからだ。
まあ、生きた伝説となっている女魔王の孫娘である私が婚約者だとわかれば、そうそう手出しする者はいないだろう。
しかし、どこにでも怖さ知らずの愚か者というのは存在するから油断はできない。用心することは必要不可欠なのだ。
「ブライトン侯爵夫妻からは、一緒に帝国へ行って欲しいとお願いされているのではないですか?」
夫妻はエリックお兄様とは学園の同級生で、親友でもある。そして、改革派の仲間でもある。
だから彼らの頼みは断り難いのではないかと不安になって訊ねた。
するとお兄様は不思議なことを言った。
「たしかにカタリナとフランドールからは一緒に帝国へ行って欲しいと言われたよ。
しかし、父上の代わりに就任した宰相から、私がいないと仕事が滞るから、行かないで欲しいと泣きつかれてしまったんだ。
もっともこうやって無理やりに休暇を取ってここへは来てしまったけれどね。
それに外務大臣からも行くことを禁じられたんだ」
「まあ、どうしてですか?」
「なんでも帝国側から、私には遠慮して欲しいと手紙で依頼されたようだ。
私はそんなに、帝国の人間に嫌われるよう態度をとっていたのかな? 自分じゃそんなことをした覚えはないのだけれど」
お兄様は私と踊りながら首を捻っていた。けれど、帝国がお兄様に来て欲しくないのは、決してそんな理由ではないと思う。
単に盛大な結婚披露宴で、皇太子殿下の主役の座が奪われては困る、と帝国側が考えているからだろうと思った私だった。




