✽ 公爵領は国際交流の舞台となる ✽ 第64章 婚約パーティー
父の姿を横目で見ながら、私はエリックお兄様にこう訊ねた。
「陛下の意識が変わるとすれば帝国の王太子の婚約披露パーティー以降になりそうですね。
それならお兄様も帝国へ向かわれた方がいいのではないですか?」
するとお兄様は隣の席に座っていた私を椅子ごとギュと引き寄せて、耳元でこう囁いた。
「ユリアーナ、君が一緒に行ってくれるというのなら考えてみるよ。
せっかく明後日一緒に王都へ戻れるというのに、もう離れ離れになるのはごめんだからね」
しかし私は、エリックお兄様の目をしっかり見つめてこう告げた。
「お兄様、申し訳ないのですが、私はどうしても学園の卒業式に出たいので、帝国へは行けませんわ。
ようやくできた大切な友人と共に卒業の感動に浸りたいのです」
と。
卒業式に参加すれば、王太子から婚約破棄された哀れな令嬢だと揶揄されるかもしれない。
それでも苦楽を共にした勉強会の仲間達と共に、堂々と胸を張って参加したいのだ。
「貴女は私達の誉なのですよ。婚約がなくなったことくらい瑕疵でも何でもありませんわ。それに……」
「貴女が傷物だというのなら、去年と今年の卒業生は傷物ばかりでしてよ。
リンジー=マントリー子爵令嬢のせいで婚約解消した方々が大勢いるのですから。
だから気にすることなんて何もありませんわ」
友人達がこんな手紙をたくさん届けてくれた。その言葉にどれほど励まされ、勇気づけられたことか。私を励ましてくれた友人達の方こそ、今大変な思いをしていたというのに。
私は友人達に、自分が休んでいる間に起きた出来事を随時知らせてくれようにと、依頼しておいたのだ。そのおかげで、学園内の現状は常に把握できていた。
この直近の一月間に様々な資格試験の結果が出たようで、その波紋が想像よりも大きかったようなのだ。
多くの友人達が何かしらの試験に合格したらしい。それはとても喜ばしいことのはずなのに、その中の数人が、勝手に試験を受けたことを、親や婚約者にかなり責められているそうだ。
ところがそんな彼女達が、
「私のことが気に入らないのでしたら、どうぞ婚約破棄するなり、親子の縁を切るなり、ご自由になさって下さい」
と、啖呵を切ったために、あちらこちらの家で喧々諤々となっているらしい。
しかもその影響で、女生徒に要らぬ知恵を与えたとレノマン先生を批判する声が父兄達が学園に乗り込んで来て、一時生徒達と対立して一触即発状態になりかけたらしい。
まあその時は、学園長から連絡を受けた第二騎士団団長であるスコット叔父様がやって来て、誤った情報を訂正したことで、どうにか収まったみたいだけれど。
「勉強会は私の姪であり、あのフランソワーズ=モントーク元女公爵の孫であるユリアーナが始めたものです。
姪は王太子殿下にずっと冷たい仕打ちをされて辛い思いをしてきました。それを友人達と触れ合うことで癒やそうとしていただけで、他意はありません。
それともなんですか? 貴方方は姪が何かしらの意図を持っての令嬢方を先導したとでも言いたいのですか?」
騎士団長に女魔王の名前まで出されて、苦言を呈することができる強者などいるわけがない。
そもそも文句を言っていた者達は保守的な考えの持ち主ばかりだった。自分達より爵位の高い者には媚びへつらい、低い相手や女性に対しては居丈高になって従わせようとする、そんな典型的な権威主義者の者ばかり。
そんな連中がモントーク公爵家に逆らうわけもないわね。
「モントーク公爵令嬢の大切な恩師と友人であるご令嬢方に無体なことはしないと、私は信じているのだが、違うのかな?」
騎士団長にそう言われた当主達は、ぎこちなく頷くことしかできなかったと聞く。
まあヘンリー叔父様も、エリックお兄様に諭されて、最近になってようやく、自分が男性優位主義だったことに気付いたばかりみたいだけれど。
この先どうなるのかわからないけれど、親や婚約者に対して決して従属はしないと強く意思表示した友人達は、現在親達と膠着状態にあるようだ。
それでも、一人でもどうにか生きていけるめどがたったので気分がスッキリしたと、どの手紙にも書かれてあった。できれば王都に戻って私も彼女達に寄り添いたい。
何も婚約破棄や家出を推奨するわけではない。けれど、不幸になるのが目に見える結婚ならばしない方がいいに決まっている。
例の五国連合本部で働くという選択肢もできたことだし、早く王都に戻ってその朗報を伝えたいわ。
お兄様もそれを理解してくれているようで、
「わかっているよ。だから私も帝国へは行かないのだよ。卒業式の後のダンスパーティーには君のエスコートをして参加したいからね」
と言ってくれた。
エリックお兄様にエスコートしてもらえるなんて夢みたいだわ。
そして、華やかな婚約パーティーが始まった。
パートナーの髪や瞳の色を使った衣装に身を包んだ、二組の婚約者カップルが踊り出した。
そしてそれに続いて私とエリックお兄様がステップを踏み始めると、きゃ~という声が上がった。
高貴な来賓客しかいないはずなのに、誰なのかしら?
周りを見回すと、なんとお祖母様やお母様、義叔母様、四国の王妃殿下方が、扇子で口元を抑えながらキラキラした瞳で私達を見ていた。
ほんの一時間ほど前、マックスお兄様とスレッタ様の婚約式が行われたのだが、その後でランドール=ヴァルデ公子様とセリナ様の婚約も発表された。
そしてそのついでとばかりに、エリックお兄様と私が婚約することまでが発表されたのだ。
それは予定外のことだったので、私は喫驚した。エリックお兄様も聞いていなかったようで、同様に戸惑っているのがわかった。
領地を出発する数日前に、エリックお兄様はマックスお兄様とスレッタ様から、自分達の婚約式のときに同時に式を行ったらどうか、という提案がなされていたのだという。
しかし、その時はまだお兄様は私とは何の話し合いもしていない状態だった。
それ故にエリックお兄様は、とにかくマックスお兄様とスレッタ様の婚約式を立派に行うのが自分の願いなのだからと諭したのだという。
ところがマックスお兄様達が領地に到着してみると、私達は結婚の意志を固めていた。そこでマックスお兄様が、せっかく親類縁者達が揃っているのだから、一緒に婚約披露をしようとお父様達に進言してくれたのだそうだ。
どうせもう一組、予定外に披露するカップルがいるのだからと。




