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✽ 公爵令嬢、領地(地獄)行きを命じられる ✽ 第6章 祖母の子育て(ユリアーナ視点)

 

 私が押し黙ると祖母が優しく微笑みながらこう言った。

 

「私には息子三人で女の子がいなかったでしょう。だから息子達がそれぞれ可愛いお嫁さんを見つけてきたときは、それはもう嬉しかったのよ。

 大切な彼女達が妻、当主夫人として将来困ることのないように、婚約した後から必要な教育をして心構えを指導したのよ。


 ところが、息子達ときたら結婚後私が彼女達と接触をするのをとても嫌がって、滅多に会わせてくれなくなったのよ。

 私が嫁いびりをしたとでも思ったのかしら? 失礼しちゃうわ。

 腹はたったけれど、逆らっても仕方がないから彼女達とは距離をとったの。それで今度は孫に期待したのよ。

 けれど、これまた男の子ばかり生まれてきて。

 もちろんみんな元気に生まれてきてくれたのだから、お嫁さん達にも天にも感謝していたけれどね。


 自分は女の子とは縁がないのだわ。そう諦めたころに貴女が生まれたのよ。大袈裟ではなく私は狂喜乱舞したわ。

 貴女は覚えていないでしょうけれど、貴女が三歳になるころまで、私は毎週のように貴女のいる別邸へ会いに行っていたのよ。

 抱っこだけでなくオムツも替えたし沐浴もさせたのよ。

 ところがハロルドに出禁にされてしまったの。母上の度重なる訪問でロジーナはストレスがたまって、精神的に追い詰められていますからって」

 

 想像もしていなかった話に私は喫驚した。祖母がそんなに私の誕生を喜んでくれていたなんて。でも、そこに疑惑が湧いた。

 

「お母様がお祖母様の訪問を負担に思っていたなんてありえないですわ。お母様はお祖母様を誰よりも尊敬しているし、大好きですもの」

 

「ええ。わかっていますよ。ロジーナと私は両想いだもの。嫁というより実の母娘みたいなものよ。そして戦友かしらね。色々助け合ってきた仲だから。

 私と顔を合わせて精神的に追い詰められていたのは、もちろんハロルドの方よ。

 でも、そう言えなくて妻をダシにしたのよ。全く情けないわよね。

 でもまあ、一応息子のことも愛していたから、彼を追いつめるつもりもなかったの。だから訪問を遠慮するようになったのよ。

 

 そしてそのうちに領地の仕事が忙しくなってこちらに居る方が多くなって、なかなか王都へ行けなくなってしまったの。

 そのせいで、可愛い孫娘の貴女とも滅多に会えなくなってしまったのよ。本当に辛かったわ。

 男の子達は悪さをするたびに、ここへ送り込まれてきたでしょう? 

 でも貴女はいい子だったからこちらへ来なかったから」

 

 お祖母様はくすくすと笑った。

 このとき私は、昔からの謎がようやく一つ解けたと思った。

 まだ子供だったころ、兄達は悪さをしてお父様に叱られると、いつも領地行きを命じられていた。

 しかし兄達は、お祖母様のところへは行きたくない、許して下さいとお父様に縋っていたのに、お父様がいなくなるとなぜかけろっとしていた。いや、むしろ嬉しそうな様子だった。

 それがどうにも不可解だった。しかし兄や従兄弟達にとって、領地で祖父母と過ごすことは罰などではなく楽しみだったのだわ。

 今回エリックお兄様がお祖母様に平気でタメ口をきいていることに驚いた。

 けれど、それは二人が以前から親交を持っていたからだったのね。

 

「お兄様達はずるいわ。私だけ仲間外れにするなんて。

 王太子殿下と婚約する前だったら、私も王都を出ることができたのに。

 そしてお祖母様とたくさんお話ができたのに」

 

 思わず私がこう漏らすと、お祖母様も同意するように頷いた。そして微笑みを消すと、悲しげにこう言った。

 

「でも、たとえ貴女が悪さをしたとしても、一人娘をタウンハウスから片道二日もかかるここには、絶対にこさせなかったと思うけれどね。

 だからこそ、あれほど溺愛していた貴女をどうしてあんな不出来な王太子と婚約させたのか、ずっと理解できずにいるわ。

 そして今回のことでしょう? 頭か心が病んでいるとしか考えられないわね。

 

 私の三人の息子達はね、幼いころから周りの人間から散々私の大げさに盛られた武勇伝を聞かされたり、比較されたりしたの。

 そのせいですっかり萎縮してしまったのよ。


 世界にその名を轟かす剣豪を打ちのめして、半殺しの目にあわせたとか……

 多国語を巧みに操って近隣の王家の王子を虜にして、権謀術策を巡らしてこの国に平和をもたらせたとか……

 国の軍隊よりも強大な軍事力を持ちながらも、国民のことを思いやってクーデターを起こさず、その知力のみで王家を立て直したとか……

 実は王妃を操る影の支配者だとか……

 女魔王に逆らうと呪われるとか……

 

 結婚してからの私は、子育てと領地経営や家政に忙しくて、国政になんてほとんど関わらなかったのよ。

 そりゃあ外交と王妃様のお話し相手くらいはしたけれどね。

 だから私の功績にされている事柄は、ほとんど夫が成したものだったわ。

 そのことはちゃんと息子達に説明していたのよ。

 だから次男と三男は次第に父親を尊敬するようになって、彼ら自身も段々自信を持つようになったわ。

 

 次男は毎日父親に剣の稽古を付けてもらうようになると、めきめきと上達して、最終的に騎士団長にまで上り詰めて、自力で伯爵位を得たわ。

 前王を離宮へ追い払ったとき、王と共に不正をしていた貴族が大分爵位を略奪されたわ。

 その時我が家はいくつか爵位を譲り受けていたの。だから、わざわざ自分で爵位を得なくても良かったのだけれどね。

 

 末の子は領地暮らしで植物に興味を持って、大学まで進んで学者になったわ。

 そして薬の商会を運営している大商人のお嬢さんと仲良くなって、婿入りしたわ。

 研究だけをしていればいいと言ってもらえたみたいで。

 本人が貴族として生きるのを嫌がっていたから、私達もそれを認めたわ。

 それなのに画期的な薬を発明して叙爵されてしまったけれどね。

 だから私が最低限の淑女教育をしてあげたのだけれど、なぜか息子に恨まれたわ。お嫁さんには感謝されたけれどね。

 

 貴女の父親は頭脳明晰で優秀だったけれど、とにかく気が小さくて。

 剣の腕も決して悪くなかったけれど、人との対戦を望まなかったの。

 だから無理して武門の道を進まなくていいと言ったのよ。貴方なら文官として大成できるわって。

 でもそれが却ってあの子を傷付けたみたいでね。

 貴女の母であるロジーナと恋仲になり、父親のマーチンに叱責されてからはようやく覚悟を決めたみたいでね、一皮むけたと思っていたのだけれど。


 幼なじみの国王に懇願されて宰相になったのが悪かったのだと思うわ。

 確かにエリックの言ったように、彼らは傷を舐め合う仲になってしまったのかもね。

 背負わせられている重責に耐えられなくなったのかも。

 

 そろそろ引退させて、ゆっくり養生させるべきかもしれないわ。

 まあ、その辺はエリックが判断して対処してくれるでしょう」

 

 お祖母様は深いため息をついた。

 

 貴族は子育てを教師や使用人まかせの人が多い。

 しかし、お祖母様はご自身で一生懸命に子共に向き合ってきたようだ。

 それでもこうして後悔されているのだ。かつて完璧女公爵と呼ばれていたあのお祖母様が……

 子育てとはこんなにも難しいものだったのだと、私は初めて知った。

 

「今回の件は貴女にとって痛ましい出来事だったわ。

 そして貴女の気持ちを考えると、こんなことを口にするのは不謹慎だとは思うのだけれど、こうやってユリアーナと話ができて私は本当に嬉しいの。

 貴女には伝えておきたいことがたくさんあったから。

 ねぇ、ここでランチをしながら、昔話をもっと聞いてくれないかしら? 私の物心ついたころかの長い話を」

 

 お祖母様の昔話。

 目の前の女性は、それはもう数え切れないくらいの英雄伝説を持っている方なのだ。

 それを本人の口から聞けるなんて、こんな僥倖は他にはない。ぜひ聞かせていただきたい。

 私が勢いよく頷くと、お祖母様は庭園に咲く見事な薔薇へ懐かしげに目をやってから、私の顔を見た。

 そして優しい笑顔を浮かべながら、ご自分の昔語りを始めたのだった。

 

 

 




 

 




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