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✽ 公爵領は国際交流の舞台となる ✽ 第57章 父との会話(エリック視点)


 母はユリアーナに対して、嫉妬心を消すように教育をしたわけではなかったという。

 人を好きになれば嫉妬するのが当たり前。それなのに無理にそれを消そう、なくそうとすれば、感情まで失われてしまう恐れがある。

 だから負の感情を抑え込むのではなく、自然に発散させる方法を教えたらしい。

 つまり、たとえ嫉妬をしたとしても、それを他人にバレないようにする術を伝授したのだそうだ。

 たとえば扇子で口元を隠しながら口角を上げる。

 冗談みたいな話だが、広角を上げて無理にでも笑顔を作ると、負の感情が減り、むしろ幸福感が湧いてくるものらしい。

 口パクで呪詛を吐く。

 鬱憤を溜め込まないでその場で密かに吐き出せば、ストレスにならないし、自己嫌悪で落ち込むこと少なくなる。

 

 お茶会やパーティーに何度も訓練した結果、やがてユリアーナは扇子で隠さなくても笑顔を作れるようになったそうだ。

 そして、心の中で呪詛を呟けるようになったらしい。

 

「それをロジーナに聞かされてからというもの、私は女性の笑顔が怖くなったよ。

 自分を見て微笑んでいても、本心では呪詛を吐いているのかもしれないと、つい考えてしまってね。

 だからこそ今、ロジーナや義妹達が怒りを隠そうともしないから、むしろホッとしているのだ。なんだかマゾにでもなった気分だけれどね」

 

 父の言葉に私も同感した。ユリアーナは幼いころから何も隠さずに、素直な感情を私に見せていた。笑ったり怒ったり泣いたり甘えたりして。

 それは私を信じてくれていたからなのだと思う。

 自分が養子だと知って孤独に苛まれていた私にとって、そのことが大きな慰めになっていたのだ。

 

 そしていつしか気付かないうちに、私はユリアーナに恋をしていた。他の女性などは全く目に入らないくらい。

 それは淑女教育が進んで、彼女が感情をあまり出さなくなり、わがままも言わない完璧な令嬢となってからでも変わらなかった。

 とはいえ正直なことを言えば、モントーク公爵家主催のパーティーの席で、ご令嬢方に私が囲まれていても、いつも平然と微笑んでいるユリアーナを見るたびに心が痛んでいたのだ。

 彼女は私に関心がないのだろうと、寂しい気持ちになっていたのだ。

 

 ところが実際はかなり嫉妬していたのだと父から聞かされて、私は無性に嬉しくなった。

 そしてそれと同時に、ユリアーナに身体を触れられたのかと思うと、体中がカッと熱を帯びた。

 最初は、公爵令嬢であるユリアーナが清拭をしたなんて信じられない思いでいた。

 しかし、彼女が幼いころから母に連れられて、高齢者施設や孤児院へ慰問に行っていたことを思い出した。

 私もかつて、彼女が寝たきりの老人や孤児達の入浴や、清拭の手伝いをしていた姿を目にしたことがあったと。


「エリックは極度の疲労と睡眠不足で目を覚まさないだけで、命の危険は無い」

 

 叔父のケンドルはそう伝えたという。そんなに心配しなくても時間が経てば目を覚ますよ。だからお前ももう眠りなさいと。

 ところが何度そう言ってもユリアーナは私の側を離れなかったらしい。


「こんなことになったのは自分のせいだわ。当てつけのようにここに残るなんて言ったから、お兄様はこんな無理なことをしたのよ。

 王都で多忙過ぎる日々を送っていたことくらい容易に想像できたのに、なぜあんなことを言ってしまったのかしら」


 そう言ってずっと泣きじゃくっていたそうだ。

 

「お前のせいではない。全て私が悪いのだと何度も言ったのだよ。

 実際、こんなに痩せてしまうほどお前に無理をさせてしまったのは、全て私の無責任な行動のせいだからね。

 エリック、本当にすまなかった。

 だからこそその詫びに、ユリアーナには婚約当時の話をしておいたのだよ。お前との約束があって、今現在のお前の気持ちは伝えられなかったからね」

 

「父上……」

 

 八年前の父は、当主になる直前で、その重責に思い悩んでいた。しかもそれを誰にも相談できずに、とても辛い時期だったのだという。

 そんなときに、私はユリアーナと婚約したいなどと、面倒なことを願い出ていたのだなと、今さらだが反省をした。

 今回急遽当主の座を引き継ぐことになったのも、その罰が当たったのかもしれない。そう考えていたときに、父がこう言葉を続けた。

 

「自分には守るべきものの順番がすでに決まっていて、絶対にそれを誤らない。ユリアーナを誰よりも何よりも優先する」

 

 と言った私の言葉に父は感銘したのだという。だからこそ婚約を認めたのだと。お前なら自分のように迷ったりせずに、必ず娘を守ってくれるだろうと。

 そしてそのときに父自身も覚悟を決めたのだという。己も妻と娘、それに一族と領民を守れるような当主になるのだと。

 当時そこに祖母が入っていなかったのは、祖父がまだ元気だったからだと言っていた。


「今ではもちろん、母も私の守るべき大切な人間の一人だ。いくら魔王でも年は取るからな」


 優しい目をして父はそう言った。

 

 その後の父は、宰相になって国全体のことを考えなくてはならない立場になった。

 しかし、家族や一族、そして領民の生活を守ることを常に優先して考えていたという。それが結局国のためにも繋がっているのだから。 


「国のことを一番に考えるのは王族の仕事だ。そう割り切っていたよ」


 と、父は笑った。

 私達家族は、父が家族や家のことよりも、仕事と陛下を優先しているのだとずっと思っていた。

 しかしそれは勘違いで、父は私達のためにあんなにハードな宰相の仕事をしていたのだ、と改めて思い知った。

 まあ、自分が当主になってまだ一月足らずだが、何となくそれは感じていた。

 当主の仕事は、一国を守ることと同じだ。その逆もまた然り。

 父が城の仕事を寝る間もなくしていたのは、偏に家族や一族、そして領民のために、少しでもより良い国にしたい。そんな思いだったのだ。

 

「自分にとっての優先順位は変わらなかったはずなのに、いつの間にか私は、その守り方を間違えていたのだな。

 一番大切なロジーナに離縁を宣告されるまでそれに気付けなかったなんて、本当に愚かだったよ。

 それに比べてエリックは、十五のときから今日まで、守るべき大切なものの一番はずっとユリアーナだったのだから、お前は本当にすごいよ。

 

 今朝になってヘンリーから聞いて驚いたぞ。王太子のあの婚約破棄は、そもそもそうなるように、お前が仕向けた結果だったのだろう?

 三年も前から計画を立てていて、それを着実に進めてきた結果だったのだと。

 私は宰相の地位や、公爵という爵位を捨てる覚悟で、力技でユリアーナと王太子の婚約を潰そうと思っていた。

 それなのに、自分や家族、そして家に害がほとんど及ばないような作戦を考えた。

 ユリアーナはそれを聞いて絶句していたぞ」

 

 ヘンリー叔父上は、ユリアーナが領地に残ると言った話を聞いて、私にひどく同情してくれた。あれだけ私のことを、冷酷無比とか散々恨み言を呟いていたのに。

 自分自身が愛妻と離れ離れになったことで、愛する人との別れの辛さを知ったからだろう。

 私のために何とか仲を取り持とうとしてくれたらしい。

 私が寝ている間に、父とユリアーナだけに、私が王太子にあの子爵令嬢を意図的に近付けた、あの話をしたようだった。もちろん詳細は省略して。

 

「「やはり、エリックは私とは違い、大切なものの優先順位を間違ったりはしなかった。

 今日までここにお前を迎えに来られなかったのは、私が仕事を放り投げたせいで、超多忙になったからだ。

 私のせいで二人の心がすれ違ってしまうのは辛い」 


 と私が謝罪したら、ユリアーナは許してくれたよ。

 

「私はちゃんとお父様に愛され、守られていたのだって、今はもうわかっています。

 それがわかってとても嬉しいのです。それはお兄様のこともですが……」

 

 とね」

 

 父の話から、どうやらユリアーナが私の思いを受け入れてくれたのだ、ということがわかった。

 マックスの婚約式が終わったら、私と一緒に王都に戻ると言ってくれたらしい。そして学園を卒業したら、母から公爵夫人になるための教育を受けると。


 でもそうなると、また母上と離れ離れになってしまいますね?と私が言ったら、半年くらいは我慢できると父は笑った。

 どうも母上は、ユリアーナが十歳で私と婚約した時点で、将来公爵夫人なる前提で教育を施していたらしい。 

 それ故に、学ぶべきことはすでに大方終了しているそうだ。残りは、これまで教えられなかった社交場での主な貴族との顔合わせや、交流の仕方くらいなのだという。

 さすが母上だ。抜かりがない。

 

 父上やヘンリー叔父上のおかげで、ようやくユリアーナに自分の思いを伝えることができたのだ。

 素直に感謝の気持ちを述べると、父は少し照れたように片方の手で頭を掻きながら、こう言った。

 

「お前達の仲を取り持つことができたのなら良かった。

 しかし、ユリアーナにお前の愛情を信じさせた最大功労者は、お前自身だぞ」

 

 どういうことかと頭を捻ると、父は残念なものを見るかのように私を見た。そしてこう言ったのだ。

 

「お前、ここへ来て開口一番に言った言葉を覚えていないのか?

 ユリアーナに抱きついて、

 

「君を愛している……私の花嫁になってくれ……」

 

 って叫んだことを」

 

「えーっ!!」

 

 我が人生において、最も重大な一世一代の愛の告白をしたらしいのに、それを全く覚えていないなんて嘘だろう!

 その事実に喫驚して脱力した私は、寝台の上に再び力なく横たわったのだった。


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