✽ 公爵令嬢、領地(天国)で女子会をする ✽ 第52章 父の謝罪 (ユリアーナ視点)
モントーク公爵家の生き字引で賢者であるボードバーグ卿ならば、おそらく助け舟を出してくれるはずだわ。
そもそもボードバーグ卿は、父のことを昔からとにかく気に掛けていた。
それは単に父が嫡男だったからではなく、彼が最初に仕えていた主であるドクトール様(祖母の兄)に瓜二つだったからではないかしら。
モントーク公爵家の色であるほんのり赤紫色がかったプラチナブロンドの髪に薄紫色の瞳……
筋肉馬鹿で好戦的的な人間が大多数を占める我がモントーク一族の中で、父だけが争い事を嫌う温和な性格。見かけは冷たいけれど。
もちろん父は大伯父のような病弱ではなく、剣術の腕もかなりのもので、騎士団長のヘンリー叔父様と互角だというのだから凄いと思うわ。
つまり見かけだけでなく、精神的なものが大伯父と父は似ているのだろう。
そもそも暗殺者にいつ狙われるかわからない、そんな面倒な存在のエリックお兄様を引き取り、自分の嫡男として籍に入れようとした、心優しく強い人なのだ。我が父は。
妹の幸せのために自ら後継の座を降り、他国へ婿入りした大伯父のように。
そして実の息子ではなく、自分の伯父の孫であるエリックお兄様を後継者にしたことを、ボードバーグ卿は祖父母同様に感謝していたに違いない。
だからこそ彼は誠心誠意父に尽くしていたのだわ。
そして父もまた、ボードバーグ卿のことを第二の父親のように思っているはずだ。幼いころから多忙な両親に代わって、彼に育ててもらってきたというのだから。
おそらく、ボードバーグ卿は父を第二の主と見なしているのだと思う。祖父母ではなく。こちらに来て祖母の昔話を聞いたので、ふとそんな風に思った。
祖母同様に父を熟知している家令の言葉なら、きっと父も素直に耳を傾けて真摯に話を聞いてくれるに違いない。
祖母に対しては、複雑な思いがあって素直になれなくても。
私は急いでボードバーグ卿宛の手紙を認めた。そしてすぐに返信があったのだった。
その手紙には
「若旦那様のことは私にお任せ下さい。諸々の手続きに少々時間がかかると思いますが、必ず奥様の下に旦那様を向かわせます。ですからそれまで、若奥様のことは宜しくお願い致します」
と書かれてあった。諸々の手続き? 長期休暇の申請のことかしら?
たしか、もう一月以上登城していないと聞いたけれど?
まあ、一国の宰相だもの、王都を離れるにも面倒な手続きが必要なのかもしれないわね。
その間に私は、お母様のお父様に対する印象を少しでも良くしておかなければいけないわね。
私はお父様のことは恨んでいないし、むしろ愛してもらっていたことを知って嬉しく思っていることを伝えなければ。
お父様がいかにお母様を愛しているかは、本人の口から告げてもらうことにして。
お祖母様にそう話したら、とても嬉しそうに、ありがとうと言って目を細めたのだった。
母がレイラ義叔母様と共に領地で過ごすようになってか一月後に、父は末の叔父夫婦と共にやって来た。
私がボードバーグ卿に手紙を送ってから二十日ばかり後だ。想像していたよりかなり早い。
ひどく落ち込んで気の病かも……と周りから心配されていたという父は、ずっと引きこもり状態だった。
そんな父をよくこの領地に向かわせる気にさせたものだと、老家令の手腕に私は脱帽した。
しかしお父様の様子を見て、私だけでなく、お祖母様やレイラ義叔母様、領地の使用人も皆絶句した。
叔父のケンドルと護衛騎士に両脇を抱えられ、ヨレヨレした足取りで屋敷の扉の前に立っていたのだから。
頬はげっそりとこそげ落ち、目の下は真っ黒だった。
それでも私が「お父様!」と悲鳴のような叫び声を上げて抱きつくと、嬉しそうな顔をした。
そしてなんと子供のときにように、震える手で私の頬を優しく撫でながらこう言った。
「ユリアーナ、本当にすまなかった。二月以上経ってからの謝罪なんて今さらだが。
意気地なしで愚かな私はお前やロジーナに嫌われ、見捨てられたのだとショックを受けて、自室から出られなくなってしまった。謝らねばならぬことがあり過ぎて、お前に詫びの手紙の一つ出せなかった。
本当に情けない父親ですまない」
お父様は膝を突いて謝ろうとしたみたいだが、両脇を支えられているのでそれは無理だった。
「兄上、モントーク公爵家の当主が屋敷のエントランス前で娘に謝罪するなんて、いくらなんでもみっともないですよ。
中に入ってからやってください」
ケンドル叔父様の言う通りだ。使用人が見ている前で何をしているのですか、当主様!
そう私が口にしようとしたら、先にお父様がこう反論した。
「私はもう当主ではない!」
「そういうことじゃない。元当主だろうが現当主だろうが同じだ。さっさと中へ入ろう」
「「もう当主ではないとはどういう意味ですか!」」
私とレイラ義叔母様が同時に声を上げたが、叔父様はそれを無視して、騎士と共にお父様を両脇から持ち上げると、建物の中へ入った。
父達と一緒にやって来た、ケンドル叔父様の妻であるナンシー義叔母様が、困ったように苦笑いを浮かべて私達を見ていた。
そして私達も慌ててロビーに入った。すると、上方から何かがぶつかる物音がした。そしてその後すぐにお母様が階段を駆け下りて来た。おそらく二階の客室から外の様子を覗いていて、お父様の姿に驚いたのだろう。
お母様が室内で走る姿を初めて見た。しかもあんなに大きな足音を立てるなんて。
「どうなさったのですか、そのお姿は!」
「おお! ロジーナ。会いたかった。相変わらず美しく、元気な様子で安心した」
「何呑気なことをおっしゃっているのですか! 貴方は!
なぜそんなお姿になっているのに、こんな遠方までやって来たのですか!」
「義姉上、二か月以上部屋にこもって体を動かさずにいたらこうなりますよ。
しかもろくに食事や睡眠も取らずにいたのですからね。
この状態でいきなり遠出は無理だと私も思ったのですが、義姉上の顔を見られないとこのまま衰弱死しそうだったので、仕方なく私達夫婦が付き添ってきました」
ケンドル叔父様は高名な植物学者で発明家でもあるが、その他に薬草や医学にも精通していたので、医者代わりに同行してくれたのだろう。
「ロジーナ、愛する君がいないと私は食事や睡眠さえろくに取れない。どうか、離縁しないでくれ。お願いだ。側にいて欲しい。
許してくれ。私が全て間違っていた。君がこれ以上王妃に利用されるのが嫌で、王宮や内政に関わらせたくなくて、君に何も話さなかった。
しかし君は母親として、ユリアーナに関することは知る権利があった。
それなのに私は、君を惑わさずとも自分一人で、ユリアーナとエリックを守れると自惚れていたのだ。
本当に愚かだった。私ではユリアーナの気持ちを何一つ理解できなかったというのに。
今さらだとはわかっているんだ。しかし、何を無くしても構わないが、君だけは手放せないんだ」
再び床に両手を突こうとしたがそれを叔父達に妨害されて、父は弟を見上げて少し睨んだ。
叔父様グッドジョブです。そもそもそんな大切な話をエントランスでしないで。ムードがなさ過ぎだわ。
私はそう思ったのだけれど、お母様は顔を真っ赤にして目に涙を浮かべていた。
そしてお父様のすぐ前まで進むと、両手で夫の頬を包むとこう言った。
「馬鹿ね。こんな状態でここまで来るなんて。死んでしまったらどうするの」
「王都の屋敷に居ても死んでいたさ。君がいなきゃ」
見つめ合う二人……
みんな息を呑んでしばらくその様子を見ていたのだが、やがて祖母が口を開いた。
「ケンドル、普段鍛えていない貴方では重くて大変でしょ。
さっさと主賓室へハロルドを連れて行ってちょうだい。
少し休ませないとまともな会話はできないでしょうから。本当に情けない息子達だこと」
お祖母様もグッドジョブです。しかも、さり気なく自分の息子達をディスっている。
これまで蔑ろにされてきたことに対する、ささやかなしっぺ返しかしら?