✽ 公爵令嬢、領地(天国)で女子会をする ✽ 第50章 嫉妬心(ユリアーナ視点)
モテる兄を誇らしく思うべきだったのだろうが、私はそんな気持ちにはなれなかった。
エリックお兄様はお近づきになろうとするご令嬢方からは失礼にならないように距離を取り、さり気なく排除していた。そして、できるだけ私の側にいてくれた。
だから嫉妬する必要なんてなかったのに、お兄様が自分以外の女性にたとえ作り笑顔でも、その美しい微笑みを向けるのが嫌だった。
そしてそのうちお兄様が、これまでとは違う本物の笑顔を向ける女性達の存在を知って、私は大きなショックを受けたのだ。
その女性達は、学園の生徒会のメンバーだった三人の王女殿下と、マリアンヌ=レノマン伯爵令嬢だった。
そもそも王女である三姉妹の方々は兄達の幼なじみであった。そのことは当然知っていたのだが、私は王宮に出向いたことがなかったので、殿下方とお会いしたことはなかったのだ。
エリックお兄様と彼女達との親密な様子に、私は心穏やかではいられなかった。彼女達は文句なくこの国で最も高貴な身分のお方達だ。
しかも誰よりも優秀で美しく、人としても素晴らしいと聞いていた。それは伯爵令嬢も同じだった。
私は彼女達に何一つ勝てない。そもそも妹なのだから、兄の恋愛の対象にはなり得ないのだけれど。
それが歯痒くて切なくて悲しくて……
当然そんな気持ちを誰にも打ち明けられるはずもなく、ずっと悶々としていたころに、お父様と叔父ヘンリーの話を聞いたのだ。
そのときの気持ちをなんと表現したらいいのかわからない。実の兄妹ではないと知って、嬉しかったのか悲しかったのか。
エリックお兄様を異性として思っても罪ではないという点では嬉しかったのだとは思う。
でも、知らなければ兄と結ばれたいなどという大それた願望を、そもそも抱くこともなかった。そう思うとむしろ悲しかったし辛かった。
エリックお兄様や他の家族のことを考えたら、兄の秘密を公にできるわけがなかったのだから。
あの当時は、エリックお兄様が養子だったなんてことは想像もしていなかったからだ。
学園を卒業するころには、きっとエリックお兄様は第三王女殿下かレノマン伯爵令嬢と婚約するのだろうと私は思っていた。
お兄様には秘密の婚約者がいるという噂もあると聞いていた。だから、二人のうちのどちらかのことなのだと思っていたのだ。
「お兄様の婚約者はどなたなの?」
それをお兄様に聞きたかったけれど、真実を知るのが怖くて聞けなかった。私は本当に意気地なしだった。
ところが、学園を卒業してまもなく、第三王女殿下は同じ年の侯爵令息と結婚してしまった。
そして、卒業前に婚約解消していたレノマン伯爵令嬢は、なぜか家を出て平民になったという噂を耳にして、私はあ然となった。
一体これはどういうことなのだろうか。学園にはまだ通っていなかった私では、詳しい情報を得る伝手はなく、悶々とするしかなかった。
あのお二方でなかったら、エリックお兄様の婚約者って一体誰なの?
スコットお兄様やマックスお兄様に聞いてみたが、知らないと言われてしまった。
「兄上に婚約者がいるだなんて、ただのデマだろう。俺達だって知らないのだから」
と。
そしてその後も、エリックお兄様にはいくつも縁談が持ち込まれたが、誰とも婚約することはなかった。
そしてスコットお兄様の方が先に、同じ一門で幼なじみの伯爵令嬢であるカロリーヌお義姉様と結婚した。
スコットお兄様は、エリックお兄様を差し置いて弟の自分が結婚するのをためらっていた。
しかし、一つ年上のカロリーヌお義姉様をこれ以上待たせてはいけないと、エリックお兄様を始めとする皆に説得されて式を挙げたのだ。
カロリーヌお義姉様は脳筋気味のスコットお兄様の手綱を上手に操れる、とても頭が良くて、度胸のある頼れる女性だ。
私も一応幼なじみと言える関係で、幼い頃から可愛がってもらっていたから、姉妹になれてとても嬉しかった。それでも、やっぱりエリックお兄様のことは相談できなかった。
そして私は十五歳になり、学園の入学が間近に迫ってきたころ、突然お父様から、ブライアン王太子と婚約することになったと告げられたのだ。
貴族の家の娘に生まれたからには政略結婚も当たり前だと、家庭教師からはそう教わってきた。
だからそれほどショックは受けなかった。
我がモントーク公爵家の人間はそのほとんどが自由恋愛の末結婚していたのだが、当時の私はなぜか、祖父母以外の人達は政略的な結婚をしていたのだと勝手に思い込んでいたのだ。
ただ、王太子殿下が甘やかされて育った頼りない、ダメ王子だという話は噂に聞いていた。
だから、何もそんな人物と婚約させなくてもいいしゃないの。やっぱり私はお父様に嫌われているのね、と正直そう思った。
お父様は、この国一番と評される美貌の持ち主だったが、誰に対しても無表情だった。まるで精巧な人形のように。
それは実の娘の前でも同じで、笑いかけてくれたこともなかった。
いくら勉強や剣の訓練に一所懸命に励んでも褒めてくれたことなどなかった。むしろ、一族の中で催される剣術大会で年上の従兄に傷を負いながらも勝ったときなどは、珍しく目くじらを立てていたわ。
それに、自分だけ領地へは行かせてくれなかったし、私って実の父親からずっと愛されていなかったのだ、とそのとき強くそう感じてしまった。
そのせいもあって、私がその婚約話を強く拒否しなかった。嫌われている娘だけれど、お父様の命令通り婚約すれば、少しは役に立つと思われるのではないかと。
それに、誰かの婚約者になってしまえば、エリックお兄様への思いを断ち切れるのではないかという思いもあったからだった。
でも結局その考えは甘かったのだ。
私がどんなに婚約者として信頼を築こうと努力してもブライアン王太子は完全に私を無視したのだ。
顔を合わせようとはしないし、名前も呼ばない。お茶会は参加しないし、もちろん一緒に園庭を散歩することもしない。
ただ、学園から出される課題を渡してくるだけ。そして、進級して王族としての仕事が増えてくると、それさえ私に丸投げしてくるようになったのだ。
将来妃になるのなら、夫の仕事くらい理解しておくべきだという、もっともらしい言い訳をして。
こちらがどんなに努力をしようと、相手がそれを応じる気がなければ徒労に終わるだけ。
まさしく砂の上に城を建てようするようなもので、全く無意味なことだった。
しかも、王太子は恋人ができると、無視どころか憎々しげにこちらを睨み付けてくるようになった。
その時点で私は王太子を見限ることにした。そして、そんな愚かな王太子を放置している国王夫妻のことも。




