✽ 公爵令嬢、領地(地獄)行きを命じられる ✽ 第5章 真実の想い(ユリアーナ視点)
祖母と兄の会話を聞いた後、私は王太子と婚約してからのことを初めて語った。お妃教育、王太子の浮気、そして三日前に王宮のサロンでの出来事について洗いざらい。
自分の至らなさ、悔しさ、情けなさを。そして、不満や愚痴や不安など、今まで口にできなかったことも。
そして、王妃殿下に言われたことを話すと、さすがに祖母も喫驚したように目を大きく見開いた。
氷の貴公子と呼ばれているクールな兄まで、怒りの表情を浮かべていた。
「王妃は正気を無くしているわね、可哀想に。陛下や王太子は一体何をしているのかしらね。前国王だった父親よりマシかと思っていたのに、残念だわ。
エリック、王妃殿下が速やかに療養できるように、貴方が侍医を通して陛下に進言してちょうだい。
さすがにそんな台詞を人目のある場所で言ったとしたなら、すでに何かしら対処されているとは思うけれど。
それにしても、王妃殿下の発言の内容を知った我が息子は、今ごろ一体何を考えているのかしらね? いい恥さらしだわ」
「まったくです。僕のユリアーナがランドール公子と浮気しているだなんてふざけている。そんな屈辱的な発言を絶対に許すわけにはいきません。
いくら精神的に追い詰められていたとしても、容赦はできません。それに母上のことも。
学生時代に助け合った仲だからと、これまで母上は王妃殿下のために色々と尽くしてこられました。
それなのに、王妃の方は心の中では母上を見下して、ただ利用していただけだったのですね。
それなのに父上は、妻と娘、そして母親を侮辱されていたとも知らずに、それに堂々と対抗した娘を怒鳴りつけ、王家に媚びへつらうなんて、それこそモントーク公爵家の恥です」
「そのとおりよ、エリック。
貴方もそろそろ覚悟を決めなさい。こうなったらもう、あと半年も待つ必要はないでしょ。
貴方、とうの昔に準備ができているのでしょう? あちらこちらに手を回しているのを私は知っているわよ。
それに、私が取りこぼして後悔していた変革も、貴方が代わりにしてくれるのよね?
でも、策士策に溺れるということわざもあるでしょ。予定より機を逃さないことの方が大切よ」
「はい、お祖母様」
クールなお祖母様とお兄様が、妙にテンションを上げて会話をしていたが、その内容はさっぱり理解できなかった。
ただ自分には全く関心がないのだと思っていた祖母が、自分のことを大切に思い、ずっと見守っていてくれたことを知り、嬉しくてたまらなかった。
そして再び兄から僕のユリアーナと呼ばれて額にキスを落とされたことも。
物心がついた頃から、兄は私の額に優しくキスしながら、
「僕のユリアーナ、大好きだよ」
と囁いてくれていた。そう。あの日まで私は、あの甘く幸せ日々がずっと続くものなのだと信じて疑わなかった。
しかし、私と王太子殿下の婚約が決まってからは、兄が私の額にキスをしてくれることはなくなった。相変らず
「僕のユリアーナ、大好きだよ」
という言葉は掛けてくれたけれど。
兄のことは兄としてずっと大好きだった。けれど、十二歳のとき、エリックお兄様と私は実の兄妹ではなく、再従兄妹の関係なのだということを偶然知ってしまった。
彼はお祖母様のお兄様の孫で、このモントーク公爵家の元々の正統な後継者だったのだ。
真実を知ってからというもの、私のエリックお兄様に対する愛情は、下の兄二人とは全く違うものになってしまった。
だからこそ、それ以降ずっと辛かった。兄への思慕を自分では上手く隠せていると思っていた。
けれど、王太子殿下にはばれていて、それでリンジー様への思いを募らせたのではないかと、殿下を責める気にはなれなかったのだ。
人を想う気持ちは誰にも止められないし、仕方のないことだったもの。
でも王族や貴族ならば、それをできるだけ表には出さずに隠すべきではないのか、とは少し思ったけれど。
「僕のユリアーナ」
久しぶりにもう一度エリックお兄様にそう呼ばれて、優しく抱き締めてもらうことができたから、私にはもう思い残すことはないわ。
これからもお兄様を思いながら、修道院、あるいは他国で生きて行こうと私は心に決めた。
ただ、世間知らずな私が今家を出てもやっていけるとはとても思えなかった。
だからしばらくここに置いてもらって、平民として暮らして行けるように、屋敷の皆さんに指導してもらおう。そう私は思ったのだった。
翌日、朝食が終わるとお祖母様が庭の薔薇が今見頃になっているわよ、とおっしゃった。
そこで、私はタウンハウスから付いてきてくれたメイドのアンと共に庭園に出た。
おそらくお祖母様は、お兄様と話があるのだろうと察したからだ。
私達が領地へ着く前日には、すでに父と三番目の兄、そして王宮からの伝書鳩が届いていたらしい。それらはもちろん祖母と長兄宛に。
私と兄はあの日、日が暮れ始めたころにタウンハウスを出発したのだが、父はその後まもなく戻ってきたらしい。
パニック状態に陥った王妃殿下を国王や女官達が対処している間に、宰相である父はその場に居合わせた者達から、一連の流れについて事情説明を受けたそうだ。
そしてようやく、自分の家族が王妃殿下に侮辱を受けていたことを知ったらしい。
父は慌てて自分のタウンハウスに戻ってきたが、私は兄と共にすでに領地へ出発した後だったようだ。
「すでに日暮れだというのになぜ出発させたのだ! 危険だろう!」
父は母を怒鳴りつけたらしいが、母は軽蔑の眼差しでこう言ったらしい。
「「その情けない根性をお祖母様のところで鍛え直してもらえ! 今すぐに!」と、貴方が命じたのでしょう? それに従ったまでですよ。
それにこの国の軍隊より強い、我がモントーク公爵家の私設騎士軍団が護衛しているですよ。そんな馬車を襲う愚か者なんていませんよ。
たとえ物知らずの破落戸や蛮族、野盗の輩でもね」
「すぐに引き返せと伝令を送れ!」
「ご自分で指示なさったら? 私は知りません」
母はそう言うとさっさと自室へ籠もってしまったそうだ。そして父の命令に従う者は誰もいなかったらしい。
「今から間に合うわけがないじゃないですか。そんな無駄なことをするくらいなら、領地へ伝書鳩を飛ばした方がいい。
きちんと詫びを入れないと、お祖母様は兄上とユリアーナをこちらに戻さないと思いますよ。文面には気を付けてくださいね」
私設騎士団の副団長をしている三番の兄マックスにそう言われて、父は何も言えなかったそうだ。
まあ、その伝言に私への詫びが入っていたかどうかはわからない。けれど、祖母との会談が終了したのか、翌日の早朝、エリックお兄様は私設騎士団と共に王都へ戻って行った。
「お祖母様の元でゆっくりと過ごせ。そしてこれからの人生で自分にとって何が一番大切なことなのか、それをじっくり考えてごらん」
という言葉を私に残して。
私は、今日もお祖母様と一緒に庭園を散策した。
モントーク公爵家のタウンハウスの庭はコンパクトだけれどとても美しいと評判だ。
けれど、領地の庭園はそれとは比較にならないほど広くて素晴らしい。決して派手で華やかな造りではないが、心落ち着く自然に溢れた美しい庭園だった。
四阿まで来ると、すでにお茶の準備がされていた。お祖母様は人払いをすると、手ずからお茶を入れてくださった。
「珍しいティーポットですね。あっ、お茶が緑色をしています」
「ふふっ。東の国の友人が贈ってくれたのよ。ここも東の国の建物だから合わせてみたのよ」
お祖母様の交友関係は本当に広いようだ。やはり他国へ行くならお祖母様に相談するのがいいわ。
叱られるのを覚悟して、移り住むならどこの国が良いと思われますか? お勧めの国はありますか?と訊ねた。
「ユリアーナ、他国へ行くのも修道院へ行くのも悪いことではないわ。貴女が本当にそれを望むなら応援するつもりよ。
でも、貴女の一番の望みは別にあるのでしょう? 二番目のことに私は応援できないわ」
お祖母様は優しく私の手を握り、笑顔でこう言った。
「でも、その一番目の望みは決して叶うことはありません。ですから二番目を叶えたいのです」
「本当に叶わないの?」
「はい」
私がこう答えると、祖母はため息をつきながらこう言った。
「本当かしら? 貴女は知っているのでしょう? エリックの出自のことを。それなら諦めることはないじゃないの」
私は驚いて顔を上げて祖母を見た。まさか祖母に心の中を見破られていたなんて。
確かに彼は本当の兄ではない。しかし世間的にはモントーク家の嫡男なのだから妹である私と結ばれることはない。
もし、本当は養子なのだとわかってしまったら、戸籍を誤魔化したと両親が罪に問われてしまう。
そして当然エリックお兄様も跡を継げなくなってしまうに違いない。後継者になるためにあんなに厳しい教育を受けてきたのに。
しかも下の兄二人も自分の好きな事を見つけてそれぞれ邁進しているのに、今さら公爵家の跡を継げと言われても困るはずだわ。
彼らは常々領地経営などしたくないと言っているのだもの。
私がわがままを言ったら、そんな三人の兄達の人生を変えてしまう。
そんなことは絶対にしたくない、私はそう思った。




