✽ 公子は祖母の慧眼の力に改めて感心する ✽ 第43章 国王の困惑 (エリック視点)
カクタス王太子とオリビエ侯爵令嬢は学園卒業後すぐに結婚し、その一年後双子の王女を授かった。
でもまだこのときは、多少の嫌味や文句を言っていたが、妃に対する態度はそれほど酷くはなかったそうだ。
しかしその一年後に父親が亡くなって王位に就いてからというもの、カクタス国王は跡継ぎになる男子を早く産めと王妃にきつく言うようになったと聞いている。
そしてそのプレッシャーの中でオリビエ王妃は再び懐妊したが、三人目もやはり王女だったことから、夫婦の間に亀裂が入った。
憔悴しきった嫁の姿に王太后になったスカーレットは、我慢しきれずに、そんなに男子が欲しいのならば側妃をたくさん持ったらいい、と言い放った。
しかしこれに逆切れした国王は母である王太后は気が触れたと言って、離宮へ幽閉してしまった。
父のような愚王にだけはなるまいと思っていた自分に対して、父のように多くの女を侍らせろと言ったと解釈したのだ。女性を大切にしろと言っておきながら、妻を蔑ろと正反対のことを言うなんて正常ではなくなったと。
偉大な母に対する反発心が強過ぎるあまり、母の言葉の真の意味を理解することを拒否したのかもしれない。
とはいえ、いつまでも王太后を閉じ込めておくわけにはいかなかった。
中興の王妃と呼ばれていた王太后スカーレットの信頼度は、国内外問わず未だに高く、国王だけでは上手く対応できない事象も多々あったからだ。
そこで国王は、これからは夫婦関係には一切口を挟まないことを条件に幽閉を解こうとした。
ところが「戻ったらどうしても余計なことを言ってしまうから、もう表舞台からは去るわ」
そう言って、王太后が王宮に戻って来ることはなかった。
その結果、国内外の実力者が離宮参りを始めてしまい、王宮に足を運ばなくなってしまった。そのことが国王の矜持をひどく傷付けた。
しかし、彼がその悔しさをばねにして、母親を頼らずに必死で国政に励むようになったことは、結果的には良かったのだろう。
まあ、宰相の父のサポートがなかったら、今頃この国はもっと衰退していたとは思うけれど。
そしてそれが王太后の狙いだった。
母親を疎んじながらも最終的にその母親を頼ろうとする姿勢を何とかしなくてはならないと、常々思っていたからだ。
頭を下げてまで有能な人物を登用したことに、少しだけ安心したのだった。
「いくら先の見通しがあまりよくないとわかっていても、やはり一度突き放さないと、いつまでも子供は巣立つことができないわ。
そもそも彼らももう親の立場になっているのだから、私達がいつまでも口出しをしていたら、いずれ最悪の事態を招いてしまうと思うの。
だからいくら心配でも、この辺で私達はもう手を引きましょう。
大体これまで、私達は頑張り過ぎたのだと思うわ。もうそろそろ休んでもいい頃合いじゃないかしらね。
これからは今までできなかったことを一緒にやりましょうよ。
たとえば孫と思い切り遊ぶとか。ねっ!」
以前スカーレット王太后から国王のことを相談されたとき、祖母はそう言ったらしい。それを聞いてようやく王太后も決心されたのだという。
「スカーレット殿下にそう言ったのは、自戒の念もあったのよ」
と、半月前に祖母から聞かされた。
ああ、それで祖母と王太后殿下は領地と離宮に引きこもって、王女殿下方や私達の面倒を見てくれていたのか。
「息子達に口を挟むより孫を真っ当にした方が有益でしょ。実際に孫達は皆優秀でしかも心優しい子に育ってくれたわ。
一人だけはどうしても手が出せなかったせいで、とても残念な結果になってしまったのは悔やまれるけれど、こればっかりは親ではないのだから仕方ないわね」
そう祖母はため息を吐いていた。
*****
当時のオリビエ嬢がカクタス王太子との婚約についてどう考えていたのかはわからない。
ただ、両親に婚約を受けるように命じられ、もし解消されても家に戻ることは許さない、と言われていた事実を先日皆は知ったのだ。
離宮で療養しろと夫である国王に命じられたとき、王妃は大声で泣き叫びながら、許しを求めたからだ。
「陛下、どうかお許しを。離縁だけはしないでください。離縁されていたら私にはもう行くところがありません。
実家の侯爵家には二度と足を踏み入れるなと言われて王家に入ったのです。
そもそもあんな牢獄のような場所には戻りたくはないのです。役立たずだと殺されてしまうかもしれません」
王妃のその言葉で、周りにいた者達は王妃の実家での境遇がいかに辛いものだったのかを悟ったのだ。
この王宮にいるよりも酷い暮らしだったのかと。誰もが王妃に痛々しい目を向けた。
怒りで興奮していた国王もさすがに周りの人間の目を気にしたのか、必死に感情を抑えながらこう言った。
「私は療養しろとと言ったのだ。離縁などするわけがないだろう」
それを聞いた王妃がありがとうございますと何度も頭を下げながら、涙を流しつつ侍女達に支えられてサロンを去った、と人伝に聞いた。
私は怒っている国王の顔を見て思った。この人は一体何に対して、誰に対して怒っているのだろうかと。全て自業自得なのに。
「陛下がお一人で参加されるのが嫌なのでしたら、王太子殿下に代理を命じればよろしいのではないですか?
帝国の王太子の婚姻式の行われる頃には、殿下もすでに学園を卒業されていますし、年齢的にも成人に達しておらるので問題はないと思いますが」
「あれを一人では行かせられない」
「それならマントリー子爵家のリンジー嬢と婚約させて、二人一緒に向かって頂ければよろしいのではないですか?」
「・・・・・」
私の提案に国王は両手を固く握り、ぶるぶると体を震わせた。
王太子のブライアンは国王に殴られて吹っ飛び、勢いよく倒れ込んだらしい。その結果、顔を骨折したらしい。今も顔は腫れ上がり、ベッドから出てこないと聞いていた。
あれだけ息子を溺愛して甘やかしてきた国王でも、今回の王太子のやらかしは、どうやら彼の許容範囲を遥かに超えていたようだ。
自分の許しを得ずにユリアーナに婚約破棄宣言をしたあげく、王族の一員になれる基準に満たない子爵令嬢との婚約を勝手に宣言したのだから。
しかも
「父上、皇太子殿下の婚姻式には僕とリンジーで参加するよ。
父上がパートナー無しで参加したら我がサーキュラン王国の恥になるでしょう?」
と国王に言ったというのだから、まあ殴られても仕方ないよな。
「馬鹿者。たとえお前のような出来損ないでも、才女で完璧なユリアーナ嬢がフォローしてくれたら、この先なんとかなると思っていたのだ。
彼女にはあのモントーク公爵家とその一族が付いていて、お前の後ろ盾になってもらえるはずだったからな。
それなのに彼女と婚約破棄した上に、その下賎な女を婚約者にするだと!
お前の頭はどうなっているのだ。母国語しか話せないお前の代わりに、その女が国際語も帝国語を通訳してくれるとでも言うのか!」
国王の言葉に当然リンジーは頭を横に振った。
数日前に王太子から、自分の婚約者になって帝国の皇太子の婚姻式に出席するぞ、と聞かされて浮かれていたリンジー。
大陸中の王族や高貴な人々が集まる華やかな式に、自分が参加できるなんて素敵! 夢みたい!と。
彼女は、王太子が帝国語どころか国際語も話せないだなんて思いもしなかった。
王族なら最低でもそのどちらかくらい話せて当然だと思っていたからだ。
それはブライアンも同じだったみたいだ。姉達やリリアーナが国際語や帝国語だけでなく数か国の言葉を自由に操っていたので、ご令嬢ならば誰でも数か国語ができて当然だと思っていたようだ。