✽ 公子は祖母の慧眼の力に改めて感心する ✽ 第42章 国王と王妃 (エリック視点)
「なんとしてもハロルドを登城させろ!」
国王が鬼のような形相をして私に命じた。しかし私は平然と嘘を吐いた。
「父は伝染病に罹ったので部屋に閉じ込めています。ですから外へ出すわけにはいきません」
「伝染病だと! もう半月も経っているのだぞ! いい加減人には感染らないだろう」
「かなり症状がひどかったので、その後遺症が色々とまぁ残っているのです」
「それならば、今王城で起きている諸問題に対する方法をお主が聞いてまいれ!」
「それならばすでに父から聞いております」
「真か? さすが名宰相と呼ばれるモントーク公爵だ。
早速だが、帝国から王太子殿下の成婚式の披露宴に出席する者の名簿を送れ、という書状が届いたのは知っておるだろう。
私は一体どうしたらよいのだ?」
国王は前のめり気味になって訊いてきた。
どうしたらって決まっているじゃないか。
「陛下がお一人で参列すると正直にお知らせしたらよいでしょう、と申しておりました」
「なんだと! パートナー無しで、私一人で行けと申すのか?」
安堵したのは一瞬で、国王はまた怒りを露わにした。
「王妃殿下は離宮で療養生活に入っておられ、帝国までの長旅には到底耐えられません。
そうなると陛下は側妃を持たれていないのですから、お一人なのは仕方のないことではないですか。
それともこれから急ぎ側妃を持たれますか?」
「ふざけるな! 妻が病気になったからといって、私がすぐさま側妃を迎えるような薄情な人間だとそなたは思っているのか!」
薄情な人間? ええ、そう思っていますよ。そもそも王妃殿下を精神的に追い詰めたのは陛下ご自身でしょう?
王子を産むのが王妃の役目だと散々責め立てていたそうですよね?
そしてやっと四人目に王子がお生まれになったら、自ら甘やかしていたくせに、出来が悪いのを全て王妃のせいにしてまた責めていましたよね?
私とユリアーナがいなくなった後で、国王は王妃のことを家臣の前で罵倒したと聞いていますよ。
その結果、それまでどうにか保たれていた王妃の精神のバランスがついに崩れたのだと。
国王と王太子が王妃を壊したのだ。それなのに、自分は薄情な人間ではないと思えるだなんて笑える。冷酷無比なくせに。
貴方が側妃を迎えなかったのは、淫乱女好きと呼ばれた父親とは一線を引きたかっただけでしょう?
そして自分は愚王と呼ばれた父親とは違い、清廉潔白で優秀だと皆か慕われている母親似だ、と世間にアピールしたかったのでしょう? 実際はその母親を毛嫌いしているくせに、全く調子がいい話ですね。
自分の妻が徐々に危うい状態になっていったことにも気付かずに、国王はずっと彼女を苦しめ続けてきたというのに。
三人の娘達に対してもそうだった。彼女達を愛さなかったし、何一つ娘の心の内を知ろうとはしなかった。
つまり人を思いやることのできない人間なのだ。だから、これから先もずっと一人でいればいいのだ。
それはともかく、現実問題として、国王は外交を苦手としている。
国際語も帝国語も一定の水準には達しているので、陛下は通常の会話には不自由しない。
しかし話の内容が少し専門的になると些か怪しげになってくる。それをこれまでは王妃がフォローしてきたのだ。
オリビエ王妃は学園を首席で卒業した才媛だった。
だからこそ当時まだ王太子だったカクタス殿下は、母親のスカーレット王妃に、オリビエ嬢なら文句はないだろうと、そう言い放ったのだ。
オリビエ嬢は容姿端麗で才媛。しかも侯爵家の次女であり、なんの非の打ち所がないご令嬢だったからだ。
それなのになぜスカーレット王妃が二人の婚約に反対したのかといえば、彼女の性格が王妃には向いていないと判断したからだという。
それはオリビエ嬢の性格が悪かったということではない。寧ろその逆で、彼女はどこか儚げで頼りなげな、おとなしい令嬢だったのだという。
彼女はバリバリ保守派の両親から、兄や弟達とは差別を受けて育った。
彼女はとても頭が良かったのだが、そのことでさえ、男を見下して思い上がっていると罵られていたくらいだった。
真面目な彼女は、わざと答えを間違えて点数を抑えるなどという行為ができなかった。
そのために、いつも満点近い点数を取っていたので、それが反抗的だと受け止められていたのだという。男尊女卑にしてもひど過ぎる話だ。
王女達の頭が良いのは、世間的には祖母である王太后に似たためと思われがちだが、母親もかなり優秀だったのだ。
ただ、親兄弟から愛情を与えられずに育ったオリビエ嬢は、かなり自己肯定感が低かった。
男性に対してだけにではなく、誰に対しても威厳のある立ち振る舞いができるような人間ではなかった。それをスカーレット王妃は危惧していたのだ。
それ故に王妃は、本心ではオリビエ嬢より、彼女より二つ年下のもう一人の侯爵令嬢であるレイラ嬢を、息子の婚約者にしたいと思っていた。
そして周りでも次第に彼女を望む声が上がっていたのだ。しかし、王妃が動くことはなかった。
それは、息子の意を酌んだというより、レイラ嬢が親友の次男の思い人だと知っていたからだったらしい。
そしてカクタス王太子も、女魔王の信奉者であり、自分に自信があり、常に毅然とした態度のレイラ嬢を苦手にしていた。
同じ優秀な侯爵令嬢なら、自分に素直に従いそうなオリビエ嬢の方が良かったのだ。
レイラ嬢を除くと、オリビエ嬢に匹敵するご令嬢が他にはいなかった。
それ故に王妃はオリビエ嬢を王太子の婚約者と認めざるをえなかった。
スカーレット王妃はあくまでもカクタス王太子が即位するまで、国王の任務を代行する立場に過ぎなかったからだ。
納得したわけではなかったが、元々オリビエ嬢を嫌っていたわけではなかった王妃は、彼女を立派な王妃にしようと心を込めて指導したのだ。
しかしその王妃教育は、さらにオリビエ嬢の自信を喪失させてしまう結果になった。
王妃はできるだけ彼女の優れたところを褒め、自信を付けさせようと試みた。
しかし、身内から褒められたことのなかったオリビエ嬢の心に、王妃の真意が伝わることはなかった。
そこで今度は息子に対して、オリビエ嬢がいかに努力しているかを伝えて、褒めて、優しい言葉がけをしてやってと促した。
ところが、それくらい王太子の婚約者なのだから当然でしょうと、カクタス王太子はオリビエ嬢を思い遣ることはなかった。
それどころか、ずっときつい物言いを彼女にし続けたのだった。