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✽ 公子は祖母の慧眼の力に改めて感心する ✽ 第40章 家族の推測 (エリック視点)

 

「普通ならいくら淑女の鑑と呼ばれていたあの子でも、あの王太子との婚約なんて嫌がって抵抗していたはずでしょう。

 なにせあの子はお義母様に見かけだけでなく性格もそっくりで、普段は鷹揚なくせに嫌だと思ったら、とことん拒否するような子だから。

 ところが父親に政略のための婚約を告げられたとき、ユリアーナはなぜか一瞬ホッとしたよう顔をしたの。

 おそらく、貴方への思いをこれで断ち切れると思ったからじゃないかしら」

 

 母のこの言葉に父は納得できないようで、

 

「なぜホッとするんだ。あのときすでにエリックを思っていたのなら、もっと嫌がったはずだろう?」

 

 と言った。すると、母は父を冷たい目で一瞥した後、再び私の顔を見つめた。


「いくら頭脳明晰で、人の心や思考を読み取れると言っても、娘の心の機微まではわからないようね。

 まあ、母親や妻の気持ちもわからないみたいだけれど。

 ユリアーナはエリックだけじゃなくて、スコットやマックス、そして私達のことを考えて、この五年間自分の感情を抑えていたのよ」

 

「どういうことだ?」

 

「以前お茶会をしていたときに、ある貴族がこっそり囲っていた愛人との間に男の子をもうけていたという話題が出たの。

 その貴族はその婚外子を夫人の子だとして届けを出していたのよ。夫人との間には娘が二人いたのだけれど、どうしても息子に跡を継がせたかったらしいの。

 その貴族は、妻の実家の立て直しに協力してやるからという条件を出して、妻を黙らせたのよ。

 ところが、結局その息子は妻が産んだ子ではないということが世間に知られてしまったのですって。

 出生届を偽装したということで、その貴族は王城の仕事をクビにされ、さらに国に莫大な罰金を払うことになって没落してしまったそうよ。

 当然その夫婦は離縁して、妻は二人の娘と共に実家へ戻ったの。実家は元夫に立て直しをしてもらっていたから、一応面倒は見てもらえたみたいだけれど、ずっと気を遣い、三人は気まずい思いをして暮らしているそうよ。お気の毒よね。

 そして夫の方は平民になってその元愛人と結婚して、息子と市井で暮らすことになったらしいけれど、数年で王都から姿を消したそうよ。

 どうやらその話をユリアーナは聞いていたらしくて、戸籍を誤魔化すことはそんなにいけないことなのかと聞いてきたの」

 

「それがどうした。ユリアーナの話となんの関係があるのだ。

 戸籍偽造の罪が重いのは当然だろう。そうでなければ家の乗っ取りが容易にできてしまうではないか」

 

 父は母の話の意図がわからないようで、イラッとしたようにこう言ったが、私は何となくわかった気がした。

 

「ユリアーナは、私が養子ではなくて嫡男として届けられたと思っていたのですね?  

 だからそれが表沙汰になったらこの家が大変なことになると、口をつぐんで何も知らない振りをしていたということなのですね?」

 

 私がそう確認をすると、母は頷いた。すると弟達も、合点がいったという顔をしてこう言った。

 

「大分前のことなのだが「もしエリックお兄様がこの家を継げなくなったら、スコットお兄様とマックスお兄様のどちらが継ぐことになるの?」と、ユリアーナが訊いてきたことがあったんだ。

 あまりに突拍子もない話だったので最初は驚いたが、そのころ、兄上には山のように国内外から縁談の申し込みが届いていたから、もしかしたらどこかの王族から婿養子の話でも舞い込んできたのかな、って思ったんだ。

 それで俺は、この家の後継者は兄上しかいない。婿養子になんて絶対にさせないと答えたんだ。

 俺はヘンリー叔父上のように騎士団に入って、父上や兄上と共にこの国を守るのが夢だ。俺は不器用だから、騎士をしながら当主として領地経営をするなんてとても無理だと答えたんだ」

 

「僕も似たような様な理由で断った。僕は騎士団より自由のきくうちの私設騎士団に入って、父上と兄上の補佐をするのが夢だって答えたんだ。

 そうしたらユリアーナが珍しく弱々しく笑って、お兄様達の望みが叶うように私も願っていますと言ったんだ。

 でも、それになぜか違和感を覚えたんだ。今思うとユリアーナはあの時、兄上への思いを断って俺達の応援をするって決意したのかもしれないな。

 俺達の夢を叶えるということは、つまり、兄上の出生の秘密は永久に隠し通すということになるからね。

 だって、戸籍を偽装していたことがばれたら、我が家は取り潰しにはならないにしても、罪を犯した家ということで、仕事に就こうとしても制限がつけられてしまうだろう? 

 そうなったら僕達の夢はかなわないし、エリック兄上も当主や宰相にもなれないだろう。

 そんな事態にならないように、自分達は実の兄妹として生きて行くしかない。兄上との結婚を望んではいけないってユリアーナは思ったのだろうな」

 

 ユリアーナが私への思いを断ち切った……というのは弟達の憶測に過ぎない。しかし、それは限りなく真実に近いと思った。

 彼女が私の出生の秘密を知っても口にせず、態度にも表さなかったのは、この家や私を含めた家族のことを思ってのことだったのだろう。


「お兄様ほどこのモントーク公爵家の当主に相応しい人間はいませんわ。それに宰相の座も。

 私もお兄様のお役に立てる人間になれように頑張りますわ」


 ユリアーナは事あるごとに笑顔でそう言っていた。お妃教育やあの馬鹿王子のお守りで気苦労が多くて、精神的肉体的に大変だったろうに。

 きっと一人きりのときは悩み苦しみ、もしかしたら涙を流していたかもしれないと思うと、胸が締め付けられるように苦しくなった。

 

「いくら感情を隠すのが上手いといっても、母親ですから、何となくユリアーナがエリックを好きなのではないかと以前から感じていたわ。

 エリックがご友人である王女様方と仲良く話をしていると、嫉妬しているのが丸わかりだったしね。

 ただそれが兄としてなのか、異性としてなのかがわからなかったのよ。

 でも、もしユリアーナが真実を知っているのだとわかっていたなら、私はその苦しみから解放してやれたのよ。

 エリックの命に関わることだから、出生のことは秘密にしろと旦那様に命じられていたけれど、養子であることくらいは話せたはずだから。

 この屋敷の決定権は旦那様にあるから、それに従うのが妻の役目だと思っていたけれど、まさか命じた本人がそれを破っていたとは思いもしませんでしたわ。

 愚かだったわ。私だけが馬鹿真面目にそれに唯々諾々と従っていたなんて。

 これからは、私も旦那様の命令には従わないことにしますわ。こんなふうに後悔をしたくはないですから」

 

 今まで聞いたことのない母の冷たい声音に、私は嫌な予感がした。

 ユリアーナと王太子の婚約が決まってからというもの、両親の仲がギクシャクしていたことには気が付いていた。

 といってもそれは、母が一方的に父への態度を変えただけで、父は普段と変わらなかったのだが。

 しかし今思えば、父が変わらなかったこと、変えなかったことがまずかったのではないか。今更ながら私はそう思った。

 

「何をそんなに不満なのだ。結局、エリックとユリアーナは両想いだったのだろう? 私の目論見どおりになったではないか。なんの問題があるのだ!」

 

 父のその言葉に母は淑女らしからぬ深い溜息を吐いた。そして静かにこう告げた。

 

「やっぱり貴方は何もわかっていないのね。 

 国政のことはよくわからないけれど、貴方が他の多くの方々に相談して協力を要請していたら、今頃貴方の目的は達成できていたのではないかしらね? そもそもユリアーナを巻き込まなくても。

 たしかに国政については話せなかったでしょう。それでも、せめて妻である私にだけは、娘の件だけでも伝えておいてくれたら、私はあの子に寄り添って、慰め励ますこともできたでしょう。

 必ずエリックと結ばれるから、あともうしばらくだけ辛抱してねと言ってあげられたでしょうし。

 貴方にとって私の存在は一体何なのでしょうか? ただ単にこの家の家政を取り仕切るために必要な存在なのですかね。

 そうね、ユリアーナが次期当主夫人となるのでしょうから、あの子へ仕事の引き継ぎが終了次第、私は離縁させていただきます。

 時期はそうですね、学園の勉強と重なったとしても、あの子がこれまでお妃教育と並行してやってこられたことを鑑みれば、二年はかからないでしょう」

 

 母は、親族一堂揃った中で突如離縁宣言をした。すると


「り、離縁だと! なぜだ、ロジーナ!」

 

 屋敷中に、父の悲鳴のような叫び声が響き渡ったのだった。




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