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✽ 公爵令嬢、領地(地獄)行きを命じられる ✽ 第4章 許せない言葉(ユリアーナ視点)

 

「ねぇ、エリック、貴方はさっきから私の粗ばかり突いてくるけれど、自分はどうなの? そもそも貴方がもっとしっかりしていたら、こんなことにはならなかったのではないかしら?」

 

 祖母がいつもの厳しい眼差しで兄を見た。すると、兄は普段は見せない、軽いというか含みのある笑顔を祖母に向けた。

 

「おっしゃるとおりです。全て私の落ち度です。まさか王家がユリアーナを望むとは思っていなかったものですから」

 

「嘘おっしゃい。王太子と同年代に高位貴族のご令嬢が少ないことは周知の事実だったでしょう。ユリアーナに白羽の矢が立つことなんて誰だって想定できたでしょう?」

 

「しかし、権力バランスを考えれば、あり得ない組み合わせでしょ? そもそも我が公爵家は王族と縁を結ばないことが暗黙のルールでしたよね?」

 

「たしかにこれまではね。でも、スカーレット様が体調を崩されて表舞台から降りられてからは、王家の権威は落ちているわ。

 それを陛下と側近であるあの馬鹿息子がどう立て直そうとするのか、少し考えればすぐに思い付くじゃないの。

 いくら幼なじみとはいえ、あの二人は気持ち悪いくらい仲がいいのよ」

 

 祖母のこの言葉に、兄は高い天井を見上げながらこう言った。

 

「ええ。そこを見落としていました。あの二人があそこまで計画を練っているとは思いもせず、私も油断していました。

 ユリアーナの婚約が決まったあの日の前日から、私は陛下直々の命を受けて隣国へ出向いていました。王都に戻ってきたのは半月後だったので、すでに手の打ちようがありませんでした」

 

「あら、そうだったの? 貴方、これまでそんなこと言わなかったから知らなかったわ」

 

「言い訳をしても何にもなりませんからね。

 あのお二人の同病相憐れむ関係が、あれ程強固なものだったなんて想定外でした」

 

 お父様と陛下は、この国の守護神と呼ばれていた最強の女性と、中興の王妃と讃えられる偉大な母を持っていた。

 そして彼らは彼女達に長年頭を押さえつけられて、鬱々とした思いがあった。二人でそれを分かち合い同病相憐れんでいたので結び付きが強くなったということなのかしら?

 だからこそ息子と娘を婚姻させて姻戚関係になりたかったとでもいうの? 何それ、気持ち悪い。

 

 我がモントーク家は、現王家と共にこの国を作った武将だという。その功績で公爵家になった。だからその後興された王族のための公爵家とは一線を画している。歴史の長さが格段に違うのだから。

 そう。むしろ他の王族の血筋による公爵家より格上なのだ。そのプライドのために、意図的に王族との婚姻は結ばないのが、我が公爵家の暗黙のルールだったはずだ。

 まあ、先々王時代から王家の力が弱まり、我が公爵家への依存度が高まったことで、お祖母様を王太子の婚約者候補などにしたのだろうけれど。

 それをお父様は再びお祖母様に対する反抗心というだけで破った、ということなのかしら? その子供っぽさに呆れるわ。

 そうか、だからお母様のお父様への態度が変わったのね。

 

 いつもは父に逆らわない母が、私の婚約話には猛反対した。それなのに、父はそれを完全に無視してこの婚約を結んだのだ。

 それ以降、外では相変わらず夫婦円満な芝居をしているけれど、屋敷の中では母は父とはほんとんど会話をしていない。

 母は父に愛想をつかせたのか、作り笑顔は貼り付けていたが、自分からは決して話しかけたりせず、用事があるときは執事を間に挟んでいた。

 

 そんな状態にずっと私は申し訳なく思っていた。私のせいで父と母の仲をおかしくしてしまって。貴族にしては珍しくあんなに仲のよい夫婦だったのに。

 この婚約が私にとって幸せなことなのだと周りからも思えるものにすれば、母は安心して父との仲も改善するのではないかしら。そう思ってこの二年半頑張ってきたけれど、結局その目標は達成できなかった。

 

 決して殿下を嫌っていたわけではなかった。けれど、全く尊敬できないし、今後いくら時間をかけてもあの方を愛することはできないと思っていた。

 せめて友人になれたらと思ったこともあったけれど、相手に全くその気が無かったのでそれも無理だと早々に悟ってしまった。

 

 殿下からの君を愛せない(・・・・・・)発言をされる一週間前くらいだったろうか、何か虫の知らせなのか、母に向かってこう謝罪してしまった。

 

「ごめんなさい。私のせいでお父様との関係が悪くなってしまって」

 

 すると、母は瞠目した。それから慈愛のこもった目で私を見つめてこう言った。

 

「貴女が謝ることなんて何もないわ。娘よりも国政に重きを置いて考えるのは宰相として当然のことだと、あの人は言ったのよ。

 そりゃあ臣下が陛下に忠義を尽くすのは当然でしょう。しかし本当に王太子殿下と貴女を結婚することがこの国のためになると、本気で思っているのなら、二人とも本当に愚か者だわ。

 他にいくらでも方法はあるでしょう。それなのにあの人はそれを模索しないで娘を犠牲にするなんて、本当に信じられないわ。百年の恋も冷めました。

 死ぬ思いであんなにも努力して結ばれた相手があんなくだらない人だったなんて、悔しくて涙も出ないわ。

 こんな泣き言を言ったら、お義母様に鉄扇で叩かれそうだけれど、娘の前ならいいわよね。

 貴女も辛いことや悲しいこと、腹立たしいことは何でも私にぶつけてちょうだい。ずっと前からそう貴女に言ってあげたかったの。

 でも、前向きに頑張る貴女にそれを言うのも(はばか)られて、タイミングを逃してしまったの。ごめんなさい。

 貴女はこれまで十分に頑張ってきたわ。もうこれ以上無理しなくてもいいのよ」

 

 母は私を優しく抱き締めてくれた。でもその時はまだ、私は全て自分が悪いのだと思っていた。王妃様の望む立派な婚約者になれない自分がいけないのだと。 

 しかし、その一週間後、私はとうとう耐えきれなくなった。それは王太子殿下のことというより、その後の王妃殿下の放った言葉だった。


 

「王太子が他のご令嬢によそ見をしたのは貴女に魅力がないから悪いのよ。そもそもそ、頭が良いからってそれを鼻にかけているから鬱陶しがられたのよ。

 貴女のそんなところは、元女公爵や公爵夫人と同じね」

 

 王妃はそう罵ったのだ。私のことはともかく、尊敬している母や祖母のことまで。そしてさらにこう続けたのだ。

 

「そもそも公爵令嬢といっても、所詮元子爵令嬢の娘などに王太子が満足できるはずはなかったのよね。こうなるのも仕方ないことだったのかもしれないわね」

 

(今貴方の息子が夢中になっている方も子爵令嬢ですけどね。しかもお母様と違って淑女の最低のマナーさえできない、成績も下から数えた方が早い方ですけれどね。

 そういう方がお望みならば潔く身を引かせてもらいます)

 

 私はそれを黙って聞きながら、もうこれ以上頑張れないと思った。

 婚約が決まったとき、王妃殿下は私にこうおっしゃった。

 

「貴女みたいに優秀な相手でないと、あの子は将来国王としてやっていけないわ。だからあの子を支えてやってほしいの。お願いね」 

 

 それが王妃の望みだと思ったからこそ、私はずっと努力をしてきたのだ。

 でも本心では、優秀でなくても愛嬌があって甘えるのが上手な女性をお望みだったんですね。勘違いして無駄な努力をしてしまいました。やはり私は馬鹿だったようです。

 

 そしてひびの入った私の心を最終的に粉々に砕いたのは、王妃殿下のこの言葉だったわ。

 

「王太子がよそ見をしたのは、先に貴女がランドール公子に色目を使ったからでしょ。よりによってあの子のライバルなんかに。

 絶対に許しませんよ、ランドール公子と恋仲になるなんて。

 もし今度二人で逢引などしたら、貴女達が王位を狙って王太子を暗殺を企んだとして、投獄してやるわ!」

 

 ランドール公子とは王弟ヴァルデ公爵の嫡男で、王太子殿下の二歳年上で王位継承権をお持ちだ。しかも才色兼備で文武両道。

 彼は王太子殿下より国王に相応しいと噂されているが、それが当たっているのかどうかはわからない。

 私はこれまで公子とは挨拶を交わす程度で、二人きりで会話をした覚えさえなかったからだ。

 そんな程度の関係なのに、なぜ私があの方と不貞行為をしたことになるの? しかも暗殺計画に王家乗っ取り?

 

 周りにいた王妃殿下の侍女や護衛も唖然としていた。

 私の心がスーッとどん底まで落ちた。

 馬鹿みたいだ。こんなおかしな人達のために自分の心を殺してまで誠心誠意尽くしてきたなんて。全く無駄なことだったわ。すべてがどうでも良くなった私は冷めた声でこう告げた。

 

「私を捕縛して尋問でも拷問でも好きにしてください。しかし、私の無実が証明された暁にはどうなるか、それを覚悟の上でなさってくださいませ」

 

 王太子とその恋人を除くその場にいた者が凍り付いた。

 そもそもそんなことをしなくても、王妃の言ったことがでたらめだということくらい、ほとんどの者達にはわかっていただろう。

 そして捕縛以前にそんな嫌疑を私にかけただけで、元女公爵がどう動くかなんて一目瞭然だったのだ。

 彼女が一言声を上げれば議会や騎士団、大聖堂、婦人連盟、そして隣国の王家までがその指示に従うことは分かり切っていたのだから。

 たとえモントーク家の当主である父が不問にしようとしても、彼らの動きは止められないだろう。

 

「今のは冗談よ。貴女だってわかっているわよね。息子が貴女に言ったことだって、貴女にやきもちを焼いて欲しくて、わざとそんな芝居をうっただけよ。

 王太子たるもの、あんな下品で教養のない子爵令嬢ごときを本気で好きになるわけがないでしょう?」

 

 周りの凍り付いた雰囲気にようやく我に返った王妃は、私にこんなことを言いながら縋り付いてきた。彼女はかなり情緒的に不安定なようだった。

 王宮はどうなっているのだろう。侍医は王妃殿下をちゃんと診察されているのかしら?

  

「王妃様、ひど〜い!」

  

「母上、なんてことを言っているんですか!」

 

 この状況を理解できていないお馬鹿な二人はこう喚いたが、周りからは完全に無視されていた。ちょうどそこへ、連絡を受けた父と長兄がやって来たのだ。

 そして、その場の状況をまだ何も把握してもいないのにも関わらず、父はあの台詞を吐いて私をしかり付けたというわけだ。

 娘の私だけでなく、自分の妻や母親まで蔑ろにされたというのに。



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